第4話 残響
黒鐘が三度鳴り響いたその夜、アリアとセリスは街外れの古い廃坑へと急行した。
「今度の個体は中級……らしいわ。感知報告がかなり強い」
セリスが双剣を構えながら前を走る。
白と金のコートが闇の中で浮かび上がる。
アリアは黒いロングパーカーのフードを深く被り、無言でロングブレードを握りしめていた。
赤い瞳が、静かに戦闘モードへと切り替わり始めている。
廃坑の奥は、黒い霧が濃く淀んでいた。
そこにいたのは、これまで見たどのエイドロンとも異なる個体だった。
人間の上半身と、蜘蛛のような複数の脚を組み合わせた異形。
胸の中心に、淡く脈打つ赤い核が埋まっている。エイドロンが顔を上げ、アリアを見た。
「……慈悲……を……」
掠れた、ほとんど人間に近い声が響いた。
アリアの指が、わずかに震えた。
「アリア、集中!」
セリスが叫ぶ。戦闘が始まった。
「神速」
世界がスローモーションになる。
アリアの体が残像を残して加速し、蜘蛛の脚を次々と切り裂いていく。
黒い刃が夜の闇を裂くたび、赤い粒子が舞った。エイドロンが触手を伸ばす。
「先読み」
その動きが、頭の中に数秒先まで浮かび上がる。アリアは最小限の動きで回避し、反撃に転じた。斬撃が重なり、廃坑に刃と咆哮が響き渡る。
セリスが結界を展開して援護する中、アリアは一瞬の隙をついてエイドロンの懐に飛び込んだ。ロングブレードを両手で振り上げ、赤く輝く核を真正面から貫いた。
ズシュッ
核が砕け、黒い霧が爆発的に広がった。
エイドロンの体が崩れ落ちる瞬間、アリアは見た。
核の破片の中から、ぼんやりと浮かび上がる映像のようなもの。
(……泣いている少女?)
一瞬だけ、幼い少女の姿が脳裏に閃いた。
銀色の髪、虹色に揺らぐ瞳。
悲しげにアリアを見つめ、手を伸ばしている。同時に、胸の使命紋がこれまで感じたことのない激しい疼きを起こした。
なぜ、泣いている?アリアの赤い瞳が大きく見開かれた。
戦闘中の冷徹な表情が、一瞬だけ崩れる。エイドロンが最後の言葉を吐いた。
「……我らは……捨てられた……お前も……いずれ……」
声は途切れ、異形は黒い塵となって崩れ落ちた。戦闘終了。
アリアは膝をつき、ブレードを地面に突き立てて体を支えた。
息が荒い。頭の奥で、使命の声がいつものように響く。
【よくやった。我が子よ。】
しかしその声が、今日は妙に遠く感じた。
(……捨てられた? 何を……?)
胸の奥に、得体の知れない違和感が広がっていく。
これまで何十体も倒してきたエイドロン。
その中の一つが、まるで「自分の一部」を失ったかのような悲しみを残した。
セリスが駆け寄り、アリアの肩を抱き起こした。
「アリア! 大丈夫? ……少し様子がおかしかったわよ」
「……先輩。あのエイドロン、声を出しました。人間みたいな声で……」
セリスは表情を曇らせた。
「中級個体の中には、稀にそういうものがいるわ。
使命に深く逆らった者の残響が強いと、言葉を残すことがあるって……でも、気にしては駄目。
奴らは穢れよ。私たちの敵」
アリアは頷いたが、心の中では納得できていなかった。
廃坑の奥から漂う黒い残響を、彼女はぼんやりと見つめていた。
核の破片が地面に落ち、ゆっくりと消えていく。その破片の一つが、ほんのわずかにアリアの使命紋と同じ、深紅の光を帯びていたように見えた。
「……本当に、敵なんでしょうか」
小さな呟きは、セリスには聞こえなかった。
黒鐘の街は静かだった。
しかしアリアの胸の中で、何かが確かに軋み始めていた。
ルシアが捨てた「感情」の欠片は、静かに、しかし確実に、彼女の心に触れようとしていた。




