第7話 影の邸宅と頂点の乙女
夕刻。エリュシオン・コア第3居住区画、貴族街「ノクティス・ハイツ」。
ダークシア・ノクティスからの突然の誘いは、ブリーフィング終了からわずか数時間後のことだった。
『今夜、邸宅で軽い夕食を。セリスとアリアだけ呼ぶ。……私服で来なさい。』
アリアは黒のシンプルなワンピースに黒のロングパーカーを羽織り、セリスは白と淡い金の清楚なドレス姿で、指定された大邸宅の門をくぐった。
石造りの重厚な建物は、聖導院の白とは異なる、深く落ち着いた黒と銀の装飾が施されていた。
ノクティス家。西方でも古くから続く武勲貴族のひとつだ。
使用人が二人を奥の食堂へと案内する。
「ようこそ。待っていたわ」
ダークシアは普段の隊長服ではなく、黒を基調にした優雅なドレスを着ていた。
肩と背中が大きく開き、首筋に銀の鎖が輝いている。
いつもの冷徹な印象とは違う、貴族令嬢らしい佇まいだった。
長いテーブルにはすでに料理が並び始めていた。
ワインの香りと、柔らかな キャンドルライトが部屋を満たす。
「隊長……こんな豪華な場所に呼んでいただいて、ありがとうございます」
セリスが丁寧に頭を下げる。
アリアも軽く会釈した。ダークシアが小さく笑った。
「堅苦しいのは任務のときだけでいいわ。
今夜は少し、息抜きよ。
……それに、紹介したい人がいるの」
その言葉が終わらないうちに、食堂の奥の扉が静かに開いた。
入ってきた人物を見て、アリアの呼吸が一瞬止まった。
長い銀髪を優雅に流し、深紅のドレスを纏った女性だった。
年齢は二十代後半か。
瞳は紫がかった灰色で、存在感だけで空気を支配している。
胸元には最高位の戦乙女にのみ許される
「神託の冠」
三重のルシア紋章が輝いていた。
「こちらが第1聖導院正規軍所属、
『白銀の頂乙女(Top Val’Luthia)』
リリアーナ・ヴァル・セラフィム大聖女将。
……私の従姉でもあるわ」
リリアーナは静かに微笑み、席についた。
「初めまして、アリア・ルミナリス。
そして有能な副社隊長セリス・ヴァルハイトも。
アリア、噂は聞いているわ。神速と先読み……面白い才能ね」
声は穏やかだが、その奥に冷たい刃のようなものを感じさせた。アリアは緊張しながらも、赤い瞳をまっすぐに向けた。
「光栄です。大聖女将……」
食事が始まった。
上等な赤ワイン、柔らかい獣肉のロースト、香草のスープ。
貴族らしい豪華さの中、会話は徐々に核心へと近づいていった。
リリアーナがグラスを傾けながら言った。
「第7小隊は最近、成果を上げているそうね。
特にアリア、あなたの神速は『大分離』以降の戦乙女の中でも稀有よ。……でも、気になる報告もあるわ。
使命に対する『疑問』の兆候」
セリスが箸を止めた。
ダークシアは無言でワインを飲んでいる。アリアは正直に答えた。
「……使命が絶対だと言われても、私はまだ、自分の意志で戦う意味を見つけたいと思っています。
兄が凍結された理由も、知りたい」
リリアーナの紫灰色の瞳が細まる。
「可愛い子ね。でも、気をつけなさい。
ルシアの『使命』は正義そのもの。疑問を持つことは、凍結への第一歩よ。
……それでも、私は才能ある戦乙女が潰れるのは惜しいと思っているわ。特にあなたのような子は」
ダークシアが初めて口を挟んだ。
「リリアーナ。彼女はまだ若い。
少し時間を与えてあげては?」
「時間は与えられないわ、ダークシア。
来週の共同作戦で『悲嘆の蜘蛛姫』3体を殲滅できなければ、第7小隊全体の評価が下がる。
失敗は……許されない」
空気が重くなった。リリアーナはアリアに向かって優しく、しかし容赦なく続けた。
「戦乙女とは、ルシアの刃よ。
人間性を捨てきれなければ、いつかその刃は自分自身を切り裂く。
……あなたは、どれを選ぶのかしら? 使命か、自由か」
アリアはフォークを握る手に力を込めた。
胸の内で、兄カイの凍結された顔が浮かぶ。
「私は……両方、欲しがるかもしれません」
その答えに、リリアーナがくすりと笑った。
ダークシアは複雑な表情でグラスを置いた。
セリスは心配そうにアリアの横顔を見つめている。
窓の外では、エリュシオン・コアの人工夜空に、ルシアの巨大なシルエットが淡く浮かんでいた。




