第36話 母親との再会(前編)
とある日。大翔は列車のボックスシートに座って、車窓を見つめていた。
車窓にはのどかな田畑と民家がずっと続いている。
「お坊ちゃま。おにぎりを握ってきたのですが召し上がりますか?」
博俊が巾着からおにぎりを取り出す。
「……あのさ。なんでついてきたの?俺一人で充分なんだけど」
博俊がついてきたことに対し、少し不満そうな表情になっている。
「それはもちろん。お坊ちゃまが心配で……」
「そういうのはいいから。秋山さんも会いたかったんじゃないの?母さんに」
「……」
博俊はおにぎりを包んでいたラップをめくり、一口食べる。
「……そうかもしれませんね。明美様にはよくしていただきましたから」
「へぇ~……」
最寄り駅に着くと、二人は道を歩き続ける。
「ところで杏様は連れて行かなくてよろしかったのですか?」
「杏はもうすぐ別の大会が始まるらしいし……それに杏が小さい頃に家を出て行ったからあまり記憶ないんじゃないかな?」
メモを見ながら、ある場所にたどり着く。
「ここの近くっぽいけど……農場?」
目の前には『大森ファーム』の看板がある。
「明美様は農家の娘ですからね」
「そうなんだ……知らなかった……」
「あそこが家のようですよ?」
博俊が指をさした先に、少し大きな家が建っている。
(あそこに……母さんが……)
大翔は緊張しながら、家のインターホンを押す。
『はい?』
「すみません……大森明美さんはいますか?」
『はい……失礼ですが、どちら様ですか?』
「息子の……斎藤大翔です」
『……!少々お待ちください』
通話が切れて、十秒も経たないうちにガチャッとドアが開く。
すると、ポニーテールの可愛らしい女性が出てきた。
「どうぞ」
「……お邪魔します」
二人が家に入ると、女性がお茶を机に置く。
「どうぞ」
「「ありがとうございます」」
「明美さんから聞いてました。息子と娘がいるって」
「えっと……失礼ですがお名前を……」
「あっ!すみません!私は眉村美晴と言います。明美さんとは高校の後輩で……いつもお世話になってるんです」
博俊がお茶を一口飲むと、美晴に尋ねる。
「それで……明美様は……」
「多分もうすぐ……」
そう言いかけた時に、ドアの開く音が聞こえた。
「ただいま~あれ?見慣れない靴があるけど……お客さん?」
「あっ先輩……」
「こんにちは~……」
明美が、二人を見るとスーパーで買ったと思われる食材が入った袋を落とした。
「……秋山さん?」
「お久しぶりです。明美様」
博俊が頭を下げる。
「じゃあ……隣にいるのは……」
明美が大翔の顔を見る。
「……久しぶり。母さん」
「……!」
大翔の声を聞いて、明美の目にから涙が流れる。
「大翔……大翔なの?」
ゆっくりと大翔に歩み寄ると、そっと抱きしめた。
「……!」
「ごめんね……会いに行けなくて……本当にごめんね……」
「母さん……」
久しぶりに聞いた母の声。そして包容。それに対し、大翔は涙を流しかけた。
その後、明美はキッチンで作ったチャーハンを三人に振る舞った。
「どう?口に合うかな?」
「……美味しい」
「そっか。てっきりいつも高級料理ばかり食べてて舌が冴えてたらどうしようって思ってたから……」
「僕は高級料理が好きじゃないから秋山さんには普通の家庭料理を頼んでるんだ」
「そうなんだ。料理の腕は秋山さんには適わないからね~」
「いえいえ。明美様の方がお上手ですよ」
「明美様って言わなくていいよ。もう"離婚"したんだから……」
寂しそうに呟く明美を、大翔は無言で見つめる。
「そういえば杏は元気?」
「うん。テニス部で頑張ってるよ」
「そうなんだ!すごいなぁ~」
大翔はチャーハンを食べ終わると、口を開いた。
「母さん……どうして離婚したの?」
「……」
「話せないなら話さなくていい。事情があるのは分かってるし……それに僕が知る必要性もないと思うし……」
無言の明美を見て、美晴が口を開く。
