12話 セール、化粧、昔の話
7月。1学期末テストも無事に終わった。
練習もチェーンレスリング、打撃、フライングメイヤーやボディスラムといったといった基礎的な投げ技など、順調に進めていく。
「再三言っているが、プロレスではセールが大事だ。大げさなくらいやって試合ではやっと観客に伝わるんだ」
セールは簡単に言えば受けた技を「痛がる」リアクションだが、ただの演技とは言い切れない奥深い技術だ。
「見本を見せてみようか。小鞠、軽くフォーアームを入れて適当に攻めてみて」
小鞠がフォーアームスマッシュを俺の胸にペチンと当てる。
「グワァッ!」
吹っ飛んで豪快に後ろ受け身。
息を荒げながらロープにすがってなんとか立ち上がる。
小鞠の腹に弱々しく反撃するが倒れる。
倒れた背中に小鞠、ストンピング。
悶絶しながらコーナーのほうによろける。
小鞠、トーキックを入れる。
腹を押さえながら別のコーナーに逃げる。
「と、こんな感じだな。小鞠、どうだった?」
「すごくやりやすかった!次どうやって攻めるか自然に出てきた感じ!」
「うん、今のは受けながら体勢とポジションを変えたから、攻め手が色んな攻撃をしやすいわけだ。」
「寝っ転がって『グワ!』『ギャア!』と言ってるだけだと攻め手が同じことしかできないし、無駄な手数が増える。なにより、受け手が頑張っているようにみえない」
「じゃあ1分間適当に攻めるのを順番に回していこうか。
今小鞠が攻めたから……美依希攻め、小鞠受けで」
小鞠のやられっぷりがいい。
声の出し方、表情のバランス、全身を使った感情表現。
やはり長年観ているだけあって、プロレスへの解像度が頭ひとつ抜けている。
美依希の攻めもいい。空手経験を活かしたコーナーに詰めての突き、サッカーボールキックも軸になりそうだ。固め技の出しどころもいい。
「次は優羽攻め、美依希受けだな。
優羽は体格を活かして、チョップとか踏みつけとか中心に攻めてみ。
美依希も、もう受け身問題ないだろ」
まず組み際に優羽がトーキックで止めてボディスラム。
「あー」
ん?
コーナーに詰めて体重を活かした踏みつけ。
「きゃー」
引き起こしてオーバーハンドチョップ。
「ぐー、くそー」
1分経過。エプロンで小鞠とすみれが笑いを堪えている。
「美依希、セールが棒読みだな」
堪らず小鞠とすみれが吹きだす。
「こらこら笑うな。なんでだろうな、攻めてる時は気合のこもった声出てるのにな」
「すみません、空手で攻撃の時は声出すんですけど、やられる時は何か恥ずかしくて」
と美依希は顔を真っ赤にしている。
「んー、じゃあもうセールしなくていいや」
「え?」
「プロレスの鉄則は『出来ないことはやらない』だ。
ちょうど、美依希のキャラクターも『空手をバックボーンにキックで戦う』だけじゃ弱いと思ってたんだ。
攻撃を受けても涼しい顔をしている、冷酷非情な女スナイパーでいこう」
「優羽、化粧道具持ってるよな?」
「何でもだいたいあるわよ」
「ディズニーヴィランみたいなメイクできる?アースラとかマレフィセントみたいな」
「クサリュウ、詳しいじゃん!
一度ミーちゃんメイクしたかったのよ!手下ども、連れてきな!」
「アイアイサー!」
と小鞠とすみれもノリノリだ。
「素材が良いと、えらいことになるわね〜」
優羽がため息をつくと、小鞠とすみれがうっとり頷いた。
美依希の健康的な肌は陶器のような白に、切れ長な目は黒いアイラインが吊り上げている。そして大きめに引いた黒いリップの異様さが目を引く。
ポニーテールを解いて緩く巻いた黒髪が妖しく三方を覆っている。
「これが……わたし……?」
「そうだ、お前は市川美依希じゃない、カラテヴィランだ!雑魚どもの攻撃など効かない、無慈悲な蹴りで屈伏させるんだ!
