表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リヴァイス・リヴァイバル〜果てなき世界の調律録〜  作者: 琥珀
第1章 『The Maiden's Requiem』
79/80

78.業火の裁定者『イニャス』③

 マキナの攻撃によって致命傷を負ったイニャスは、魔力の操作を失い、両者を囲っていた炎の檻が徐々に崩壊していく。


 その亀裂から新鮮な酸素が吹き込んだ瞬間、空間内に充満していたガスが一斉に引火し、亀裂の輪郭に沿って炎が蛇のように這い回り、頭上を火の波がオーロラのように駆け抜けていった。



「〜ッ!!ハァッ!!ハァッ!!……ハァ〜」



 マキナは徐々に入り込んできた空気を必死に吸い込み、限界を迎えていた身体の隅々に行き渡らせ、酸欠による全身の痺れに耐えながら、万が一の反撃に備えてイニャスに鋭い視線を向ける。


 しかしマキナの視線の先には、力なく瓦礫の上に仰向けに倒れるイニャスの姿があるだけであった。


 数秒して肉体の自動修復が進んだマキナは、ゆっくりと立ち上がって、警戒を解かぬままイニャスの側へと歩み寄る。


 近付くマキナに対し、イニャスは身動き一つせず、ただ虚ろな視線だけをマキナに向けていた。



「全く……私の最高の魔法を使ってこのざまか。まさしく『悪魔』……いや『英雄』と呼ぶべきか」



 まだ多少の余力はあるのか、イニャスは小さく自嘲の笑みを浮かべて語りかける。


 しかし、その身体の端々は既に黒い塵となって崩れ始めており、魔族としての死が避けられないことを物語っていた。



「……どうして、ですか」



 切れる息をなんとか整えながら、マキナはイニャスを見下ろして問いかけた。



「何がだ」

「結界のことです。貴方は最後、結界をわざとゆっくり解いていった。でも一気に解放していれば、内部に空気が一気に流れ込んで大爆発を起こせた筈です。そうすれば……」

「あわよくば相打ちまで持っていけたかもしれんな」



 マキナが言い切る前に、イニャスは酷薄な笑みを浮かべて先回りする。


 その一切の迷いがない声色は、彼自身も初めからその可能性を計算し尽くしていた事実を雄弁に物語っていた。



「それが分かっていたなら、どうして……」

「いままでの私なら間違いなくそうしていたさ。私とて魔族だからな」



 悪びれる様子もなく、己の残忍さを誇るように肩を竦める。



「だが、口にしてしまったからな」



 その上で、彼は静かにその理由を語り始めた。



「なにを……?」

「『力ずくで俺に勝ってみせろ。そうすれば、死の間際に少しは口を滑らせてやるかもしれん』……そう言っただろう」



 思いがけない言葉に、マキナは目を見開く。


 確かに戦闘の開始時、イニャスはその言葉を口にしたが、それは相手を挑発するための口先三寸の嘘だとばかり捉えていたからだ。


 否、実際にその時点では嘘だったのだろう。


 しかし、マキナに正面から敗れたことで、イニャスの中で何らかの心境の変化が生じたのかもしれない。



「フッ……怪しむか、当然だな。我々魔族は言葉ひとつとっても欺くことが当たり前だからな」



 警戒して何も言わないマキナに、イニャスは皮肉げに笑いながらも見つめ続けていた。



「だが良いのか?私はもう助からない。そうして黙っている間にも、身体の崩壊は進んでいるぞ」



 イニャスの言う通り、その身体は徐々に塵へと変わっており、残された時間は長くないのは明らかであった。


 様々な葛藤の末、マキナは彼から視線を逸らさぬまま、ゆっくりと()()()()()


 無骨な兜の中に押し込められていた茶色い髪が解け、ハラリと肩まで落ちる。


 敵地で素顔を晒すという無防備な行動と、想像とはかけ離れたその中身に、イニャスは一瞬だけ言葉を失い、小さく息を呑んだ。



「……まさか、『英雄(あくま)』の中身が女だとはな。悔恨極まれり、だ」



 その言葉とは裏腹に、イニャスの表情からは敵意が抜け落ち、小さく笑みを浮かべていた。



「何故兜を外した」

「貴方への敬意です」



 イニャスの問いに、マキナは短く真っ直ぐに返す。



「追撃出来たのに、自分の言葉を実行するために行わなかった。そして今もその言葉を果たそうとしている。だから……これはその敬意です」



 紡がれた純粋な理由に、イニャスは満更でもない様子で笑みを浮かべ、感覚のない肩を微かに揺らした。



「それで?何を聞きたい。といっても、残された時間を見るに一つだけしか答えられんがな」



 イニャスの身体は既に半分ほど消滅しており、最早痛覚はとうに失われているだろう。


 それでもイニャスはまっすぐマキナを見つめ、尋ねた。


 マキナは僅かに考えた末に、核心を突く問いを投げかける。



「貴方が言っていた隠滅とは、どういう意味ですか?それとこの拠点を襲ったのに、どんな繋がりが」



 マキナの言葉に、イニャスは虚を突かれたように僅かに瞬きをした後、再び小さく笑みを浮かべた。



「フハッ!!一度きりの機会に、私が漏らした言葉の真意を聞くのか!!」



 イニャスは込み上げる愉快さを必死に堪えながら言葉を続ける。



「あぁ、みなまで言うな。それも貴様なりの敬意なのだろう。私が口にしたからこそ、その言葉の真意のみを尋ねるのだと。クックック……これだから人間というのは……いや、貴様だからか」



