74.調査
帝国の広大な領土と、軍事国家の根幹を支える膨大な物資量を考えれば、その全容を精査するには本来、数日規模の時間を要する。
しかし、最高執政官ガディールはこの事態に対し、独断で軍部の精鋭を含む可能な限りの人員を投入する決断を下す。
その結果、数千人の官僚と兵士が機械的な精度で動員され、僅か半日という驚異的な短時間でほぼ全ての確認作業が完了しようとしていた。
基地の最深部で待機していたマキナとガディールの元へ、革の装丁に綴じられ、機密印の押された報告書が数枚届けられる。
ガディールはその報告書の一枚一枚に鋭い眼光で目を通すと、届けた部下を短く下がらせ、静かにマキナへと視線を向けた。
「あくまで現状の調査記録に基づく、中間報告という形になりますが……宜しいですかな、マキナ様」
「はい。よろしくお願いします」
ガディールは手に持っていた資料を円卓の中央へと置いた。
再び彼が指先に魔力を込めると、卓に埋め込まれた光源が資料を照らし出し、次の瞬間、紙面に記された平面のデータが光の粒となって空中に舞い上がった。
光は瞬時に再構成され、精緻なホログラムとなってマキナの目前に投影される。
「すごい……資料の内容をそのまま映し出せるなんて」
「我々が独自に開発した、特殊な紙を媒介にした時のみ可能な技術ではございますが」
ガディールは誇るでもなく、当然の事実を述べるように口元に僅かな微笑を浮かべて答えた。
「さて、肝心の調査結果ですが……現段階において、『スカラビア帝国』の都心部および主要基地内に保管されている備品から、不自然な魔力の変質を発する物資は、一つも確認されませんでした」
「そう……ですか。私の考えすぎ、だったのでしょうか」
「いえ。話はそこで終わりではございません。物資そのものに異常は認められませんでしたが――」
安堵と失望の混じったマキナの言葉を、ガディールは遮るようにして続けた。
「搬入経路、すなわち物流の根源において、一部の不可解な記録上の不整合を確認することが出来ました」
ガディールはそう言うと、空中に浮かぶホログラムを指で軽やかに操作し、膨大なリストの中から一つの項目をピックアップした。
「こちらは、帝国の主力兵装である魔道具を製造するために不可欠な資源の『搬入元』リストです。軍事機密に関わるため、原則として仕入れ先が変動することはございませんが、一箇所だけ、最近になって搬入元が不自然に変更されている箇所がございました」
マキナはそのリストを覗き込むように目を通す。
しかし、魔法そのものには長けていても、魔道具の工業的な構造や製造ラインに詳しくないマキナには、その羅列された数字や地名を見ただけでは、どこがどのように不可解であるのかまでは判別できなかった。
彼女の戸惑いを見越してか、ガディールは穏やかで理知的な口調で説明を始めた。
「マキナ様も既にご存知の通り、この帝国周辺は決して自然豊かな土地ではございません。しかし代わりに、大地の下には膨大な鉱物や貴金属といった、魔導技術の糧となる資源が眠っております。我々はその恩恵を最大限に享受すべく、国境の外側に幾つもの資源採掘拠点を設立しているのです」
「都だけでなく、国の外にまでそんなに多くの拠点を……!?」
これまで国を巡るといえば、常に戦いの最前線という『点』でしか世界を知らなかったマキナにとって、国家運営という巨大な歯車の全容を垣間見るのは、目から鱗が落ちるような衝撃であった。
「植物や食糧といった自然の物資とは違い、我々が扱う鉱物資源には『枯渇』という絶対的な概念が付き纏います。故に、帝国の発展を持続させるためには、資源を得られる拠点を拡張し続ける必要があるのです。その一環が、先程申し上げた拠点の設立と周辺地域の統治でございます」
己の肉体ひとつで死地を潜り抜けてきた自分とは違う、ひとつの国家を生かし続ける者の視点。
その途方もないスケールの大きさに、マキナはただ圧倒されたように深く頷き返すしかなかった。
「さて、この採掘拠点でございますが。国規模の結界を張ることは叶いませんが、拠点ごとに特化した小規模な防衛結界を敷いております。加えて帝国の精鋭兵を常駐させ、外部の脅威から採掘現場を守る警備体制を整えております」
荒野の真ん中で資源を掘り起こすには、当然ながら魔族や魔物の襲撃というリスクが伴う。
帝国がその安全を保証することで、初めて採掘が成立するのだ。