というわけでやるぞ!」
リングに上がる。
俺がエルボーを連打するが、黒い唇をニヤリと上げて笑ってみせる。
ボディスラムで投げるが、髪をかき上げて余裕の表情。
突進した俺にカウンターのトラースキック。
髪を掴んで引きずり起こし、背中にサッカーボールキック。
「キェァー!」
ドボォッと鈍い音で、美依希の足が俺の背中にめり込み頭の先まで響く。
おお、これは……いいキックだ……
グワッ、顔まで踏まれた……
「皆、どう?いい感じ?」
美依希の足の下から聞いてみる。
「美依希かっけーよ!峰不二子みたいなテカテカブラックのジャンプスーツ着せてーな!胸元が空いたやつ!」
「いやいやすみれちゃん、ミーキちゃんの長い脚を出さないのはもったいないってもんだよ」
「じゃあ、片足片腕だけ出てるジャンプスーツタイプはどうかしら。余計に露出している部分がエッチなんじゃない?」
「み、皆さん私を勝手に脱がさないでください!」
美依希が、俺の顔を踏みつけたまま抗議する。よし、美依希はこの路線でいけそうだな。
「美依希、仕度できたか」
道場の片付けをしながら、1人残った美依希を待っている。
「遅くなってすみません、お化粧がこんなに落ちないなんて……
それに、私だけいつも皆より出来なくて」
「いやいや、最後は何か乗り移ったかのようにいい動きだったぞ。美依希はコツさえ掴めば出来るタイプなんだよな」
「それにオレも、昔は同期と比べて何もかも出来なくてさ。美依希の気持ちは分かるつもりだよ」
「受け身もヘタ、力も身体も無い、グラップリングで毎日毎日極められまくって、『お前は才能が無いから田舎に帰ったほうがいい』って言われ続けてね」
「え、意外です。先生すごく才能があるのに」
「はは、センスと才能は秀の1/10だって先輩に言われてたな。あ、秀ってのは同期のやつで、センスの塊って言われててな」
「へー、同期の方は今も活躍されてるんですか?」
「う、うん……」
戸締りをしていた俺の手が止まる。
「どうしたんですか?」
美依希が俺の顔を覗き込む。
くそ、なんで俺は秀の名を出してしまったんだ。
「活躍……してない。
病院のベッドで、5年前から眠り続けている。
前に駅前のマックで会っただろ。秀の見舞に行くのが休日の日課なんだ」
美依希が息を飲んだ。
「何回もやってる、第1試合のシングルマッチで。
俺がかけた中盤のバックドロップ、
なんてことない技、落とし方もふつうだった。
それでもう秀は動かなくなって、イビキをかきはじめた。
イビキの音と、力の抜けた秀の身体の重たさが今も忘れられない」
「たまたまその日、秀の両親と弟も見に来ててな。医者に何度止められても寝てる秀に縋り付くんだよ、目を覚ませって」
「何回も何回も考えるんだ。
ああなったのが、なぜ才能が無い俺じゃなく秀だったのか。
もしかしたら俺の投げ方が悪かったのか。」
「俺はプロレスを始めた時から、自分がそうなる覚悟はしていた。
でも、対戦相手……秀の人生……覚悟が……出来てな……」
最後まで話すことができなかった。
膝をついて、地面に落ちる自分の涙を見つめ、声にならない自分の声を聞いた。
「だから私が部活紹介で頭を打ったときも、あんなに心配してくれたんですね……」
美依希は跪いた俺の頭に手を回し、優しく胸に抱えた。
「やめてくれ、やめて……」
暮れ始めた共商の森に、俺の嗚咽が低く響いた。




