これからどうする?
―――風呂の扉を閉めると、温かい空気で満ちていた。
脱衣所が先に作られてるようで、手前に棚とタオル、空いたカゴが二つある。
今まで着ていた服を片方のカゴに置くと、着替えとタオルをもう片方のカゴへ入れる。
衝立の奥からは湯気が漂っていた。覗き込むと、浴槽まである立派なお風呂だ。
衝立から奥は床が石畳になっていて、大人が一人余裕で入れる位の浴槽と、石鹸や手桶、木製の椅子が並んでいる。
服を脱いでから、自分の汚れた身体を見て、洗うのは何日ぶりだったかと考えてしまった。
多分、一週間以上入ってない。水を浴びることはあったけど、こんなにしっかりお風呂に入れるのは数年ぶりだ。
恐る恐るお湯に手を浸けてみる。
最初は熱く感じたが、慣れるとじんわり気持ちが良かった。
一気にお湯に浸かるのはためらわれて、手桶である程度体をすすぐ。
だけど。汚れがこびり付いていて、何度流しても滴るしずくは薄茶色だ。
―――仕方ないか。
ザブリ、と思い切ってお湯に入ってみた。
足の裏や手の甲なんかに出来た、細かな傷がお湯にしみる。
それをグッと耐えていると、あったかさが全体に広がってきた。
わたし一人で、広い湯船を使っちゃっていいのかなぁ。なんて考えながら、ちょっとだけ端っこに寄って温まる。
ホカホカしてきて、湯の中に居られなくなると、用意された石鹸を使って身体を洗い始める。
手桶で頭からお湯をかぶると、ガビガビだった髪の毛も少しだけ柔らかくなった。
石鹸も揉み込んで洗うと、茶色の汚れた泡が周りにしたたり落ちる。
すすいでは石鹸で洗って、を繰り返して髪の硬さが取れると、今度は体だ。
お湯で垢が浮いたおかげか、用意された植物のスポンジに石鹸を泡だてて擦ると、あっという間に茶色に変わっていった。
懸命に擦っては流すことを繰り返して、ようやく全身がきれいになった事を実感する。
―――少し強く擦り過ぎてヒリヒリするし。所どころ赤くなったけど。
もう一度お湯に入ろうか⋯揺らぐ水面を見る。
綺麗になった自分の姿が写り、つい、飛び込んでしまった。
―――ザッブーン!―――
思ったより盛大な音にビックリして、慌てて縮こまる。
――ピピピ、ピピピ――
壁に寄って見ると、紫色の魔石がチカチカ光りながら音を出していた。
―――タッチするだけで良いのかな?
ピタリと手のひらを魔石に当てると、やや焦った声が響いた。
「お湯の跳ねる音がここまで聞こえたが、溺れていないか?転んで湯船に落ちたのか?」
「…だ、大丈夫。ちょっと失敗しだけだよ。」
心配させてしまったようだ。恥ずかしくなり、顔が熱くなる。
「大事ないなら構わない。湯冷めするから、しっかり体を拭いて出て来なさい。」
「うん。」
これ以上心配かけるのは嫌だな、とお風呂から上がることにする。
石畳の床に残る汚い泡を残したくなくて、湯船のお湯でしっかり流した。
脱衣所に戻ると、タオルを広げて頭から水気を取る。
ガシガシとよく拭いて、全身の水気を拭き取った。
渡された服は、男ものだと言っていたが、胸元に組紐があり、腰紐もカラフルでなかなかにおしゃれだ。
パンツも短パンに近いもので、紐で難なく調整できた。
まだ髪からポタポタとしずくが落ちていたので、タオルをマントのように羽織ると、風呂場を出てリビングへと向かう。
「あぁ、出たんだな。そこのソファで寛いでいてくれ。今お茶を持っていく。」
フワフワの毛並みが、揺れながら茶器をトレーに載せてやってくる。
クリクリした目がたまらなく可愛くて、抱きしめたくなる。
「はい。少し、ぬるいが。今夜はソファで寝て欲しい。」
そういうと、ソファの上に畳んだ毛布を示した。
―――フワフワの毛並みにクリクリの目。
白い小さな子ぐまは、私よりほんの少しだけ背が低い。
それでも焦げ茶のエプロンを掛けて、器用に色んなことをこなしている。
無骨な喋り方と相まって、何となく恥ずかしがり屋なのかな、と思った。
「…親切な白くまさん、ありがとう。」
「例を言われるような事ではない。子どもは健やかであるべきだ。」
言い方は、何となく古臭いけど…。
「あなたの事、なんて呼べばいい?」
白くまさんは、少し考えるようにして言った。
「何とでも。好きに呼んでくれて構わない。」
「じゃあ、白くまさんて呼ぶね。」
小さくて可愛らしい見た目からか、つい笑顔を向けて話しかけてしまう。
「とりあえず、もう寝なさい。」
くるり。とそっぽを向くと、尻尾を揺らしながら、トテトテトテ…と歩いていってしまう。
しばらく見つめていたけど、台所の壁に遮られて見えなくなってしまった。
わたしはソファの上に畳まれた毛布を広げて、ふかふかのソファへと横になった。
―――明日は…これから、どうしよう。
ここで住まわせて貰うか、無理なら近くの町で、働き手を探すのも手かもしれない。
できたら、安全に生活できる場所だといいなぁ…。
そんなことを考えていたけど、あっという間に瞼が重くなってきて、暖かな毛布の中でいつの間にか寝てしまっていた。