「先輩は……」
「いいよ美晴。私が話す」
明美は少し深呼吸をすると、口を開いた。
「大翔と杏がまだ……小さい頃にね……」
―――「ママ~!抱っこして~!」
「はいはい」
明美が杏を抱っこすると、大翔が明美の手を引っ張る。
「お母さん!ヒーローごっこしよう?」
「うん。あとでね」
「嫌だ!今!」
「にいに!今は杏の番!」
「今遊びたいの!」
ギャーギャー言う二人に困っていた明美に、博俊がやって来る。
「お坊ちゃま。私とヒーローごっこをしませんか?」
「嫌だ!お母さんがいい!」
「その気持ちは分かりますが、明美様は……」
「お母さんがいいの!」
喚く大翔を見て、明美が杏に尋ねる。
「杏。抱っこ、秋山さんに代わってもいい?」
「嫌だ。ママがいい」
「お母さんね。お兄ちゃんとも遊ばないといけないから……」
「嫌だ!」
「じゃあ一緒にヒーローごっこしようか?」
「嫌だ!したくない!」
ギャーギャー喚く二人を見て、明美が再び困ってしまう。
(子育てって大変だなぁ……)
深夜。家に帰宅した昴を、明美が出迎える。
「おかえりなさい」
「あぁ」
「今日もお仕事お疲れ様」
「うん」
「ちょっとお願いがあるんだけど……いい?」
「何」
「今度、家族全員でお出かけしない?」
昴の動きが止まる。
「簡単に言わないでくれ。知ってるだろ?俺は最近社長になったんだよ。取引先とも交流しないといけないし、より良い社内環境を整えていかないといけない」
「分かってるけど……でも……」
「今は家族よりも優先度は会社だから。そんな時間はない」
去っていく昴を、明美は黙って見るしかなかった。
(家族よりも……仕事が大事なんだ……)
翌日。二人が幼稚園に通っている間に、明美は洗濯物を干していた。
(ふぅ……終わった)
干し終わり、ゆっくりしようとすると電話がかかってきた。相手は妹だった。
「もしもし……うん……何?」
妹から聞いた言葉に、思わずスマホを落とした。
「……嘘」
妹から聞いたのは父親の急死だった。
数日後。家に戻り、食事部屋に向かうと昴がいた。
「大丈夫か?」
「うん……」
「明日は俺が大翔と杏を見る。だからゆっくり休んでくれ」
「ありがとう……」
昴が立ち上がり、部屋を出ようとすると明美が声をかけた。
「昴」
「なんだ」
「その……相談したいことがあるの」
「……」
それを聞いて再び部屋に戻り、席に座る。
「相談って?」
「私の実家が農家なのは知ってるしょ?」
「あぁ」
「お父さんが死んで……お母さんも歩くのがやっとの状態で……妹も嫁いでるから農家の後継者がいないの。だから私……お父さんの仕事を継ぎたい」
「……!」
「私……好きだったの。お父さんの働いているところを見るのが。お父さんが野菜を大切に育てているのを見るのが。お父さんの作る野菜を食べるのが……
私の子供の頃の楽しみだった」
明美が強い眼差しで、昴を見つめる。
「だから私……山形に帰省して、継ごうと思う」
「……大翔と杏はどうする」
「二人も山形に連れて行って私が育てる」
二人の間に無言の時間が続く。昴が口にした言葉は……
「ダメだ」
「……え?」
「二人には高度な教育を受けさせたい。山形だとそれができない。だからダメだ」
「……私立ってこと?」
「あぁ。それに山形だと東京ほど恵まれた環境が用意されていない。むしろ不十分だ。大翔は将来的に私の会社を継いでもらうのにそんなことは……」
「ちょっと待ってよ!大翔に継がせるつもりなの?それは大翔が望んでいることなの?」
「両親が医者の家系なら子供は医者、もしくは看護師になる。当然だろ?」
「大翔がなりたいならもちろん応援するけど、それは昴が大翔に押し付けようとしてるじゃない!」
「それが当たり前じゃないか」
「……もういい」
明美は鞄からあるものを取り出す。
「……本気か?」
「えぇ。もう昴とは分かり合えない」
そう言って、離婚届を昴に向けて押し付ける。
「離婚しよう。昴」




