第48話 花嫁修業のおもちちゃん
春休みになり、温暖な気候で過ごしやすいなか、おもちはとある大きな一軒家のインターホンを押した。
『はい』
「あの……善哉おもちです。今日はお世話になります」
『……?少々お待ちください』
相手は聞きなれない男の声だった。
今日は博俊から花嫁修業をしてもらう日だったので、博俊。または大翔や杏が出ると思っていたが……
少し経つと、家から執事の服装をした若い男が出てきた。
「おもち様ですね。どうぞ中へ」
「えっと……」
「あっ申し遅れました。今年から秋山さんと共に斎藤家の執事を務めることになりました。鮭坂直人と申します。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします……」
直人が頭を下げたので、おもちも頭を下げる。
「秋山さんは厨房でお待ちです。ご案内しますね」
「ありがとうございます」
家に入ると、長い廊下を歩く。
「出迎えに時間がかかってしまって申し訳ございません。今日がこの家の初勤務かつ研修でして……」
「そうなんですか」
「昴社長の執事として働いていたのですが、秋山さんの休日は斎藤家の執事をしてほしいと依頼されまして……今日はその研修だったんです。
お会いすることは少ないかもしれませんが、よろしくお願いします」
「こちらこそ……よろしくお願いします……」
人見知りが発動してしまい、声が小っちゃくなってしまう。
直人は気にしていないのか、指摘することなくキッチンのドアをノックする。
「秋山さん。おもち様をお連れしました」
「どうぞ」
ドアを開けると、多くの食材が並べられた厨房が現れる。
「お久しぶりです。おもち様」
「お、お久しぶりです!」
「ありがとう直人君」
「いえいえ。では掃除、やっておきますね」
「助かるよ」
「失礼します」
直人は頭を下げて、厨房を出た。
「エプロンはお持ちですか?」
「はい。持ってきました」
鞄からエプロンを取り出し、身に付ける。
「今日は何を作るのですか?」
「今日は初日でもあるので、手軽に作れるポトフにしましょう」
「ポトフ……」
「食材は既にご用意しております」
おもちは並べられた食材を見る。
キャベツ……にんじん……ソーセージ……などなど、他にも多くの食材がある。
「では手洗いして始めましょうか?」
「よろしくお願いします!」
おもちは気合を入れるように、三角巾を締めた。
おもちはにんじんを切りながら、博俊に質問する。
「今日、杏ちゃんと大翔君はいないんですか?」
「杏様は部活、お坊ちゃまは企業インターンで不在です」
「企業インターン?」
「父親である昴様が経営している、斎藤ホールディングスでのインターンです。
次期後継者でもあるお坊ちゃまは、経験を積むために長期休暇はインターンをしているのですよ」
(だから冬休み会えなかったんだ……)
忙しくて日を空けられないとは聞いていたが、詳しくは聞いていなかった。
「大変なんですね。大翔君……」
「そうですね。ただ私には分からないのです。お坊ちゃまが何を目指しているのか……」
「……?社長じゃないんですか?」
「社長……それは本当にお坊ちゃまが目指していることなのでしょうか?」
それを聞いて、おもちは包丁を止める。
「……え?」
「お坊ちゃまは祖父であり、会長である鎌足様……父親であり、現社長の昴様から期待されている存在です。
お坊ちゃまは期待されているから社長になろうとしているのですか?自分の意思で社長になろうとしているのですか?それとも……本当はなるのが嫌なのでしょうか?」
「それは……」
発言に困っているおもちを博俊はじっと見つめてから、表情を緩める。
「高校生のおもち様に聞くことではないですね。申し訳ございません」
「いえ……」
「老人の考えすぎと思って忘れてください。作業を再開しましょう」
「……はい」
おもちは再びにんじんを切り始める。
