2. 笑った
その日、魔王城はいつもより静かだった。
赤ちゃん魔王ルシエル様は、朝からずっと不機嫌。
ミルクも飲まず、抱っこしても落ち着かない。
「ルシエル様……どうしたんですか?」
私はそっと頬に触れた。
「……ぁ……」
ルシエル様は小さく声を漏らし、私の指をぎゅっと掴んだ。
不安……だよね
魔族たちは部屋の隅で固まっていた。
あっちはあっちで、不安が……
「乳母殿……魔王様の魔力が不安定です……」
「このままでは、また城が……」
「どうか……どうかお力を……!」
うるさいな……
魔族たちに、冷たい一瞥を投げかける。
私は深呼吸して、ルシエル様を胸に抱き寄せた。
「大丈夫。ミリアはここにいますからね」
その瞬間――
ルシエル様の魔力がふっと静まった。
……よかった。
ゆっくりと揺らしながら、優しく歌を口ずさんだ。
前世で、保育士を目指していた頃に覚えた子守歌。
「ねんねん、ころりよ……ルシエル様はいい子……」
ルシエル様の赤い瞳が、ぱちりと開く。
そして――
「……ぁ……」
小さな口が、きゅっと上がった。
ほんの少し。
でも確かに。
ルシエル様が、笑った。
私は息を呑んだ。
……笑った……!?
魔族たちも一斉に叫んだ。
「ま、魔王様が……!」
「笑われた……!」
「乳母殿……これは奇跡……!」
ゼファードさんは震える声で言った。
「ミリア……魔王様が笑われたのは……生まれて初めてだ……」
私は胸が熱くなった。
ルシエル様は、私の顔を見つめながら、もう一度にこっと笑った。
「……きゃ……!」
その笑顔は、世界を滅ぼす存在とは思えないほど無垢で、ただただ愛おしかった。
私は思わず抱きしめた。
「ルシエル様……ありがとう。笑ってくれて、ありがとう」
ルシエル様は私の胸に顔をうずめ、小さな手で私の服をぎゅっと掴んだ。
この子……私を信じてくれたんだ
魔族たちは涙を流しながらひざまずいた。
「乳母殿……!」
「あなたこそ……魔王様の光……!」
「魔王軍は、あなたに永遠の忠誠を……!」
私はルシエルの頭を撫でながら、静かに誓った。
「ルシエル様。あなたの笑顔を守るためなら……私は何だってするよ」
赤ちゃん魔王は、その言葉に応えるように、もう一度にこっと笑った。




