15話 地獄の夏合宿(前編)
愛車の20年落ちマーチに5人と荷物を満載すると、もう分解しそうだ。
「なー先生、この車じゃ葉山立ち入り禁止くらうんじゃねーか?」
「高級別荘街って言ったって、そんな訳ないだろ。今日はどんな予定なんだ?」
「はーい、小鞠部長より『地獄の夏合宿』の行程を発表します!
まず朝マックで腹ごしらえ
葉山について森戸海岸での海水浴
市川家別荘にてバーベキューの夕食
となっています!」
「どの辺が『地獄』なんだ。
あと、お前らホントにマック好きだな」
「センセ、分かってないですね!
マックと朝マックは似て非なるもので……」
分かった分かった。
ご希望どおりマックに立ち寄ると、自称マックソムリエの優羽が「鎌倉の朝マックは味が繊細」と唸っていた。
盆休み期間中で、森戸海岸はかなりの人出だ。4人が着替えている間に、なんとか場所を見つけパラソルを立てる。
久々にしっかり日焼けができそうだな、とシャツを脱ぎサングラスを外す。
「センセ、お待たせ!
小鞠の実況でファッションショーするから、盛り上がっていけよ〜」
水着姿の4人が並んでいる。眩しさにサングラスをつけ直す。
「まずは私小鞠、ピンクのタンキニでスポーティ&キュートに仕上げました!」
「美依希は純白フリルのバンドゥビキニで清楚に!花柄パレオからチラ見えする美脚が誘う!」
「優羽はシックな黒の水玉ワンピースでダイナマイトボディを、隠しきれてないぞ〜!サングラスもつけてオトナの魅力だ!」
「最後はすみれ!意外にも露出度最大の王道三角ビキニだ!しなやかな身体が全力アピールだ!」
「さあ草野審査員、どうですか!」
とペットボトルを向けられる。
「うん、皆かわいいし素敵だが、小鞠の実況がオジサン過ぎたな。泳ぎに行ってこい」
「それだけー?」「いや、あれはだいぶ効いてるわね」「だな!」「小鞠さん、私恥ずかしかったです……」
とか言いながら波打ち際に向かう。
小鞠たちは、波打ち際で写真を撮ったり浮かんだり沈んだり、風でろくに出来ないビーチバレーをしたり写真を撮ったりしている。
小一時間経ったので
『かき氷奢ってやるから戻ってこい』
とグループLINEを送ると、放牧されていた羊のように戻ってくるが、美依希の姿がない。
「おい、美依希は?」
「あれ?途中まで一緒だった思うんですけど……」
「いかん、こんなところでアイツを1人にしたら」
「溺れるのか?」
「違う!いくぞ優羽!」
「承知!」
案の定美依希は、3人の男に取り囲まれてナンパされていた。
「お嬢さんかわいいねー」
「高校生?大学生?」
「このあとオレたちとドライブしない?」
「あ、あのっ……」
「ウチのお嬢になにか御用ですか」
上裸サングラスの俺と、これまたサングラスの優羽が迫る。ナンパ男たちはたちまち退散していった。
「あれ、皇室のSPかなんかじゃねーの?」「じゃあ声かけてた娘ってお忍びのお姫様?」「こえ〜」
海水浴が終わり、車を走らせる。
「美依希、別荘に着く前に買い物していったほうがいいよな」
「叔父が、付き合いのある商店からひととおり届けさせているそうなので大丈夫だと思います」
「すげー、さすが華麗なる一族!」
「そんなことありません、ふつうです」
と美依希は謙遜するが確かにすごい。
別荘は、古さは感じるもののよく手入れされた建物だ。ベッドルーム2室に和室の広間に小さめのダイニングキッチン。バーベキューコンロがある小さな庭からは海が見える。
小鞠たちは和室の広間、俺は寝室の1室を使わせてくれて貰うことになった。
「火を熾しておくから、荷解きしてひと休みしたら出てこいよ」
「はーい!」
慣れない火熾しに少し苦労するが、燃えついたので食材をテーブルに準備する。
量も質も過不足無い量だ。見栄を張って無駄に豪華にしないのが本当の金持ちの余裕なんだろうな。
コーヒーを飲んでひと休みするが、いっこうに出てこない。
「入るぞ」
痺れを切らして大広間の襖を開けると、全員畳でうたた寝していた。
早起きだったし、はしゃいでいたし無理もないか。
しかし寝相も色々だな。小鞠が掛けているバスタオルを少し直してやり、そっと襖を閉める。
「バーベキューの真髄は野菜よ!」
と優羽がリュックからズッキーニやらナスやらさつまいもやらを投入する。
「優羽さん何これ!めちゃくちゃ美味しいですよ」
「でしょ!私は八百屋の娘だからね!店先から厳選して持ってきたよ!」
「へ〜」
高校生の食欲は、食べ物が「消える」と言う表現が相応しい。4人の寝ぼけ眼が開くころには食べ物がなくなっていた。
今は、小鞠が持ってきたマシュマロを名残惜しそうに焼いている。
「まだ5時か〜、早起きすると感覚がくるうね」
「そうだな、腹いっぱい食っただろうけど夜食でも買いに行くか?」
「さんせー!じゃがりこ買おうぜ」
「それでしたら、近くに神社があるのでせっかくなので浴衣を着て参拝しませんか?