「ただし採掘の実務そのものに関しては、我々軍部ではなく外部の専門業者や現地の者を雇っております。帝国の直営にする案も過去にはございましたが、道具の整備や状況に応じた柔軟な人員配置など、管理コストの面で見れば、専門職に外注する方が遥かに効率的かつ安上がりなのです」
マキナには、その実利的な判断もよく理解できた。
帝国は技術と武力においては世界屈指だが、地層の僅かな変化を見極める目利きや、採掘現場特有の勘においては、その道で生きてきた専門家には及ばない。
確実性と利益を天秤にかければ、外注という形を取るのが最も堅実な統治と言える。
「採掘された資源は、その時の質や量、採掘環境のリスクなど、様々な条件を照らし合わせた上で提示された額を元に、我々帝国が適正価格で買い取る形を採っております」
「……なるほど。買い取る形にすれば、帝国は『成果物』にだけ対価を払えばいい。逆に採掘側も、帝国の庇護で安全を確保しながら、自分たちの成果次第で正当な利益を得られる……お互いにとって合理的な契約になるわけですね」
「その通りです」
マキナが自ら導き出した答えに、ガディールは満足げに深く頷いた。
そしてマキナは、自身の導き出した論理によって、ガディールが提示しようとしている“違和感”の正体を、徐々に理解し出した。
「……もしかして、ガディールさんが言っていた不可解な点というのは」
「はい。新しい物資の供給元となった拠点において、商売の理屈だけでは説明のつかない奇妙な動きが確認されたのです」
マキナの察しの良さに頷き、ガディールはすぐに詳細を続けた。
「先程、様々な条件を踏まえた適正価格と申し上げましたが、市場原理が存在する以上、余程の天変地異でもない限り価格に劇的な差異が生じることはございません」
「そうでなければ、公平な売買なんて成り立ちませんからね」
本格的な商取引の経験がないマキナでも分かる道理であった。
「左様でございます。安全な労働環境と、安定した継続的利益。我々はこの条件を長年提示し続け、彼らもまた、その恩恵を享受することで帝国との良好な関係を築いてまいりました……それこそそう簡単には崩れない信頼がそこにはあったはずなのです」
「……金銭的な利益以上に、『外の世界の脅威』から身を守れるという保証は、彼らにとって何物にも代えがたいリスクヘッジですから」
これに関しては、戦場という極限状態に身を置き続けてきたマキナ以上に理解している者はいないだろう。
そしてそれは、国家という巨大な船を操舵するガディールにとっても、共通の認識であった。
「ご明察の通りです。しかしこの一ヶ月の間に、ある特定の拠点において、これまでの相場を根底から覆すような、明らかに低すぎる価格を提示してきた報告がございました」
その報告を聞き、マキナは思わず首を傾げた。
「それは……帝国にとっては、安く資源が手に入る良いことなのでは?」
しかしガディールは否定も肯定もせず、ただ静かに視線を資料へと戻した。
「確かに、支出が減ることは国家運営において歓迎すべき事象かもしれません。しかし、採掘される資源の質が上がったわけでも、ましてや埋蔵量が爆発的に増えたわけでもない。にも関わらず、自分たちの利益を極限まで削ってまで価格を下げるというのは、経済の論理として致命的な矛盾を孕んでおります」
マキナは一瞬、彼らの善意や献身によるものではないかと考えた。
しかし、幾度となく騙し、騙される人間模様を見てきた経験が、即座にその考えを否定する。
『エルゼルク王国』で彼女を欺こうとした、あの宝石商人のような卑劣な悪意が、この世には厳然として存在するのだ。
「私が直接現場に立ち会ったわけではございませんので、対応が遅れてしまいましたが……この異常な低価格に不審を抱き、先程、急遽内偵を進めさせました。その結果、その拠点においてある問題が発覚いたしました」
「問題、ですか……?」
ガディールは深く、重々しく頷き、やがて厳かな声で答えを落とした。
「───魔族の痕跡です」
※後書きです
ども、琥珀です。
実家の方が雨でやられたそうで、公共交通機関が大ダメージ負ってました……
備えることの大切さを学びました……
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は水曜日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。




