第3話 戦乙女とは
黒鐘の音が止んだ後、アリアとセリスは急ぎ修道院の作戦室へと向かった。
壁一面に古い羊皮紙と最新の聖導院布告が貼られた部屋には、すでに数名の戦乙女たちが集まっていた。
中央の大きなテーブルには、大陸の簡易地図と数枚の古文書が広げられている。
セリスがアリアに小声で囁いた。
「今日は座学よ。上層部が新任の戦乙女たちに『戦乙女の概要』を再確認させるらしいわ」
アリアは静かに頷き、席に着いた。部屋の奥に立っていた、白髪の老神官が重々しい声で話し始めた。
「改めて、戦乙女とは何か」
老神官の言葉に、部屋が静まり返った。
「戦乙女(Val’Luthia)は、ルシアの意志を地上に執行する選ばれし執行者である。
彼女たちに刻まれる使命紋は、神の神経回路の一部と繋がっており、異形『エイドロン』を感知・殲滅するための力を与える。その力は人によって異なるが、大きく三つの系統に分類される。
第一に、属性系統。光、炎、氷、雷など、特定の力を極める者。
第二に、身体強化系統。神速や剛力、超感覚など、肉体そのものを強化する者。
第三に、解析・干渉系統。先読みや結界、残響操作など、現象そのものに干渉する者。
アリア・ルミナリスは第二系統と第三系統の希少な複合型だ。『神速』と『先読み』を併せ持つ者は、過去百年で彼女を含めても三人しか確認されていない。」
老神官はアリアの方を一瞬見た。アリアは小さく頭を下げた。「戦乙女の役割は三つある。一つ。エイドロンの殲滅。
二つ。使命に背いた者の『凍結』。
三つ。ルシアの意志を地上に広め、秩序を守ること。我々は慈悲を忘れてはならない。しかし、慈悲だけでは世界は救えぬ。ゆえに戦乙女は二つの顔を持つ。
日向では人々の希望となり、
戦場では無慈悲な死の化身となる。
これが、ルシアが与えた我々の定めである。」
老神官の言葉が終わると、部屋に重い沈黙が落ちた。
アリアは自分の左鎖骨にそっと手を当てていた。使命紋が、静かに熱を帯びている。
(……定め、か)
彼女は思う。
慈悲深い元シスターとして人々に微笑み、戦場では表情を失い、ただ敵を屠る機械となる。
それが「戦乙女」。
セリスが隣で小さく息を吐いた。
彼女の翠色の瞳にも、わずかな陰りがあった。
老神官はさらに続けた。
「現在、大陸各地でエイドロンの発生頻度が上昇している。
特に北方と東方国境で顕著だ。
これは使命に疑念を抱く者が増えている証左とも言われている。……戦乙女諸君よ、決して惑わされてはならない。
使命は絶対。ルシアの意志は正しい。
それを疑うことは、己の存在を否定することに他ならない。」
講義が終わった後、セリスとアリアは作戦室の外の回廊を並んで歩いていた。
「どう思った?」
とセリスが聞いた。アリアは少し迷ってから、正直に答えた。
「……戦乙女であることは、誇りでもあり、苦しみでもあります。先輩は平気なんですか?」
セリスは少し笑った。苦い笑みだった。
「平気なわけないわよ。でも、私は『信じる』ことを選んだの。
アリア、あなたはまだ『悩む』ことを選べる段階にいる。それは……とても貴重なことかもしれないわね」
二人が回廊の窓から外を見ると、黒鐘の街の空に、光の柱がいつもより強く輝いているように見えた。
アリアの赤い瞳が、静かにその光を映していた。彼女はまだ知らない。
この「戦乙女」という役割が、やがて彼女の運命を大きく狂わせていくことを。




