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リヴァイス・リヴァイバル〜果てなき世界の調律録〜  作者: 琥珀
第1章 『The Maiden's Requiem』
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79.事後

 イニャスは完全に消え去ったものの、新たな手掛かりらしいものは何一つ得られなかった。


 ただ荒涼とした戦いの中で、マキナの胸の奥底には冷たくて重い、人間に対する強い懐疑の心だけが植え付けられていた。



「(人が……都合の悪い存在を消し去る……そんなこと……でも私も、同じ経験を……)」



 イニャスが消滅し、彼が魔力で操っていた異常な炎そのものは大気へと消失した。


 しかし、引火した仮設の建材や瓦礫は未だに勢いよく燃え盛っており、黒煙が容赦なく空を焦がし続けている。


 押し寄せる感情の整理が追い付かず、マキナは廃墟の中で力なく立ち尽くしていた。


 だが、肺を焼くような熱波と肌を刺す高熱に流石に耐えきれなくなり、マキナは重い足取りで一旦その場を離れた。


 火の元から数百メートル程離れた、熱気の届かない岩陰で歩みを止め、そのまま崩れ落ちるように座り込む。


 そして今もなお赤い炎を上げる拠点を、ただ呆然と眺め続け、マキナはその場から一歩も動けずにいた。


 どれほどの時間が経過しただろうか。


 ふと、彼女の魔力感知に複数の人工的な魔力が引っ掛かり、それに気が付いた瞬間、マキナは弾かれたように急いで兜を被り直す。


 魔族の追撃を警戒し、一瞬で臨戦態勢へと身を固めたマキナだったが、直ぐにその魔力が帝国軍特有の装備から発せられているものだと理解し、静かに警戒を解く。


 程なくして、荒野の前方から十数人程の規模で編成された帝国軍が、土煙を上げて姿を現した。


 彼らは、馬ではなく魔力で浮遊する見たことのない装甲の乗り物に跨っていた。



「遅くなりました、マキナ様。腕輪からの緊急信号を受信し駆けつけました、レオーニ小隊です」



 浮遊状態の乗り物から素早く降り立ち、先頭に立っていた隊長らしき人物、レオーニがマキナの元へと駆け寄る。


 そのまま詳しい状況を尋ねようと口を開きかけた彼だったが、マキナの背後で無惨に燃え盛る拠点の炎と、鼻をつく焦げた死臭によって、現場で何が起きたのかを全て察した。


 レオーニはそれ以上無粋な言葉を紡ぐことはせず、自身の後ろで待機する小隊の面々へ向けて鋭く指示を飛ばした。



「消火!!」

「「「はっ!!」」」



 その短い命令一つで、小隊は統制の取れた動きで一斉に散開し、背後で燃える拠点の消火活動へと取り掛かる。


 規模が規模だけに直ぐに鎮火するような状態ではなかったが、十数人の兵士が訓練された手順で一斉に魔法や機材を展開しているため、炎が収まるのも時間の問題だろう。


 手際の良い消火活動を横目で確認しつつ、レオーニは再びマキナへと向き直り、声のトーンを落として改めて声を掛けた。



「マキナ様、お怪我は?」



 マキナは言葉を発さず、ただ静かに首を横に振る。



「……これだけの炎の規模からして、単なる事故ではなく魔族の仕業であることは明白です。魔族は、既に討伐を?」



 再度の慎重な質問に対しても、マキナはやはり言葉を発さず、ただ重く一度だけ頷くにとどめた。


 マキナの纏う空気がひどく沈んでおり、ただならぬショックを受けているのは明白だった。


 それでも彼は軍人として命令に背くわけにはいかず、そっと懐から頑丈な筒を取り出して差し出した。



「マキナ様、こちらを」

「……これは?」

「ガディール様から託された書巻です」



 暫くの沈黙が流れた後、マキナはゆっくりと手を伸ばしてその書巻を受け取り、厳重な封を解いた。


 そこに記されていたのは、未だマキナの探し人であるプロディジーの有力な情報は得られていないという事実。


 そして、ここからそう遠くない場所で、更なる魔族の痕跡を発見したという報告であった。


 さらには、その追加の調査をマキナに依頼したいとの旨が、丁寧な筆致で記載されていた。



「(魔族の調査……情報が本当なら、被害が出る前にすぐにでも『英雄(わたし)』が向かわなくちゃ……)」



 そこまで読んだ時、マキナの書巻を握る手にギリッと強い力が入った。



「(でも、もし……これがガディールさんの、帝国そのものの『証拠隠滅』の片棒を担がせるための手引きだったら? 私をただの便利な戦力として、都合よく利用しているだけだったら……?)」



