11話 モンゴル帝国とヘッドロック
「昨日も言ったけど、来週から高校最初の定期テストです。週末をはさみますが、くれぐれも一夜漬けにならないように計画的に学習を進めるように、ではさよなら」
ホームルームを締めくくり、教室の窓を閉める。
5月の爽やかさが梅雨の蒸し暑さにとって変わるのを感じる。
6月からは教室のクーラーOKだったな。真夏の道場は地獄の暑さだろうな。
「センセ、こんにちは」
小鞠が、何か言いたそうに立っている。
「小鞠、早く帰れよ。モジモジしてても部活できないぞ」
「うん、昨日ミーキちゃんの家で一緒に勉強したんだけどね」
「あ、そうなんだ」
「優羽さんとスミレちゃんも一緒に」
「優羽はともかく、美依希の家見て、すみれビックリしてただろ」
「うん、長ーい廊下でかけっこしようとしたから止めた」
「まさに小学生だな」
「で、ミーキちゃんが言うには化学と歴史このままだと絶対赤点だって」
「週末があるじゃないか」
「もし1教科でも赤点だったら、小鞠も補習終わるまで部活停止……ですか?」
「お前とうちの部だけ特別扱いされる理由があると思うか?
だいたい、小鞠の受験時の成績見たら中の上ぐらいの成績じゃないか。
ふつうにやってりゃ赤点の心配要らないだろ」
「そこなんですが、小鞠本番に実力以上の力を発揮してしまうタイプでして」
「結構なことだな」
「共商も模試D判定なのに、中の上で合格ってしまったんです。さらに小鞠は興味が無いことは頭に入らないタイプでして……」
「いやいや、興味がなくても週末頑張って覚えるしかないでしょ!
それとも学園ラブコメみたいに顧問の俺が個別授業してくれると思ったのか?」
いかん、言い過ぎたか。2回目の猪木ビンタが来るか?
「そうですよね、センセお時間取らせてスミマセン」
としおらしく帰って行く。それはそれで拍子抜けしてしまった。
なんだか余計に心配だな。
休日はいつものように、病院で短い見舞を済ませジムで一汗流す。金もないしマックでコーヒー飲んで帰るか。
プロレス業界はタバコを吸う人間は少ないが、俺も含めて吸わない人間はアルコール中毒かカフェイン中毒かどちらかだ。
大人になると、ニコチンかカフェインかアルコールか、なにかに依存しないと生きていけない。
カフェインはそのなかでは、大分マシなほうだ。
などと考えながらマックでブラックコーヒーを飲んでいると、よく聞いた声が聞こえてきた。
部員4人勢ぞろいだ、というより小鞠を3人で取り囲みながらマックの2階に上がってきた。
「お、クサリュウあんたもマックが好きなんだね」
目ざとい優羽がすぐに見つけて声をかけてくる。
「あれセンセ、なんで居るの?」
なんでもクソも、休日に俺がどこで何してようが自由だろうが、と思いながら観念する。
「お、お前ら仲いいな。その様子を見ると『小鞠に勉強させる会』か?」
「すげえ!さすが顧問だな!」
とすみれが無邪気に喜ぶ。
「先生、袖触れ合うもなんとやらですから、桂木さんの勉強少し見てもらえませんか」
と、美依希が丁寧かつ断れない圧をかけて言う。
「仕方ないな。小鞠、学園ラブコメじゃないから時間取らないぞ。歴史は今何やってるんだ?」
「えと、中国とモンゴルがどうのこうのって……」
「じゃあ小鞠がよく分かるように説明するぞ、中国の夏王朝が昭和プロレスだ。攻めてきたモンゴル帝国がUWFだ。昭和プロレスの社長が夏王桀、UWFの社長がチンギス・ハンだ。」
「じゃあ、新日本プロレスが生き残ってUWFが崩壊したから、夏王朝が勝ったの?」
「プロレス史ではそうだが、歴史では勝ったのはUWFだ。」
「そんな〜」
「そんな〜、じゃない。UWFが勝った理由は主に2つ、騎馬戦法と攻城兵器だ。騎馬戦法がハイブリッドボディ、攻城兵器がロシアンサンボから取り入れた膝十字だ」
