75.調査②(挿絵有)
翌日の早朝、マキナは『スカラビア帝国』を出発していた。
最高執政官ガディールが調査し、浮き彫りにした採掘拠点における不審な記録と、その背後に潜む魔族の痕跡を直接その眼で確かめるためである。
ガディールはマキナに対し、公式な軍の動向とは別に、この件の調査を正式に依頼した。
その対価として、マキナが最も切望している情報、ディジーの消息について帝国の情報網をフル活用して調査することを条件として提示したのである。
元々、自力でのディジー捜索は雲を掴むような話であり、地道な聞き込み以外に有力な手立ては存在しない。
その絶望的な状況下で、一国の情報中枢を担うガディールの全面協力を得られることはマキナにとっても予想だにしない幸運であった。
ゆえに、彼女はこの危険な依頼を二つ返事で了承したのである。
「(魔族の不可解な動きの調査、そして何よりディジーの手がかり……私にとっては、願ってもないほど都合の良い条件だしね)」
帝国側からは専用の移動手段や護衛の随行も提案されたが、マキナは道中の周辺状況を詳しく把握しておきたいという戦術的な理由から、それらを丁重に固辞していた。
とはいえ常人を遥かに凌駕したマキナの身体能力をもってすれば、徒歩での移動など障害にはならない。
広大な帝国の荒野を駆け抜ける彼女の移動速度は平坦な道を走る馬車のそれよりも遥かに速く、それでいて周囲への警戒を怠ることはなかった。
「(……おかしい。周辺に魔族の魔力は感じられない。一見すると、どこまでも平和な光景に見えるけれど……)」
道中、峻険な岩肌が剥き出しになった山なりの高台に立ち、マキナは鋭い眼光で周囲を俯瞰した。
「(魔物が少ないのは帝国の部隊が定期的に掃討を行っているからだって説明がつく。でもこれほど広大な範囲に魔族の気配が一切ないのは、逆に不自然で怪しい気がする)」
本来、魔族は人口の多い国や防衛の薄い拠点を狙う傾向がある。
広大な領土を持つ『スカラビア帝国』であれば、どこかしらで魔族の蠢く気配が感じられてもおかしくはないはずなのだが、マキナの探査範囲には、不気味なほどの静寂が広がっていた。
「(怪しい……けれどここに立ち止まっていても情報は手に入らない。やっぱり、ガディールさんに指示されたあの場所まで行かないと、真実は分からないかな)」
周囲の散策を切り上げると、マキナは目的地へと向けて脚部に魔力を込め、一気に加速した。
⚫︎⚫︎⚫︎
「……うそ」
目的地である拠点へと辿り着いたマキナが目にしたのは、無惨な焦熱の光景であった。
ガディールが指摘していた拠点は、いまや猛烈な勢いの炎に包まれていた。
「なんで、こんな……ッいや、驚くのは後! 先にガディールさんへ連絡を入れないと!!」
マキナは即座に、ガディールから手渡されていた腕輪型の魔道具に魔力を流し込んだ。
これは緊急事態が発生した際、その座標と信号を瞬時に帝国本国へ届けるための特殊な通信機である。
魔水晶を用いた高精度の通信ほど複雑な情報は送れないが、その分妨害に強く長距離かつ迅速に異常を知らせることに特化した仕組みだという。
マキナが魔力を込めると、腕輪の表面に走る魔力回路が赤く染まり、一度強く発光したかと思うと、吸い込まれるように光が消えていった。
「これで、ちゃんと送れたんだよね……?」
魔道具の内部構造までは把握していないマキナは、物理的な手応えの無い送信結果に焦燥感を覚えながらも、すぐに思考を切り替えて燃え盛る拠点へと目を向ける。
「まだ生存者がいるかもしれない……行かないと!!」
そう覚悟を決めると、マキナは立ち昇る黒煙と未だ衰えぬ紅蓮の炎の中へと、迷うことなく駆け込んでいった。
炎の壁を強引に突破した先でマキナを待ち受けていたのは、さらなる絶望を煮詰めたような惨状だった。
拠点として機能していたはずの数々の仮設居住区や防衛設備は、内側から爆発したかのように無残に倒壊し、至る所から噴き出す炎が空を赤黒く染めている。
そして建物の瓦礫の傍らには、かろうじて人の原型を留めているだけの、黒く焼け焦げた死体が幾つも転がっていた。
幾多の凄惨な戦場を駆け抜けてきたマキナであっても、この光景に見慣れることなど決してない。
こみ上げてくる吐き気と憤りを必死に堪え、彼女はさらに生存者を求めて周囲を索敵する。
しかし息を吸うたびに喉が焼かれるような熱気が肺を侵し、視界を遮る煤が眼を刺す。
この地獄のような状況下で、非戦闘員である採掘員たちの生存率が絶望的であることは、誰の目にも明らかだった。