置いていたものが結構な数あると思うので」
美依希の言うとおり、和箪笥の中にきちんとクリーニングされた浴衣が10着以上納められていた。
庭でバーベキューの片付けをしながら待っていると、下駄の音を鳴らして4人が出てくる。
「センセ、本日2度目のファッションショーだよ!嬉しい?」
「嬉しい嬉しい、早く車に乗れ」
「せっかく小鞠のオヤジ実況を準備してたのに〜」
乗り込んでからも小鞠は文句を言っている。別荘から森戸大明神までは車ですぐだ。
「あれ?駐車場閉まってるんじゃない?」
「16時までって書いてあるな、神社自体は開いてるみたいだけど。コインパーキングを探すか」
少し離れたコインパーキングに停めて歩く。
美依希は浴衣にも草履にも慣れたもので、たおやかに歩いているが、不慣れな3人はヨチヨチだ。
「この時間になるとだいぶ涼しいですね」
「そうだな、海風が気持ちいいぐらいだ」
考え事をしながら歩いていると、少し離れてしまった。
振り返ると、夕暮れの参道を浴衣姿の4人が歩いてくる。
小鞠が無邪気に手を振る姿を見ていると、4月からの色んなことが押し寄せてきた。
「クサリュウなんて顔してるの」
「何でもない、さあ暗くなる前にお参りして帰ろうか」
「二礼二拍手一礼だよな!」
皆で一斉にお参りする。顔を上げると、4人ともまだかたく目を閉じて真剣にお祈りしている。たくさんお願いしてるんだろうな。
帰り道を歩き出してすぐ、優羽が遅れだした。
「どうした」
「下駄の鼻緒が擦れてね、なにしろ太ってるもんで」
「赤くなってるな、よしおぶってやる、来い優羽!」
背中を見せ屈んでやる。
「クサリュウ本気?」
「いいから来い、ぬおぉっ!」
さすがに優羽をおぶって立ち上がる時は力が要る。
「ぬおぉは酷いんじゃない?クサリュウ」
耳元で優羽が呟く。
「仕方ないだろ。でも去年より身体が引き締まったよな。昼の水着見ても思ったけど、今おんぶして確信したよ」
「ほんとデリカシーゼロね……」
「あんまりしがみつくなよ、歩きにくいよ」
ウノだか桃鉄だかも終わって寝静まったのか、広間からの声も聞こえなくなった。
今……12時か。早起きだったし眠いはずだが妙に目が冴えている。用意されていたコーヒー豆もとても上等だ。
もう一杯飲んでからベッドに入ろう。点てたコーヒーを持って庭に出てみる。夏だが避暑地の夜にホットがちょうどいい。
何気なく空を見上げると、息を飲むほどの満天の星空だ。天の川まで見える。見あげていると、目が慣れてどんどん星が見えてくる。
子供の頃の記憶を辿って星座を4つ見つけたところで、首が痛くなって視線を下ろす。
優羽が立っていた。