 今度は、書巻を掴んでいた手が小刻みに震え出し、マキナは俯いたまま深い沈黙に落ちてしまう。



「マキナ様……?」



 反応のないマキナを不安そうに覗き込むレオーニの声で、ハッと我に帰った彼女は、乱れかけた呼吸を一度深く落ち着かせた後、兜越しにしっかりと答えた。



「書巻、確かに承りました。ここに記載されている通り、私はすぐ次の場所へと向かいます……ここの事後処理は、お任せしても?」

「ハッ!!我々にお任せください!!」



 レオーニは姿勢を正し、力強い返事とともに帝国式の敬礼をした。


 そしてマキナが踵を返し、次の目的地へと移動を始めようとしたその瞬間、レオーニのすぐ背後から声が掛かった。



「レオーニ軍曹」



 レオーニが直ぐに振り返ると、そこに立っていたのは、同じく帝国軍固有の装備を身につけている軍人の一人であった。


  全身を分厚い装備で覆い、顔もフルフェイスのマスクで隠しているため声が低く籠っており、マキナの目には全く見分けがつかない。


 しかし、彼らのマスクに備わったシステムが互いの個体情報を共有しているのか、レオーニは迷うことなくその名を口にした。



「ヘーニオ伍長か。どうした」



 ヘーニオと呼ばれたその人物は、一歩前に出てレオーニの横に並び立った。



「軍曹。私を、マキナ様に同行させて下さい」

「……何?」



 突然の軍規を逸脱した申し出に、レオーニは勿論のこと、歩き出そうとしていたマキナも驚いて足を止めた。



「マキナ様は先程まで激しい戦闘を続けており、明らかに疲弊しております。このまま単独で向かわせれば、ガディール最高執政官の命を果たすのに支障をきたす可能性があります」



 この短時間でマキナの精神的な疲弊まで見抜くとは、よほど観察眼に秀でているのだろう。


 マキナは口を挟まず、一旦は両者のやり取りがどう着地するのかを待つことにした。



「私はこの周辺の土地勘が有ります。予期せぬ戦闘も含め、マキナ様の負担を減らすことが出来るはずです。命令を確実に遂行するために、同行の許可を」



 レオーニは直ぐには答えず、鋭い視線でヘーニオを見つめる。


 小隊長とはいえど、独断で帝国の重要任務に向かう者の護衛や同行者を勝手に決めることは難しいはずだ。


 マキナ自身も、軍の規律に照らし合わせれば悩むまでもなく即座に却下されるだろうと考えていた。



「……分かった、許可しよう」



 しかし、少しの沈黙の後にレオーニが下したのは、マキナの想定外の決断だった。


 マキナが兜の奥で驚きを見せていると、レオーニに向けて短く頭を下げたヘーニオが、静かな足取りでマキナの側へと近寄ってきた。



「マキナ様、ご同行の許可をいただけますでしょうか」



 レオーニの次は、当事者であるマキナに直接許可を求めてくる。


 ヘーニオの言い分は確かに理にかなっている。


 いくらマキナが戦いに明け暮れる日々を送ってきたとはいえ、この広大な帝国の土地勘や地形の性質については、遥かに現地軍人であるヘーニオの方が詳しい。


 マキナが精神的に疲弊していることを外から見抜くくらいには、ヘーニオは観察眼や部隊運用といった方面にも秀でているのだろう。


 しかし今のマキナの心は、純粋な好意すらも素直に受け取れない状態にあった。


 唐突に同行を申し出てきたこのヘーニオという軍人もまた、裏で何かを企てているのでは無いのかと、黒い勘繰りをしてしまうのだ。



『精々今を苦しむといい『英雄』。貴様の信じる『正義』が、本当に自分を救い進む道標となるのかを葛藤しながらな』



  イニャスの残した死に際の呪いが、マキナの心に冷たいフラッシュバックとして蘇る。


 湧き上がる猜疑心に急き立てられるように、マキナはヘーニオの申し出を冷たく断ろうと口を開きかけた。



『人間ってのは困難や壁にぶつかっても、そのたびに知恵と経験で乗り越えてきた。だから発展してきた』



 次の瞬間、その心の奥底に広がりかけた冷たい闇を振り払うかのように、彼女の温かい言葉が一条の光となって重なった。



『だったらよ、変えてもらう進化じゃなくて、【自ら進んで変えようとする発展】を目指せよ。それが、本当の意味での成長なんじゃねぇの?』



 それは以前、人類の未来に絶望していたマキナに対して、イグニヴァが真っ直ぐに発した発言。


 誰かの言葉に踊らされて変わるのではなく、自ら進んで変わることを選べ、と。


 その記憶が、再びマキナの凍りついた心を温かく照らした。



「(怖い……怖いよ。自分から信じて手を伸ばして、その行き着く先がまた裏切りだったら。私はもう、二度と人を信じられなくなりそうで)」



 恐怖で萎縮する心。


 しかし、新たな旅と出会いのなかで芽生えた仲間への想いが、その強張った心をゆっくりとほぐしていく。



「(でも、ここで人を信じることを諦めて、一人で生きていくことを選んでしまったら。私はいまこの瞬間、心の底から人を信じることを永遠に止めてしまう)」



 胸の前でギュッと拳を握り締め、マキナは兜の奥から真っ直ぐにヘーニオのマスクを見つめた。



「(だったら……信じることを諦めて一人で絶望に浸るくらいなら、信じよう。傷つくことを恐れずに、信じてみよう。誰も疑うことなんて知らなかった、それが当たり前だった頃の自分に、少しでも戻れるように)」



 握り締めていた拳からスッと力を抜き、マキナは警戒を解いて、ゆっくりとヘーニオへ向けて右手を差し出した。



「……宜しく、お願いします」



 ヘーニオは差し出されたその手をゆっくりと掴み、そして、分厚い手袋越しに力強く握り返した。


 かくして二人は、ガディールからの新たな依頼をこなすべく、次の目的地へと並んで移動を始める。



「大丈夫だよ、マキナ。君を絶望なんてさせないさ」



 並んで歩き出した直後、被ったフルフェイスのマスク越しにポツリと呟かれたヘーニオの小さな囁きは、風の音に紛れ、マキナの耳に届くことは無かった。

※後書きです



ども、琥珀です。


本文が短く収められませぇん!!(涙


本日もお読みいただきありがとうございました。

次回の更新は・の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。

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