目の前にいたのは──ヘルト視点④
―――声が聞こえる。
小屋でかなりたてる商人や、険しい顔で指図する叔母夫婦の声じゃない。
優しい、気遣う声。
こんな声をかけられたのはいつぶりだろう⋯。
―――ゆさゆさ
ビクッと身体が跳ねた。
誰かが身体を揺さぶっている。
声が出かかったが、口を塞いで耐えた。
「もしもし、起きなさい。危害は加えない。こんな山奥まで来たんだ。空腹だろう?」
そういえば、ここは小屋でも荷馬車の上でもない。
寝ぼけた頭が一瞬で冷えていった。
私はただの侵入者だった。家のものからしたら異物でしかない。
それでも、声の主は優しい。
私に空腹じゃないかとまで気遣ってくれている。
包まっていた毛布からのっそりと顔を出し、声の相手をうかがい見る。
「――⋯⋯⋯⋯――」
直後、目に入ったのは、ふわふわした毛並みと、クリクリとした黒い瞳が私を見つめていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
⋯―――薄く光る碧色と目が合った。
毛布から頭を出し様子をうかがう幼い子どもは、
興味深げに分体の顔をじっと見つめている。
『起床を確認。敵意は無さそうだ。性別は少女だと見受けられる。
食事の後は入浴を推奨する。』
「起きたか?下に粥を用意してある。降りよう。」
促すと、ベッド下からのそり、とゆっくり這い出て来た。
周りを警戒しつつ、自分が不法侵入したのは分かっているようで、おどおどと所在無さげに佇んでいる。
分体よりやや大きめで110cm前後というところだが、足や腕を見ると骨と皮が目立って見える。
『栄養状態が極めて不良。タンパク質摂取が必須要項。』
(早速、レンズ豆と干し肉を備蓄倉庫から回収する必要があるな。)
少女は、口をもごもごと何かを言いたげだが、言葉に出来ないようだ。
「――⋯⋯疲れていたんだろう?無理に色々と話さなくていい。まずは降りて腹を満たせ。」
話し終わると、ロフトのハシゴを降り、少女を待つ。
ギシ、ギシ、ギシ⋯
下から見守る際に、両方のふくらはぎに酷く大きな傷痕が見えた。
このせいなのか、少し足元がおぼつかないようにも感じる。
トテ、トテ、トテ⋯。
ットン、スッ、トン、スッ、トン⋯
少女は、やや足を引きずりながらついてきた。
椅子を引き、食事の用意ができたリビングの椅子に座らせる。
「熱くは無いはずだが、気をつけて食べてくれ。」
無言のまま、木匙を手に取ると少量口に運ぶ。
甘めの味付けにしたからか、食べると少しだけ顔が和らいだ。
「そのまま食べていてくれ。私がそばに居ると食べ辛いだろう。」
自分はテーブルから離れると、もう一度ロフトに向かう。
あいつが泊まる際に、着替えを置いていた衣装箱をあさる。
ゴソゴソと使えそうなものを吟味し、腰紐やシャツを箱から出していく。
―――次はベッドだ。
足が悪いのにロフトで寝かせるのも忍びない。
使っていないソファで寝てもらうしかないが、上よりは下の方が良いだろう。
使うものを重ねて腰紐でくくると、ハシゴを降りる。
ソファにかかるホコリよけを外すと、雑に畳んで床に置き、取ってきたものをソファに置いた。
振り返ると、食事をしながら目線で追っていたのか、少女と目が合う。
「おかわりもあるが、食べられるか?」
「⋯うん。」
少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうにはにかんで頷く。
トテトテとテーブルに近付き、蓋を外し手鍋から器へ粥をよそう。
「どうぞ。慌て無くていい、しっかり食べなさい。」
「⋯ありがとう。」
「まだ足りなければ、ここから自分でおかわりしてくれていい。」
コクリ。と頷くと、少女は盛られた粥をもそもそと食べ始めた。
それを見て、風呂場へと向かう。
脱衣場にタオルは常備しているが、石鹸など、普段使わないものは棚に片付けてある。
それらを出して、風呂の魔道具にタッチしてお湯を出し始める。
『ぬるめのお湯を推奨。37.8度が適温。』
(確かに、熱いよりぬるめの方が良いだろうな。
傷に染みるだろう。塗り薬も探してこなければ。)
湯はりの設定をして風呂場を出ると、完食したのか、台所の流しまで手鍋と皿を運ぶ少女に出くわす。
「片付けてくれたのか。ありがとう、助かるよ。」
「ご馳走さまでした。勝手に家に入って寝ていたのに、親切にしてくれて、ありがとう⋯。」
素直な、いい子だな。こんな子が何故こんな山奥に⋯。
『侵入者の目的を収集。』
(今はまだいいだろう。先に風呂に入って身体を休ませてからでも遅くはない。)
「気にするな。詳しい事は全部落ち着いてから聞く事にしよう。
風呂に入って、身体を洗って来るといい。一人で大丈夫か?」
「うん。」
「分からないことや、手伝いが必要なら壁にある紫色の魔石を押せ。声が通じるようになっているから。」
「わかった。」
先程取ってきた奴の服と腰紐を手渡す。
「サイズが合うものが無くてな。上着は腰紐で調節して欲しい。
下着は申し訳無いが男物しかない。紐で縛って調整してくれ。」
「うん。」
「今まで着ていたものは洗うから、風呂場のカゴにまとめて置いておいてくれたらいい。」
コクリ。
先頭を歩き、風呂場の扉を開けてやると、服を抱えて少女は中に入っていった。




