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いつものお前が。(2)



 ガリアンセーズ王国の西部に、一本の巨大なトネリコの木がある。

 宇宙(そら)に届きそうなほど高く、山のように太いトネリコの樹皮や盛り上がった根には、いくつもの建物が建設されている。

 それは一千年の歴史を持つ、求道者のための学び舎の群れ。

 魔術の始祖、『知恵』のゾーエ・ザーニが作り上げた、シャノワール魔術学園である。



 ●



 その日、夜の営業を終えた食堂で、イアサントは大きく伸びをした。


(今日は、なんか疲れたな。)


 と、そう思う。カップルの相手をしたせいだろうか。


(……そういや、りんごってなんだったんだ?)


 あの『恩恵』持ちのお姫様は、エミール曰く「植物の声が聞こえる」そうで、それゆえに会話の流れが常人には理解できない形になってしまうらしい。

 イアサントは「ま、なんでもいいか」と呟いて、厨房に戻った。たいていのシェフやスタッフは大半が家に帰ったものの、まだ数人残っている。

 料理の研究のためだったり、明日の仕込みのためだったりするが、中には……。


「シェフ・イジドール。よろしければ、これからトネリコの街でお酒でも……」


 と、顔の良いシェフを誘惑するために残っている不届きな女性スタッフもいる。


「悪いな、マドモアゼル。料理の研究をする予定なんだ」

「あら、でも、明日はお休みでしょう? たまには飲み明かすのも……」


 イアサントは目を吊り上げて、「おい」と声をかけた。

 イジドールにしなだれかかっていた女性スタッフは、びくっと震えて「あ、あら、まだいたんですね、シェフ・イアサント……」とすごすご去っていった。


「……声かけただけだろうが。やっぱり目つきが悪いから怖がられんのかね」

「猛禽のようで美しい瞳だと思うがね、俺は。なんにせよ、助かった。家柄と顔と稼ぎが良いのも考え物だな。ついでにいうと背も高い」


 とんでもないナルシストな発言である。

 すべて事実ではあるのだが。


(王族傍流ジャックノミーの血筋、カランブー家の長男。貴族の身ながら料理の道に進み、いまやシャノワール魔術学園の若き総料理長、か。少女小説の登場人物かってんだ。)


 総料理長はかなりの稼ぎがあるし、顔は整っていて上背もある。

 モテるのも当然だ。


「シェフ・イジドール。アンタなら、相手を傷付けずにデートの誘いを断るくらい、簡単だろうに。それとも……、本当は行きたかったのかい?」

「まさか。行くわけがないだろう、イアサント。もしかして妬いたのかい?」


 などと言い出す。イアサントは苦虫を嚙み潰したような顔になった。


「何度も言うがな、アタシは別にアンタのことなんか、どうも思っちゃいない」

「ほう? 俺はお前のことが好きだぞ」

「うるさい。テキトーなことばっかり言いやがって」

「はは、そう拗ねるな。明日はお前も休みだろう。どうだい、デートでも」

「行くわけねえだろ、アホ」

「何度誘っても、つれないな」

「冗談に付き合うほど暇じゃないんでね。……試作はどうなってる」


 イジドールは「冗談じゃないんだが」と肩をすくめて、小鍋の中にある深い紫色をしたソースを、薄く切ったローストポークに少しだけ垂らした。

 次のスペシャリテはローストポークの予定だが、ソースが決まらないのだ。老齢の料理人が「ふつう」としか言わないせいである。

 イアサントはローストポークを指でつまんで食べ、しっかり味わい、指に残ったソースも舐め、「んー」と唸った。


「ブルーベリーのソースか。悪くはないが……普通だと思う。新しさがない。貴族のボンボンどもには食い慣れた味だろう」

「手厳しいねぇ。なにか案はないか? 今年の豚は脂身の主張が強い、爽やかな味が欲しいところだが、レモンでは強すぎるしオレンジでは甘すぎる」

「爽やか、ねえ。風味が良くて、酸味があって、でもレモンやオレンジほど強くなくて、甘味のバランスが良い果実――」


 するりと、その果実の名前がこぼれ出た。


「――りんご。山りんごなんて、どうだ。皮ごと使えば、かなり風味が出るぞ」

「ほう。……いいな、いい組み合わせだ。りんごソースのローストポークか。小さめに焼いたポテトのパンケーキも添えれば、ジャルマン風になる。イアサント、ソースを試作してみる。ちょっと付き合え」

「あいよ。ジャガイモは千切りでいいな?」


 思い付きは、さっさと試してみるのがいい。二人は手早く料理を作り上げ、一皿に盛り付けた。テーブルに上に置くと、まだ残っていたスタッフたちが味見のために寄ってくる。

 老齢の料理人が味を見て、ふんふんとうなずく。


「うまい」


 そして、満足げにそう呟いた。

 次のスペシャリテが決まった瞬間だった。



 一日の休みを挟んで、イアサントが出勤すると、厨房の裏手口に黒猫がいた。


「お、学長じゃねえか。よーしよし。肉か? 魚か?」


 シャノワール魔術学園には猫を大事にする風習があり、街ネコが山ほど棲んでいるのだ。食堂にエサをたかりに来る猫も多い。

 今日もそうだと思ったのだが、学長はしなやかな尻尾をふりふりして、厨房脇の小道に入って行く。


「なんだ? ついて来いって?」


 と追いかけると、小道に人影が見えた。

 背の高い偉丈夫と、制服を着た女子生徒だ。女子生徒は緊張の面持ちで偉丈夫を見上げて……。


「イジドール様、お慕いしております!」


 と、大きな声で言った。


(お――おいおい、マジか!)


 告白だ。しかも、告白されているのはシェフ・イジドールだ。

 イアサントは息を殺して木の影に隠れ、ドキドキしながらのぞき見る。


「マドモアゼル、あなたの気持ちには応えられないんだ。申し訳ない」

「……そう、ですよね。わかっておりました。でも――」


 まだ、会話が続いているが、イジドールは断った。そのことに、イアサントは少しホッとして……。


(いや、なんでホッとしてるんだ、アタシは。)


 首を横に振り、見つからないうちに小道をあとにした。逃げ出した、とも言う。

 気持ちを切り替えて、仕事に集中しなければ。


(でも、アイツ。本当によくモテるんだよな……。もう二十六歳だろ。そろそろ、誰かと結婚していてもおかしくはないし……。)


 と。心に少しだけ、引っかかるものを残しながら。




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