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リヴァイス・リヴァイバル〜果てなき世界の調律録〜  作者: 琥珀
第1章 『The Maiden's Requiem』
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77.業火の裁定者『イニャス』②

 全身の全魔力を解放し、『全身強化フルブースト』をかけたマキナの拳が、空気を焼き裂く音とともにイニャス目掛けて突き出された。


 その速度と質量は人間はもちろん、高位の魔族であろうともこの至近距離で防ぎ切ることは不可能なほどの力を伴っていた。


 しかし───



「えっ……!?」



 マキナの予想と確信に反して、彼女の拳は虚しく空を切った。


 否、正確には違う。マキナの視界の先では、自身の拳が間違いなくイニャスの顔面を貫いているのを真正面から捉えていたのだ。


 しかしその拳は、まるで幽霊の身体を通り抜けるかのように、イニャスを素通りしていった。



「貴様が真っ向から突っ込んでくることは分かっていたよ、『英雄』」



 すると、どこからともなくその冷笑が聞こえてきたかと思えば、マキナの死角である全く違う方角から、超高温の炎弾が直撃した。


 マキナはその重い衝撃とともに、瓦礫の散乱する地面へと無惨に叩きつけられた。



「ッ……!!」



 防具に大きな損傷は見られないが、イニャスの炎の凄まじい熱が鎧すら貫通してマキナの皮膚を焼いていた。



「どうやら貴様は肉体強化の練度に比べ、魔法そのものへの造詣は深くないらしいな」



 交戦してからまだ数分と経っていないが、イニャスは早くもマキナの戦闘スタイルを捉えつつあり、実力だけでなく相手の弱点を瞬時に暴き出す分析力の高さが窺える。


 マキナは即座に体勢を立て直し、声がした方へと振り返るも、そこに立っているイニャスの姿はどこか輪郭が朧げで、実体がそこにないように揺らめいて見えた。



「炎、熱……そっか、炎から発せられた熱を利用して蜃気楼を……」



 対するマキナも、一瞬で情報を集約させ、知識ではなく、幾多の戦場を駆け抜けてきた経験則から、自身の拳が空を切った理由を本能的に理解する。



「ほう、このような状況でも頭は回るようだな……いや、直感が鋭いのか?」



 蜃気楼として映し出されたイニャスは、不規則な揺らぎを見せながら、不敵な笑みを浮かべてマキナを見下ろしていた。



「(魔力探知で隠れている本体の居場所を……いや、ダメだ。充満している炎と、イニャスの魔力が近すぎて全く区別が感知できない。何か、もっと別の手を考えないと……)」



 マキナは再び立ち上がり、拳を固く握り直そうとする。


 しかし、その強靭な意志に反して、彼女の身体から急激に力が抜け、そのままその場でガクンと膝を突いてしまった。



「(なに……!?火傷はもう自動修復で治って……いや、そもそも立ち上がれなくなるような深い傷は負っていないはずなのに!!)」



 その時、マキナは自身の呼吸が大きく浅く乱れていることに気がついた。



「(そっか!!この炎の檻は、外気から完全に密閉された状態で、内側へ向けて常に燃え続けてる……だから、内部の酸素も物凄い勢いで消費され続けているんだ……!!)」



 マキナの推測は正しかった。


 イニャスが構築した結界の範囲は、王都の闘技場ほどの広さはある。


 だがその広さを隙間なく囲い、大気を燃料として常に燃やし続けているとなれば、酸素は凄まじい勢いで消費されていく。


  既に三分の一近く酸素は薄まっており、こうなってはいくらマキナの強靭な肺活量をもってしても、生命活動を維持できるのはせいぜい残り三分だろう。


 だが、それはあくまで『何もしなかった場合』の話であり、戦闘目的で動けば酸素の消費は跳ね上がり、全力を出せるのは実質的に次の一撃が最後となる。


 それ以上動けば、肉体の自動修復など意味を成さずにマキナは窒息して力尽きる。


 その絶対的な命のリミットを、マキナ自身もハッキリと感じ取っていた。



「規格外の肉体強度も、負傷を恐れないその異常な精神性にも、大いに驚愕させられたよ。だからこそ、確実に貴様を仕留められるよう、私の持つ最強の魔法(とっておき)を使わせてもらった」



 満足に呼吸ができず、白く霞み始めた視界の先で、蜃気楼体のイニャスは勝利を確信したような笑みを浮かべていた。



「私とて、真っ向勝負ではなくこのような真綿で首を絞めるような形での勝利は好ましく思っていない。だが貴様はこの魔法を使うに値する脅威だと判断した。寧ろその事実を誇りに思い、光栄に感じながら死ぬが良い」



 その赤い瞳は既に自らの勝利を確信しきっており、膝を突くマキナに対して、強者の憐れみさえ向けているようであり、その見下すような同情が、マキナの『英雄』としてのプライドに火を付けた。


