10話 ゾンビ、たこ焼き、成長
5月の連休が明け、1週間が経った。
基礎的なトレーニングでも、リングの上だとやりやすいし、試合の動きに繋がるイメージを抱きやすい。
そして其々の身体能力も見えてきた。
小鞠は、あまり器用なタイプではない。ただビビらないし思い切りがいい。こういうヤツはそのうちそれなりに出来るようになる。
そしてバネがあって遠く高く跳べる。
優羽は柔道経験者によくあるタイプで、ひととおりは出来るものの柔道式の『ダメージを抑える』受け身が抜けない。
プロレスの受け身は、派手に見せつつダメージを抑える。
頭では理解しているのだが、身体に染み付いたものはそう変えられないのだ。
すみれは、群を抜いた身体能力で、マット運動は格の違う美しさだ。
受け身はさすがに身体が軽すぎて迫力は出ないが、イメージどおり身体を操作する能力が高いのだろう。
何でもほとんど数回で出来るようになってしまう。
美依希はマット運動も受け身もなかなか出来ない。
すみれとは逆に、自分の身体がどうなっているかイメージできないんだろう。また、何をするにも怖がってしまって同じ失敗をするので改善が進まない。
さて、どうしたものか。
「今日は練習の前に、共商祭へのスケジュールについて話しておきます。」
「共商祭は9月19日。
ここでプロレスの試合を見せるのが目標です」
「今が5/14で、共商祭まで約4ヶ月。で、6月の末までは基本的に今と同じ練習です」
「マット運動、受け身、ロープワーク、筋力トレーニング、以上」
「プロレスのトレーニングでいちばん辛くてつまらない期間だ。プロなら最低半年はかかる。そして、入門した練習生の80%はこの間に身体を壊すか心が折れて辞めていく」
「そのかわり、この期間で身につけた動きはそうそう身体から消えない。
自転車に一度乗れるようになると、久々に乗っても乗れるだろ?
あれと一緒だよ」
「あの……」
美依希がおずおずと手をあげる。
「私にもできるようになるでしょうか」
「美依希は自転車に乗れるか?」
「乗れません」
いかん、あてが外れた。えーと……
「正直、プロ団体はこの期間に振るい落とすためにキツい練習生を課していく」
「だが、俺は絶対に脱落させない。
かかる時間は違っても、前に回る、後ろに回る、倒れた時に受け身を取る、は人間が絶対に出来る動きだ。
安心してついてきてほしい」
「はい……」
美依希はまだ、いやますます不安そうに返事する。
「さて話を戻すと、7月からは本格的に『プロレス』の練習だ。基礎的なロックアップ、ヘッドロックから始まり、チェーンレスリング、ベーシックな打撃、投げ技」
「そして、試合で使う技や動きの練習だ。このあたりから練習の内容も別々のことをするようになってくると思う」
「そして、6月中くらいに『自分がどんなレスラーになりたいのか』のイメージをしておいてほしい」
「プロレスでは『ギミック』や『キャラクター』と言われるものだ。
分かりやすいところでは『善玉:ベビーフェイス』と『悪役:ヒール』だね」
「ほかにも、熱血キャラ、マスクマン、ペイントレスラー、怪奇派、格闘キャラ、ヤンキーキャラ、お笑いキャラ、貴族キャラ、ラテンキャラ、アラブ系キャラ、電車、原人、ミイラ、ゾンビ、カレーライス、たこ焼き、くいだおれ人形、プロレスのキャラは無限大だ」
「途中から変なのばかりじゃねーか」
「スミレちゃん!それもまたプロレスの魅力なのだよ。今センセが言ったキャラのレスラー、全部説明しようか?」
と小鞠の鼻息が荒い。
「小鞠、練習時間が無くなるぞ。
まあ、具体的なところは先生や皆と相談して決めていくけど、何色のどんなコスチュームを着て、どんな技を使いたいかぐらいのイメージは作っておいてくれ。じゃあ練習開始だ」
