これから、よろしく。
―――これまで引き取られてから、誰かに"やれ"と言われることは沢山あった。でも、お願いされる事は初めてだった。
コクリ。と頷いて考えた後、白くまさんの目を見て言った。
「…わたしの名前、アクレイア(役立たず)って言うの…叔母さんがお前の足は使えないから名前にはピッタリだ、って。
引き取られてからは、仕事を言いつけられるときや、商人から雑用を押し付けられるたびに。そう、呼ばれて来ました。」
少し、視線を手元に移した。
呼吸を整えながら、手を見つめる。
あかぎれやささくれて、怪我だらけの爪の伸びた指。
手元のカップに残った紅茶を飲み干した。
朧気な優しい声たちを思い出しながら、話を続ける。
「……でも。お母さんたちが生きてた時は、違う名前で呼ばれていた気がするの。小さくて良く覚えてないけど…。"エリ"とか、"エリィ"って。きっとわたしをそう呼んでいたんだと思う。だから…白くまさんに"エリィ"って呼んでほしいんです。」
…朧気な記憶すぎて、本当かどうかも怪しい。
もしかしたら都合が良い事だけ想像したのかもしれない。
両親のお墓だって、育った家も、場所だって知らない。
事故の後は、叔母さんに治療院からそのまま連れていかれた。
何もわからないわたしが、辛い現実を見ないための淡い希望。
でも、今までは夢を見るだけだったから。
誰かに、わたしに優しくしてくれるひとから、呼ばれてみたい。
ギュッと目をつぶって答えを待った。
もし嫌だと言われたら。アクレイアのほうが君にあっているんじゃないか?なんて言われてしまったら…。
その時は、少しだけ居させてもらって、またどこかで暮らせる場所を見つけようか「可愛い呼び名だ。アクレイアなんて呼び名はもう必要無い。君は今日からエリィだからな。」
「はぇっ。」
考えに被せるように返事をされて、断られたときのこと以外を考えてなかったわたしは、つい変な声が出てしまった。
「辛い場所から、自分の力で抜け出してここに来たんだろう?
自由を掴んだじゃないか。これから自由になったんなら、自分の好きな名前を選ぶことだって出来るし、好きなところにだって行けるはずだ。」
俯いた視線をおそるおそる戻すと、白くまさんの口元は相変わらず変わらなかった。けど、眼差しに優しさを感じた。
「改めて、エリィ。私の名前はヘルトだ。ヘルト・ヴィーツベルという。これから、よろしく頼む。」