 イニャスは徐々に笑いを落ち着かせると、ゆっくりとマキナの問いに答え始める。



「隠滅というのは言葉の通りだ。ここでの我々魔族に関する情報の隠滅を執り行ったのさ」

「ですから、一体何の情報の隠滅を……」

「では逆に聞くが、貴様は一体何をしにここまで来た?たまたまではあるまい」



 イニャスの問い返しに、マキナは一瞬思考を張り巡らせ、そして一つの結論に至る。



「……採掘された鉱物資源への、介入」



 マキナの口から溢された言葉に、イニャスは満足げに小さく頷いた。



「……()の帝国がこの拠点を調査したことは我々の耳にも入っていた。我々魔族の痕跡を探られ、辿られては厄介。だから隠滅(ころ)した。それだけのことだ」



 無意識にマキナの握られた拳に力が入り、ギシギシッと鈍い音を立てる。



「憤りか。まぁ、人間の感性からすれば妥当な判断なのだろう。だがな『英雄』、自分たちが無自覚に振るう『正義』がどこに繋がっているか、考えたことはないのか?」

「え……?」



 イニャスの突然の問いかけに、マキナの怒りは一瞬行き場を失い困惑する。



「私も人間との戦争に加わって随分と長いが、人間も本質は変わらないように思う。特に、貴様のその『正義』を担ぎ上げている連中ほど、裏では手際よくゴミを片付けているものだぞ」

「それは……どういう」



 尚も困惑するマキナに、イニャスはどこか同情染みた表情を浮かべた。



「フッ……『英雄』と言えど知らないことも多いか。いや、都合の悪い真実から意図的に遠ざけられているだけなのかもな」

「なにが言いたいの!!」



 その同情がマキナの神経を逆撫でし、『英雄』ではなく素のマキナとしての声が滲み出る。


 だが死を目前にしたイニャスには、そのような激昂など効果はない。



「貴様ら人間社会も、光が強ければそれだけ濃い影を作る。その影の中で何が行われているか……貴様の『正義』を都合よく利用する者たちに聞いてみるといい。清廉潔白を偽る帝国が、本当に調査のためだけにこの拠点を訪れさせたのかをな」

「なにを……そんな……!!」



 強く言い返そうとしたマキナの口が、重く押し黙る。


 平和を望まぬ者たちからの毒の混入。

 就寝中の暗殺。

 戦場での裏切り。


 かつて、人間の悪意によって幾度も命を狙われ、心を擦り減らしてきた凄惨な記憶が脳裏にフラッシュバックしたからだ。


 『エルゼルク王国』の仲間たちと出会い、ようやく取り戻しかけていた他者への信頼が、イニャスの言葉によって無残に揺さぶられる。


 依頼を受けてこの地へ赴いた自分は、帝国が裏で行った『汚れ仕事』の尻拭いに利用されただけではないのか。


 そんな黒い疑念が頭をもたげた時、人間の醜悪な影を誰よりも身を以て知っているマキナには、目の前の魔族の言葉をただの嘘だと切り捨てることはできなかった。



「ククッ……その様子だと貴様自身にも経験があるか。その『汚れ』を知りながら他者のために動くのだから、『英雄』というのは業が深いな」



 イニャスはそう言って笑みを浮かべていると、身体の崩壊は更に進み、肉体はほとんど残されていなかった。



「待って!!貴方達はどうして人を利用したの!?」



 消え去る前に、マキナは焦燥感に駆られてさらに質問を投げかけるが、イニャスの肉体はもう首から上しか残されていない。



「人を利用……そうだな、確かに。だが少し違う。我々が必要としているのは人そのものでは無い。魔力だ」



 顔の崩壊も始まり、精悍だった輪郭はほとんど残っていない。



「なぜ魔力を!?一体何を企んでいるの!?」

「それを答えるには少しリップサービスが過ぎるな。そこから先は自分で見極めると良い。同胞から更なる情報を得られれば、の話だがな」



 そこまで答えて、イニャスは「だが……」と付け加える。



「精々今を苦しむといい『英雄』。貴様の信じる『正義』が、本当に自分を救い進む道標となるのかを葛藤しながらな」



 最後にそう告げ、イニャスの身体は完全に黒い塵となって大気へ溶け、消滅した。


 残されたマキナの胸に、得体の知れない不安と、人への懐疑心を残して……

※後書きです



ども、琥珀です。


イニャスとの戦いは、もっと長引かせるか迷ったんですが、短い方が記憶に残るかもと思い、一気にコトを進ませました。


彼のために申し上げますが、彼は魔族の中でも最高峰の実力者でございます、悪しからず


本日もお読みいただきありがとうございました。

次回の更新は金曜日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