それでもなお、マキナは一縷の望みを捨てきれず、燃える瓦礫の迷路を先へと進んだ。
「誰か……!!誰か返事をして下さい!!誰かいませんか!!」
必死の叫びも、周囲で弾ける炎の音に掻き消されていく。
彼女の問いに応える声は、ただの一つも返ってこなかった。
火の手はさらに勢いを増し、このままではマキナ自身も炎に巻かれる危険があると判断し引き返そうとしたその時であった。
「なんだ。まだ、生き残りがいたのか」
その声は、生存者のそれとは明らかに異なっており、マキナは即座に甘い期待を排除して一瞬で戦闘態勢へと引き絞る。
彼女の視線の先、倒壊した建物の頂点に、悠然と佇む人影があった。
「(……ッ!!この圧迫感!!この魔族、今までの魔族とはレベルが違う!!)」
鎧越しに感じる圧倒的な魔力と圧に、マキナの全身がビリビリと震える。
肩まで伸びた漆黒の髪に、影をそのまま形にしたような黒の装束。
頭部の側面からは、悍ましい二本の巨大な角が天を突くように伸びている。
そして何よりその瞳が異質で、本来ならば白い漿膜の部分までもが漆黒に染まり、中央の瞳孔だけが、不吉な血の赤色に輝いていた。
「貴様……ここに居た人間じゃないな。その佇まい、ただ者ではない気配を感じる」
魔族の男もマキナから放たれる圧倒的なプレッシャーを警戒しつつ、静かな動作で足場を蹴り、火の粉が舞う地面へと音もなく着地した。
「『業火の裁定者』、イニャスだ」
その名を聞いた瞬間、マキナは身体を僅かに固まらせた。
『業火の裁定者』という二つ名は、かつて人類を震撼させ、歴史の表舞台から姿を消していた最高峰の魔族その人を指すものだからだ。
「……マキナ。『英雄』マキナです」
動揺を抱えつつ、正式な名乗りを挙げられたために、マキナもまた『英雄』としての矜持から礼節を持って己の名を告げた。
「『英雄』マキナ……そうか、貴様があの……」
だが、名前を聞いて驚いたのはマキナだけでは無く、魔族イニャスもまた、その名前を聞いた瞬間に驚愕の表情を浮かべていた。
「数多の同胞が貴様に屠られたと聞いている。我らをして『悪魔』とさえ呼ばしめる存在……なるほど、その圧力、噂に違わないな」
「……複雑ですね。ですが、そう呼ぶのは貴方たちだけです。私は、『英雄』としてここに立っています」
「ふっ……ところ変われば何とやら、というやつか」
イニャスは、何がおかしいのか小さく鼻で笑った。
「隠滅のためにここへ駆り出されたが、中々どうして……運が良い。まさか、斯様な大物に出会えるとはな」
そう言うと、イニャスは手袋に包まれた掌を、周囲の炎へとそっとかざす。
すると、周辺で猛威を振るっていたはずの炎が意志を持ったかのように収束し、蛇のごとき形状を成してイニャスの周囲を渦巻くように漂い始めた。
「っ!! どうしてここを襲ったの!? 隠滅って、一体何を隠そうとしているの!!」
マキナが堪らず問い詰めると、イニャスは一瞬だけ呆然とした表情を浮かべ、やがて邪悪な喜悦に満ちた笑みを刻んだ。
「……人を襲う理由を、わざわざ魔族に問うのか?貴様は魔族を屠る際、いちいちその正当性を獲物に説明してやるのか?」
その冷酷な返しに、マキナが握りしめる拳にミリミリと力がこもる。
「だが、そうだな。隠滅という言葉を漏らしたのは俺の失態だ。ならば、力ずくで俺に勝ってみせろ。そうすれば、死の間際に少しは口を滑らせてやるかもしれんぞ?」
どこまでも不敵で好戦的な挑発。
マキナは内心でその身勝手さに強く憤りを感じながらも、一方でこれが敵の真意に触れる数少ない好機であることも理解していた。
マキナはイニャスが放つ重圧によって乱れかけていた呼吸を大きく深く整え、冷静さを取り戻していく。
そして一度、グッと肩に力を入れて引き上げた後、一気に脱力し、全身から余分な強張りを抜き、最適な戦闘のリズムへと肉体を同調させた。
「その言葉……後で後悔しても、絶対に忘れないでくださいね」
その静かな宣告と共に、『英雄』マキナの全集中が、目の前の強敵・イニャスへと向けられた。
※後書きです
ども、琥珀です。
背脂チャッチャ系ラーメン食べたいです……
上が背脂しか見えないくらいの……
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は金曜日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。




