14. 体調不良
――その朝、魔王城は、異様な静けさに包まれていた。
私はルシエル様の部屋に向かいながら、胸の奥に小さな不安を抱えていた。
なんだろう……胸騒ぎがする。
扉を開けた瞬間――
「……ルシエル様?」
私は息を呑んだ。
ルシエル様が、いつもなら元気に起きている時間なのに、布団の中で小さく丸まっていた。
赤い瞳はとろんとして、頬はほんのり赤い。
「……みりあ……」
弱々しい声。
……これは、完全に体調不良だな。
魔族の侍女リリスさんが青ざめる。
「乳母殿……!魔王様の魔力が……弱っております……!」
黒騎士ゼファードさんは震える声で言った。
「魔王様が……『弱る』など……ありえん……!」
いや、赤ちゃんなんだから体調崩すよ……
私は、ルシエル様の額に手を当てた。
「熱い……」
ルシエル様は、苦しそうに眉を寄せた。
「……みりあ……さむい……」
熱があるのに寒いって……
完全に発熱の症状。
私は布団をかけ直し、そっと抱き寄せた。
「大丈夫。ミリアがいます」
ルシエル様は、私の服をぎゅっと掴んだ。
「……みりあ……いないと……やだ……」
ああ……
不安なんだね……
ルシエル様が咳をすると――
ドンッ!
黒い魔力が小さく爆ぜた。
魔族たちが悲鳴を上げる。
「ひぃぃぃ!!」
「魔王様の魔力が……制御不能に……!」
「乳母殿、危険です!!」
危険なのは魔力じゃなくて、ルシエル様の体調だよ!
私は、ルシエル様の背中を優しく撫でた。
「大丈夫、大丈夫。咳は怖くないですから」
「……こわい……」
「怖くないですよ。ミリアがいます」
ルシエル様は、涙を浮かべた。
「……みりあ……」
その声があまりにも弱くて、胸が締めつけられた。
私は温かいタオルを用意し、ルシエル様の額に乗せた。
「気持ちいい?」
「……ん……」
ルシエルは目を細めた。
魔族たちは部屋の隅で震えている。
「乳母殿……!魔王様が……弱っておられる……!どうすれば……!」
「静かにして。ルシエルが休めないから」
魔族たちは一斉にひざまずいた。
「「「はい、母君……!」」」
母君って呼ぶのやめて……
私は、ルシエル様の手を握った。
「ルシエル様、喉痛い?」
「……いたい……」
「お腹は?」
「……いたい……」
「寒い?」
「……さむい……」
完全に風邪のフルコース……
私は、そっと抱きしめた。
「大丈夫。全部ミリアが受け止めますから」
ルシエル様は私の胸に顔を埋め、小さな声で呟いた。
「……みりあ……いなくならないで……」
「どこにも行きませんよ」
突然、ルシエル様の体が震えた。
「……みりあ……こわい……」
黒い魔力が、布団の中からじわじわと漏れ出す。
まずい……!
私はすぐに抱きしめた。
「怖くない、怖くない。ミリアがいます」
「……みりあ……!」
ルシエル様は、泣きながらしがみつく。
その瞬間――
魔力がふっと静まった。
魔族たちが感動で崩れ落ちる。
「乳母殿……!」
「魔王様の暴走を……抱擁だけで……!」
「これはもう……母君を超えて……聖母……!」
いや、ただ抱っこしてるだけなんだけど……
熱でぼんやりしたルシエル様が、私の胸に顔を押し付けながら呟いた。
「……みりあ……いなくなったら……やだ……こわい……」
ああ……
胸が痛くて、苦しくて、でも愛しくてたまらなかった。
私はルシエル様の頬に手を添えた。
「ルシエル様。ミリアはね、あなたが呼んだら、何度でも来ますよ」
「……ほんと……?」
「本当。だから安心して眠っていいんです」
ルシエル様は小さく頷き、私の胸に顔を埋めたまま眠りについた。
「……みりあ……すき……」
私はその小さな体を抱きしめながら、静かに答えた。
「ミリアも大好きです」




