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8月5日 23:00
戦艦「フォーマルハウト」戦闘ブリッジ
強化ガラスのスクリーンを、ミリエル少尉はじっと見つめていた。
先程まで、無数の星々が宝石のように煌めいていたそこには、いまや無数とも言える黒々とした戦艦群が映し出されていた。
明滅する航行灯が、強い圧迫感を感じさせる。
「敵艦隊、あと15分で射程圏内に入ります」
オペレータのシータが緊迫した声を発した。
誰の心もまた、同じくらいに緊張しているだろう。
結局、一睡もできなかった。
この状態で悠々と眠るなど、いくらなんでも無理だ。
「全艦、砲撃戦用意。回頭90度」
「エネルギーシールド展開、フルパワー」
「デコイ放出完了。各主砲、荷電粒子砲にエネルギー充填完了」
「ABC弾頭、最終確認、チェック良し」
地球防衛軍艦隊の戦艦は、全て縦長の形状をしていた。
万が一地上に降りた時も船として使用できるように、という配慮らしいが、実際に地上へ降りたらもう大気圏外へ脱出することはできなくなる。船というのはこういうものだ、という習性が染み付いているのだろう。
各艦は前方に3門、後方に2門の主砲を備えており、最大火力を出すには回頭して砲撃する必要があった。今は全艦が一直線に並んでいる。
対して、ミディオン艦隊は圧倒的な数を、ほぼ平面状に展開していた。
遠目に見れば、一本の線と面との戦いである。
戦う前からほぼ趨勢は決まったようなものだ、そう少尉は思った。
「さあ、やれるだけやろうじゃないか。なあ少尉」
「・・・・・・はい」
この期に及んで、まだ軽い口調を出せるこの男は、案外他の人も言うように大人物なのかもしれなかった。
今にも敵艦隊が無数の光を放ち、一瞬にして蒸発・宇宙の塵となるかもしれないのだ。そんな中、あくびを噛み殺しているのはどういうことだろう。
無数のデコイ、囮が戦艦の周辺に広がる。
これで、レーダーに映る数としてなら遜色はない。敵の一斉砲撃ですぐ蒸発するだろうが。
「敵接近!間もなく射程に入ります!」
アラン提督はマイクを口に当てた。
「全艦、全速後退」
「な」
ミリエル少尉は聞き間違えたのか、と思った。
こっちはどう見ても劣勢だ。少しでも先手を取り、相手の数を減らすべきではないのか。
だが、艦長の指示は素早かった。
「全艦へ通達!全速後退!」
「了解!全速後退!」
補助エンジンスラスターが逆噴射して、少尉は身体が慣性運動に逆らって押し戻されるのを感じた。
間もなく、敵戦艦群が一斉に光を放つのが見えた。荷電粒子砲の放つ、死の光だ。
大容量ビーム砲の放つエネルギーの波が、旗艦フォーマルハウトにも押し寄せた。圧倒的な数の砲口から放たれる奔流が、怒涛のように艦の周囲を覆うバリアに乱反射し、虹のように煌めく。
思わず腕で視界を覆った。
光の奔流が消え去った。
一斉攻撃の一波を凌いだのだ、と理解が追いつく。
「全艦、全速前進!一斉砲撃!」
提督の放つ鋭い声に、オペレーターたちが続いた。
「了解!全速前進、砲撃開始!」
「全艦へ通達、砲撃開始せよ」
ドォン。
大きな振動と共に、巨大な咆哮が敵へと伸びていく。
一瞬置いて、宇宙の空に巨大な花が咲いた。
「命中!本艦およびリゲル、プロキオンによる集中攻撃です。一隻撃沈を確認」
「反転、後退せよ」
「全艦後退!砲撃停止せよ!」
矢継ぎ早に命令が下される。
敵のビーム攻撃が押し寄せ、またしてもバリアに弾かれて四散していく。
周囲に浮かんでいたデコイが破れて飛んでいくのが見えた。
そうか、とミリエル少尉は思った。
提督の戦術は、敵と打ち合うと見せかけ、巧妙な回避運動でギリギリ敵のビームを躱し、こちらの攻撃を当てる作戦なのだ。
だが、と思った。あちらだってバカじゃない。こんな作戦とも呼べないような作戦、通用するのは最初の1−2撃だけだろう。あちらがいつまでも付き合ってくれるわけがない。
「敵戦艦群、急速に接近してきます!」
「チャフ弾頭を発射せよ」
「チャフ弾発射!」
ミサイル発射孔から、次々とミサイルが敵へ向かって伸びていった。
ミディオン相手では、ミサイル攻撃はあまり通用しない。バリアに防がれてしまうからだ。
だが、この「嫌がらせ弾頭」なら。
敵のバリアに阻まれ、チャフ弾頭が爆発・四散した。
敵戦艦の放つビームが乱反射し、まるで大玉の花火が打ち上がったように見えた。
「撃て!」
地球防衛軍艦隊の一斉砲撃が、敵の密集隊形へと突き刺さった。
あちこちで巨大な火球が生じる。
「な、なぜ」
「チャフで視界を失い、味方と衝突したのでしょう」
すぐ後ろに来ていた艦長ゲネル少佐が冷静につぶやいた。
「いま、あちらのレーダーは砂嵐も同然。ミディオンがコンピューターであれば、視野を失って混乱したのでしょうな。密集していたのが仇となった」
「これを予想して?」
「さあ。我々は提督の指示に従うのみです」
ミリエル少尉はアラン・ケレス提督を見上げた。
ブリッジのやや高い場所にいる提督は、頬杖をついて画面を見つめていた。
「これなら勝てますか?艦長」
「いや、これくらいで彼我の戦力差は埋まりますまい。戦いはまだまだ五分どころか三分以下、これからでしょうな。何度も小手先の技が通じるとは思えません」
「同感です」
これで提督の「奇術」がお終いなら、あとは消耗戦となる。
となれば、地球防衛軍はジリ貧だ。
だが、ミリエル少尉は次の命令でこそ、心から驚嘆した。




