4. 育児講習・抱っこ編
「では……本日の育児講習を始めます」
私が宣言すると、玉座の間に集まった魔族幹部たちが一斉に姿勢を正した。
黒騎士ゼファード。
大賢者バルド。
魔族侍女リリス。
そして、その他の屈強な魔族たち。
全員、戦場では英雄。
だが今は――
「……お、お手柔らかに頼む、乳母殿……」
完全に怯えている。
いや、なんでこんなに緊張してるの……?
私は腕の中の赤ちゃん魔王、ルシエル様を見下ろした。
「ほら、ルシエル様。今日はみんなが遊んでくれるって」
「……ぁ」
ルシエル様は小さく手を伸ばし、魔族たちを見つめた。
その瞬間――
幹部たちが一斉にひざまずいた。
「魔王様……!」
「なんと尊い……!」
「今日もお可愛らしい……!」
いや、赤ちゃんにひざまずかなくていいから。
これがダメなんじゃ……
私は手を叩いた。
「じゃあまずは、抱っこの練習からいきましょう!」
魔族たちの顔が青ざめた。
「だ、抱っこ……!?」
「前回は腕が吹き飛んだのだぞ……!?」
「魔王様の魔力は危険すぎる……!」
「大丈夫。私がそばにいますから」
そう言うと、ゼファードさんが震える手を挙げた。
「……私が、最初に挑戦しよう」
おお、勇気ある。
私はルシエル様をそっとゼファードさんに渡した。
「こうやって、頭を支えて……」
「こ、こうか……?」
ゼファード、んは巨大な手で、まるで宝石を扱うように慎重に抱き上げた。
ルシエル様はゼファードさんの胸元で瞬きをした。
「……ぁ?」
次の瞬間――
ルシエルがゼファードさんの鎧を掴んだ。
「っ……!」
ゼファードの顔が真っ赤になる。
「ま、魔王様が……私の鎧を……! こ、これは……光栄……!」
いや、ただ掴んだだけだから。
赤ちゃんなら、普通のことだから。
でもルシエル様は泣かない。
魔力も暴走しない。
ゼファードさんは震える声で言った。
「乳母殿……!魔王様が……私を拒んでおられない……!」
「はい、上手ですよ。ゼファードさん」
「……っ……!」
ゼファードさんは感動で涙をこぼした。
あなたが泣いて、どうするの……
次は大賢者バルドさんの番だった。
「ふむ……抱っこというのは、こうか?」
「違います。赤ちゃんはそんな縦に持ちません!」
「む、難しい……!」
バルドさんは、魔法でルシエル様を浮かせようとした。
「ダメです!魔法で抱っこしない!」
「な、ならばどうすれば……!?」
この人、世界最高の魔法使いなのに……
ルシエル様はバルドさんの髭を掴んで引っ張った。
「ぬおおおおおお!?ま、魔王様ぁぁぁぁぁぁ!?」
「泣かないでくださいバルドさん!」
最後は侍女リリスさん。
「リ、リリス……がんばります……!」
リリスは緊張でガチガチだったが、ルシエル様を抱いた瞬間――
「……ぁ」
ルシエル様が笑った。
魔族たちがどよめく。
「笑った……!?」
「魔王様が……笑われた……!?」
「なんという奇跡……!」
リリスさんは涙をぽろぽろ流した。
「ミ、ミリア様……!魔王様が……笑ってくださったのです……!」
私は微笑んだ。
「リリスさん、上手ですよ。ルシエル様は優しい人が好きなんです」
リリスさんは胸に手を当てて震えた。
「わ、私……魔王様のために……もっと育児を学びます……!」
育児講習が終わる頃には、魔族たちは全員ぐったりしていた。
「育児……恐ろしい……」
「戦場より疲れる……」
「だが……尊い……!」
私はルシエル様を抱きながら笑った。
「みんな、よく頑張りました。これからも一緒に育てましょうね」
魔族たちは、一斉に頭を下げた。
「「「はい、乳母殿……!」」」
ルシエル様は私の胸で小さく笑った。
――魔王軍の育児改革は、こうして始まった。