(そういえばどうして社長になりたいのか聞いたことないかも……)
夜。大翔が家に帰宅する。
「ただいま~」
すると、直人がやって来た。
「お久しぶりです。大翔様」
「えっと……確かクソ親父の……」
「クソ親父って……昴様の執事、鮭坂直人です」
「覚えてますよ。それでどうしてここに?」
「秋山さんの休日はここを担当することになりましたので、その研修に」
「へぇ~別にそんなに困ってないのに……」
「昴様は大翔様と杏様を心配しておられるということですよ」
「……全然嬉しくないな」
大翔が廊下を歩く。
「どうでした?企業インターンは」
「学べること多いし、やりがい感じますよ」
「そうですか」
振り返ると、直人がニコニコ立っている。
「……なるほど。だからこの家に送り込んだのか」
「えっ?」
「どうせ俺がクソ親父に近況を報告しないから、様子を伺うために秋山さんの休日を担当することになった。違いますか?」
「決して……そんなことは……」
そう言いつつ、冷や汗がだらだら垂れている。
「……まぁいいや。疲れたから部屋で寝ます。ご飯できたら起こしに来てください」
「あっ大翔様」
「何ですか?」
「おもち様がいらっしゃっていますよ」
「……!」
そういえば春休みは俺のために花嫁修業するって言ってたような……
「……どこですか?」
「厨房で料理を」
「ありがとうございます」
大翔は厨房に向かって歩き始める。その後ろ姿を直人はじっと見つめる。
「……本当に仲悪いですね。お二方……」
厨房を訪れると、博俊とおもちが立っていた。
「おかえりなさいませ。お坊ちゃま」
「おかえり。大翔君」
「……ただいま」
鍋の中を見ると、美味しそうなスープはできあがっている。
「ポトフです。初めて作りました」
「そろそろ帰ってくるだろうと思って準備しようとしていたのですが……食べますか?」
「食べるに決まってるでしょ。おもちちゃんの料理」
そう言われて、おもちは少し恥ずかしそうに微笑む。
「では用意しますので、食事部屋でお待ちください」
「わかった」
食事部屋で待っていると、博俊とおもちがやって来る。
「お待たせしました」
今日の晩御飯はサバの塩焼き、おもちの手作りポトフ、そしてサラダと白米だ。
「おもち様も召し上がってください」
「えっ……いいんですか?」
「もちろん。お坊ちゃまの隣にお座りください」
おもちが大翔の隣に座って、お互い手を合わせる。
「「いただきます」」
大翔は先にポトフを食す。ソーセージのカリッとした咀嚼音が聞こえる。
ソーセージをある程度噛むと、スープを飲む。
おもちはドキドキしながら、大翔の反応を待つ。
「……美味しい」
「……!よかった……」
それを聞けて、ホッとした。
「おもちちゃんも食べなよ。美味しいよ?」
「うん!」
二人が楽しく食事する様子を見て、博俊が微笑む。
(二人を見てると……昴様と明美様を思い出しますね……)
おもちは大翔が食事する様子を見ながら、口を開いた。
「あのね……大翔君……聞きたいことがあるんだ」
「何?」
「大翔君は……どうして社長になりたいの?」
大翔の白米を食べようとする箸の動きが止まる。
「どうして……?」
なんでだろう……初めて聞かれた。自分は当然社長になると思っていたから。
そのために勉強しているし、企業インターンもしている。
そして……俺たちから母さんを引きはがしたクソ親父が社長に居座っているのが許せないから……だから……社長を目指しているのか?
「……大翔君?」
「ごめん……ちょっとトイレ……」
食事部屋を出た大翔の方を見て、おもちが落ち込んだ表情になる。
(聞いちゃいけないことだったのかな?)
大翔はトイレに向かわず、自分の部屋に入り、ドアを閉める。
そして、ドアに背中をくっつけて座る。
(……なんで社長を目指したんだっけ?)
目標の理由が分からなくなったことに戸惑い、頭が混乱する。
混乱した頭に流れたのは……子供の頃の出来事だった―――




