静かな母娘の狂騒曲
本編 14歳【6/8】
あっちもこっちも内心あわあわ。
『どうしよう…………』
職員室。
馬乗りになって、胸ぐらを掴んで、拳を振り上げて。
それで、我に返る。
え。
これ、どうしたらいいの?
殴るの?
ヤだ、ムリ。そんなことしたことないし。
「……ひっ」
下から、悲鳴のような声が漏れ聞こえる。
あ、退いてあげないと。
でも。
『卒業できないと分かっている生徒をなぜ進学させるのか』
『他の生徒に悪影響だと思わないのか』
じゃあ、彩は?
寿命が残り少ないなら、人の輪に入ることさえ許されないの?
彩は、まだ生きてるのに?
許せない。
だって彩は、ちゃんと全部生きるって。
そう言ってくれたのに。
自然と、拳に力が篭もる。
「や、やめ、待」
下で、何か言ってる。
両腕で顔を覆って、殴られまいとして。
いい気味。
……え?私、今なに
「久谷さん、待って!」
振り上げっぱなしの腕が掴まれて。
ひょいっと。
子供を立たせるように、身体が引き上げられた。
「大沢さん、こっちこっち!」
授業の観察なんかいいから、と櫛田に職員室に呼び立てられる。
入室。見回す。あれか。
卓の間の床に誰か座り込んでいる?
近寄ってみれば、誰かが誰かに馬乗りになっている。
一人は杉原さんの母親だろう、櫛田が面談だと言っていた。
もう一人は次の面談の?とすると、久谷の。
なんとなく経緯の予想は付いたが、それはそれ。
というか警備員。傍に突っ立って何してる。
両手挙げて、降参?ふざけんな仕事しろ。
「久谷さん、待って!」
腕を掴んで、引っ張って立たせる。
嘘みたいに抵抗もないわ軽いわ、あっさりと立ち上がらされたのは、
「やっぱり……」
何度か面識もある。確かに久谷の母親だった。
茫然自失。立たされたことも分かっているのかどうか。
「あ、ありがとう大沢くん。それで、どうしようか」
おい認定指導員。指導するのが仕事だろ。
「いえ、観察員の私に聞かれましても」
「あ、うんそうだよね困るよね。ええと、あ、じゃあ教頭に指示仰いできてもらっていいかな?」
保護者対応も仕事のうちだろうに。投げたよこいつ。
「分かりました。じゃあこの場はお任せします」
「あ、いや、私が聞いてくる。大沢さんはここにいて。よろしく」
……はぁ。
なんだかんだ校長室で校長が話を聞くことになり。
久谷の祖母呼び出しになったり警察呼んだり、あれよあれよとしっちゃかめっちゃかに。
思い出したように櫛田が授業の観察に戻るように言いつけてきて、教頭からは祖母が到着したらお連れするように指示が下り。
私、ただの観察員なんだけど。
業務外山盛りじゃね?
バチン!
気付いたら、娘に手を上げていた。
子供に胸張って言えないことならするんじゃない?
今の今しでかしたことを棚に放り投げて、よくも言えたもの。
それでも、頭が真っ白になりそうになっても、場を取り繕う。
詫びて、叱って、宥めて。
やるべきことをやらなければ。
だというのに。
「僕、進学しちゃいけないんですよね?」
彩?
「そんな訳、ないだろう!」
大沢さん?
場のコントロールが効かない。
でも、悪い流れではない。
乗った。
結果、杉原さまももういいと仰って下さった。
ああもう。結果オーライ。
校長室を出ると、彩がこちらを見上げている。
叱られると思っているのだろう。
そりゃ、思うところがなんにもない訳じゃあないけれど。
「よくやった!」
にっこり笑いかけると、安心したように笑い返してくれた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
動揺が収まらない。
家に帰って家事をこなす。
ここは私の場だ。
彩が安心して過ごせる大切な家だ。
動揺を飲み込んで、護る。
大丈夫、いつも通り。
ちゃんとやり通した。
「なぁ、ばあさんや」
「なんですか?」
「ビールは熱燗には向かないと思うんじゃ。めっちゃ苦い」
「奇遇ですね、私もそう思いました」
「……お疲れさん」
「どういたしまして。……どちらへ?」
「ホットビールなら足し物がいるじゃろ?」
「はいはい、何を用意すれば?」
「えっと、色々?」
「分かりました。じゃあ一緒に行きますよ」