皆、なんとなく自分の胸元や腕を眺めながら立ち上がる。心の中でコスチュームを合わせているのだろう。
いちばん楽しい時間じゃないか。
1週間経つが、美依希は進歩の兆候すら見られない。
受け身は、取れていたとしても身体のダメージは蓄積する。美依希のように出来ていないとなおさらだ。
経験上、集中力を持って練習できるのは1日20〜30本が限界で、それ以上は怪我のリスクが上がるだけだ。
まあ、1日100本以上取らされていた俺が言うことじゃないかもしれないが。
「じゃあ次はロープワークいくぞー」
ロープワークは、他の格闘技や競技に無いスピードを生み出すプロレス独自の動きだ。
練習では1人で走るだけでなく、2人で十字に走る、ドロップダウン(走者の手前に倒れ込む動き)やリープフロッグ(開脚ジャンプで走者を飛び越す動き)などを入れて、対戦相手との間合いをはかる感覚を養っていく。
マット運動や受け身が苦手な美依希も、ロープワークは得意だ。
手足の長さに加え、武道家ならではの姿勢や所作の美しさが生かされている。
プロレスの練習は約束動作や時間を決めたレスリングなどを
A対B→B対C→C対D→D対A
といった順番で回していくことが多い。
この方式だと当然同じ動作2巡目の選手がキツいのだが、その状態で相手の動きを見ながら合わせることがいい練習になる。
「十字ロープワーク、じゃあ小鞠と美依希で3往復!」
問題ない、どころか2人でアイコンタクトを取りながらスピードを上げている。いいぞ。
「次、小鞠抜けて美依希と優羽!」
重量級の優羽はスピードはないものの、ロープにしっかり体重を預けて迫力のあるロープワークができる。
4人のうち1人デカい選手がいると、試合に巾ができてありがたい。
美依希は2巡目だが、優羽よりも速い。
「美依希、優羽に合わせろ!」
と叫んだ瞬間、優羽の後ろ足につまずいて転倒してしまう。
「美依希、大丈夫か!?」
あれ?
小鞠たちもエプロンで怪訝な顔をしている。
「センセ?」
「ああ、今、めっちゃきれいに前回り受け身取れてたよな」
ノーダメージできょとんとした顔の美依希を見ながら考える。
(もしかして……)
「優羽、美依希を一本背負いで投げてみてくれ」
「お安い御用!」
「キャー、待って待って!」
構わず襲いかかる優羽、美依希の左手を取って一瞬で懐に入り跳ね上げる。
バァーン!
きれいな前回り受け身。
「美依希、自分で前回り受け身してみて」
「分かりました!」
グダグダグダ……
「優羽、払い腰!」
スパーン!
「優羽、大外刈り!」
バァーン!
分かった!美依希はコンタクトがあったほうがいいタイプだ!
「美依希、俺が肩を強めに突くから、それにあわせて後ろ受け身してみな」
「あ、空手の試合だと思って構えて。たぶんそれが美依希がいちばんリラックスしてる姿勢だ」
美依希が組手の構えをする。バランスの取れたいい構えだ。
「なんならマススパーっぽい感じでやってみようか。軽く打ってきてみて」
美依希がワン・ツー、ミドルと軽くコンビネーションを繰り出すのをガード、前蹴りをいなしたところで両手で美依希の肩を突く。
スパーン!
これ以上ないキレのある後ろ受け身だ!
「いいぞ、同じのをもう一回!」
同じ流れから、今度は肩を突く直前で寸止めする。
それでも美依希は、弾かれたように飛び、完璧な後ろ受け身!
「それだ!」
小鞠とすみれがエプロンからなだれ込み、美依希に頬擦りしている。
「ミーキちゃんすごいよ〜」
「美依希、やったな!」
「アタシの投げのおかげね」
「ありがとうございます。まだまだですけど、少しつかんだ感じがします」
と美依希は涙ぐんでいる。
「よし、感覚が完全につかめるよう、明日からもこの練習をやっていこう!」
「え、ダメだろ」
え、なんでだ、すみれ。盛り上がってきたところなのに。
「明日からテスト休みだぜ」