 酸素不足でふらつく身体を必死に起こし、生まれたての仔馬のように震える両足でどうにか立ち上がると、マキナは再び、不屈の闘志を宿して両の拳を構えた。



「ほう!!これほどの絶望的な状況にありながら、まだ立ち上がるか!!まだ、それ程の殺気と気迫をみせるか!!良いぞ、足掻いてみせろ、『英雄』!!」



 マキナが再び立ち上がったことに驚きつつも、イニャスはどこか血湧き肉躍るような歓喜の声を上げる。


 一方でマキナは、今にもプツリと途切れそうになる意識の糸を必死に繋ぎ止めながら、文字通り、命を削る最後の力を振り絞ろうとしていた。



「(この酸素の薄さ……小細工をして足掻いたって、どうせ次が最後の攻撃になる。だったら……ここで、私の持てる全部を使い果たす!!)」



 今なお炎に消費され薄れゆく酸素を、マキナは周囲の大気ごと全てを吸い尽くすような勢いで肺を限界まで膨らませていく。


 ほんの僅かに回復した視界と脳の働きを極限まで駆使して、マキナは揺らめくイニャスを鋭く、射抜くように睨みつける。


 ビリビリ……と、マキナから放たれた極限の殺気はまるで大気そのものが悲鳴を上げて震えたかのようにイニャスを錯覚させ、無意識に自身の身体を震わせた。


 ほんの僅かな、死の直前のような静寂。


 瓦礫の一部が熱で限界まで溶け、ドロリと落下した音が空間に鳴り響いた瞬間、マキナの身体が一気に弾け加速した。


 空気を完全に置き去りにするほどの神速の突進に対して、イニャスは微塵も回避の動きを見せなかった。


 何故なら、いまマキナが突進しているのは、あくまで蜃気楼として映し出された虚像の自分であるからだ。


 酸素が脳に届かなくなったことで、正常な判断を下す事すら出来なくなってしまったのか、マキナはその蜃気楼に向かって、真っ直ぐに向かっていた。


 ならば、イニャスは焦らず待つだけで良い。


 あの虚像に向かって渾身の一撃を空振りし、完全に魔力と酸素を使い果たして力尽きたところに、安全圏からトドメの炎を刺すだけで良いのだから。


 その目論見通り、マキナは渾身の力を込めた右の拳を放った。


 但し、蜃気楼体のイニャスに届くよりも、()()()()()()()()()


 次の瞬間、イニャスの蜃気楼体を中心に、何もない周辺の空間そのものが、グニャリと歪み出した。



「なにッ!?」



 イニャスが驚愕の声を上げたのも束の間。


 今度は、周辺一帯を覆っていた蜃気楼の揺らぎが、まるで物理的なガラスのようにパリンと砕け散り、隠されていたイニャス本体の姿が完全に露わとなった。



「バカな!?一体、何が起きた!?」



 この時マキナは、『虚像の近くに本体がいるはずだ』という直感に従い、ただがむしゃらに全霊の拳を叩き込んだだけである。


 しかしその結果、空気を切り裂く程の神速の拳が、前面の大気の逃げ場を奪い、極限まで押し潰していた。


 それにより、強制的に『断熱圧縮』という現象が起こり、不可視の巨大な衝撃波となって炎の檻を突き進み、気圧に激的な変化が起こる。


 イニャスが緻密な魔力で構築していた『熱の層』を強引に攪拌させ、極端な温度差による光の屈折という繊細な魔法バランスが乱されたことで、蜃気楼が維持できなくなり、ガラスのように砕け散ったのである。



「ッ!? なんっ……!?」



 マキナの放った拳の余波は、ただ蜃気楼を砕くだけに留まらず、その直後、見えない巨大な大槌のような風圧が、無防備なイニャス本体の胸部を激しく打ち据えた。


 直接殴られたわけではない。しかし、空気を伝わる凄まじい衝撃波だけで、イニャスの身体はくの字に折り曲げられ、致命的なダメージを負わされた。



「(まさか!?私の絶対の結界魔法が、あんな、ただのデタラメな力技で……!?)」



 自身の絶対領域であり、最強の攻防であったはずの魔法が、一切の計算すらないただの『純粋な暴力』によって力任せにへし折られた。


 魔族としての矜持も、積み上げた魔法の論理も通じないデタラメな威力を前に、イニャスの知性は理解を拒絶し、白く染まったコンマ数秒の硬直が、彼の命運を決定づける。


 何が起きたのかは、拳を振るったマキナ自身も全く理解していないが、目の前に現れた『本体』の姿を捉えた最大の好機を、『英雄』が見逃すはずもなく。


 自らの拳が巻き起こした吹き荒れる突風と土煙を真正面から突き破り、鬼神のごとき形相となったマキナが、既にイニャスの眼前にまで肉薄していた。


 極限の力みと重度の酸欠によって毛細血管が弾け、兜の中でマキナの白目が血の赤色に染まる。


 もはや、イニャスに魔法を紡ぐ暇など一秒たりともなく、マキナは驚愕に顔を引き攣らせるイニャスに向けて、右拳を高く振り上げた。



「そうか。これが人間どもの『英雄』……そして、我々にとっての『悪魔』か……完全に、理解したよ」



 イニャスが死を悟り、小さく呟いたその直後。


 マキナは、一切の慈悲を排し、その拳を彼の顔面へ向けて全力で振り下ろした。

※後書きです



ども、琥珀です。


めっちゃ長くなっちゃった!!

戦闘シーン白熱し過ぎて……気をつけますね


本日もお読みいただきありがとうございました。

次回の更新は水曜日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。

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