「なあ先生、プロレスを経由すると余計ややこしいんだけど」
とすみれが口を挟む。
「センセ、めっちゃ分かりやすいよ!じゃあこのフビライって人が高田延彦?」
「いや前田日明だな」
「なるほど!」
コーチする側の3人が口をあんぐり開けてあっけに取られている。
「じゃあ俺は帰るから、小鞠には全部プロレスに変換して覚えさせろ。皆宜しく頼むぞ、じゃあな」
「じゃあこの、元寇失敗したクビライ・ハンって人が前田日明にボコられた坂田亘か……」
もう放っといてよさそうだな。3人も『勝手にしてくれ』という表情だ。
テスト期間が明けて2週間ぶりの道場。全員揃っている。
「先生が変な教え方するから、オレたちプロレスに詳しくなっちまったよ」
「それは結構なことだな」
「私、歴史と化学は小鞠さんに負けちゃいました」
「すごいよセンセ!プロレスに置き換えるとすいすい入ってくるから、歴史92点取っちゃったよ!」
こいつ、本当に本番に強いタイプだな。
練習を再開し、またひたすらマット運動、受け身、ロープワークの日々が始まった。
つまずいていた美依希も、テスト前の一件でコツを掴みメキメキ成長してきた。
「よし、今日はここまでにしよう。
予定より早いが、来週からレスリングの動きに入っていこう」
4人から歓声が上がる。
「ところで、こないだ話してたプロレスのキャラクターや技のイメージは何か思いついた?」
「はいはーい!小鞠はジャーマンスープレックスとかミサイルキックを使いたいです!コスチュームは赤で!」
「おー!確かに小鞠は王道のプロレス技が似合うかもしれないな!
そうなると、つなぎ技も王道で固めてバックドロップ、コブラツイストとかも入れたいな!」
「さすがセンセ!分かってる〜」
「オタク同士で盛り上がってんなー」
とすみれにツッコまれる。
「すまんすまん、他の皆はどうだ?」
「私はキック主体、優羽さんはパワーキャラ、すみれちゃんは空中殺法かな、って皆で話してたんですけど具体的なイメージはまだまだ……」
「うん、これから練習していくなかで動きのイメージを固めてくれ」
「じゃあまずは基本中の基本、ロックアップだ」
「左腕が相手の首、右手が自分の首にかかっている相手の左腕に上からかける」
小鞠を相手に体勢を見せる。
「左腕が相手を制する動き、右腕がそれに抵抗する動きだ。いわゆる首相撲で押し合いになる」
と左手で小鞠の首を下げたり、右腕を絞って押し込んで見せる。
「動きの仕組みを理解していないと、『嘘っぽい』動きになるからな。二人一組で組んで押し合ってみろ。」
皆、探り探り組みはじめる。
「組む前、組む時もしっかりアイコンタクトだ。相手を見ていないと頭が下がってバッティングするぞ」
相手を交代しながら、しばらく繰り返す。
「よし、次はロックアップからのヘッドロックだ。小鞠こい」
「ロックアップしたら右手で相手の左腕を払って……引き寄せる!」
言いながら小鞠の頭をとらえ、胸に抱えたまま説明を続ける。
「ヘッドロックは、脇ではなく胸の前で頭を抱えるのがポイントだ。受けるほうも、抵抗せず胸に飛び込んでいく」
「小鞠、かけるほうやってみろ」
「ロックアップ、小鞠押して……、
そして俺が押し返す力を利用して、
今だ!」
小鞠が俺の頭を胸元に引き寄せ、ヘッドロックに取る。
「いてて小鞠、力いっぱい締めなくていい。もう少し緩めて。
受けるほうは腕を遊ばせない。左手は相手の胴、右手は絞められている相手の腕にかける」
「お互い少し体重を預けあって、漢字の人の字のように支えあうのがきれいなヘッドロックだ。
もう少し……そうそう、それ!」
「この形を覚えておいてくれ。
じゃあ皆でやってみるか」
美依希がスッと手をあげる。
「どうした?」
「皆でやる前に一度草野先生と組んでみないと、正解の感じがつかめません」
「そうよね」
「そうだよな!」
そうか。




