72.ガディール=ジャディク
皇帝ウィガードへの謁見を終えたマキナは、彼が口にしていた情報を得るため、軍部の者が迎えに現れるのを待っていた。
その間にも周囲では何人もの軍人たちが、忙しない足取りで行き来しており、その規則正しい靴の音だけが響く空間に、マキナはどこか落ち着かなさを感じていた。
「(……やっぱり、みんな何かに対してピリピリしてる。周囲に魔物や魔族の気配はなかったはずなのに。エルゼルク王国みたいに、華やかな祭りがあるわけでもなさそうだし)」
注目を浴びたいわけではない。
だが、これほどの大軍が往来しながら、誰一人として『英雄』に視線を向けず、ただ機械的に任務を遂行し続ける無関心さは、逆に不気味な気掛かりとしてマキナの胸に沈殿していく。
彼女は手持ち無沙汰を紛らわせるように、慎重に周囲を見渡し始めた。
今いるこの場所は、先ほどの謁見の間からは切り離された、軍備の整えられた区画だ。
普段、国境付近の最前線で泥にまみれて生活することの多いマキナにとって、ここにあるのは見たこともない、理詰めの形状をした兵装ばかりであった。
ここは大陸最先端の魔導技術の開発を国是とするスカラビア帝国。
マキナがその全容を把握できないのも、ある意味では当然のことと言える。
「(でも……あそこに無造作に積み上げられているのは、戦闘用の魔道具だよね? どこかと戦っているわけでもないのに、どうしてあんなに……)」
マキナが兜の奥で凝視した視線の先には、膨大な数の魔道具が木箱に詰められ、山積みにされていた。
その数は凄まじく、巨大な石壁の一面を完全に覆い隠すほどの威容を誇っている。
一つひとつが軍事機密の結晶であるはずのそれが、ここではまるで安価な石材か何かのように、当たり前の備品として積み上げられているのだ。
「(魔族の大規模な侵攻が予見されていた時でさえ、あんな数の魔道具が一箇所に集まっているのは見たことない。いくら軍事大国だからって……あれじゃまるで、今すぐにでも戦争を仕掛ける準備をしているみたい)」
マキナの抱いた疑念が本格的な警戒へと変質しかけたタイミングで、前方から足音すら感じさせない無機質な歩みで一人の兵士が接近してきた。
「お待たせいたしました、マキナ様。ただいまご案内を仰せつかりました、私、ラルフが先導させていただきます」
「……宜しくお願いします」
ラルフと名乗った軍人は手にした武器を手前に持ち直し、隙のない所作で一礼したため、マキナも僅かに遅れて、兜を被ったまま頭を下げる。
スカラビア帝国の軍人たちは、例外なく一様に同じ意匠の防具を身に纏っており、頭部までもが硬質なバイザーに覆われているため、外見から個人を識別することは殆どできない。
マキナ自身も普段は兜を脱がないため他者の装いを揶揄することはできないが、それでもこれだけ大多数の兵がいながら、全員が同一の規格で固められている光景には奇妙な圧迫感を覚えた。
その声色から、相手はそれなりに年齢を重ねた男性であろうことが辛うじて分かる程度である。
「(……いざって時に、お互いの区別が困らないのかな?)」
どこか場違いな感想を抱きながらも、心の奥底では素顔の見えない者たちに囲まれていることへの寂寥感と、僅かな生存本能的な恐怖を覚えていた。
「マキナ様、これより帝国の軍事基地へとご案内いたします。少々ご足労いただくことになりますが、何卒ご容赦を」
「構いません。行きましょう」
マキナの承諾を確認すると、ラルフは「こちらへ」と短く呟き、歩き始めた。マキナもまた、その鋼の背中を追うようにして歩み出した。
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「(全然、ご足労かかってない……!!)」
移動には十五分ほどの時間を要したが、その行程の殆どは馬車によるものであった。
歩いても十分に到達できる距離ではあったが、『英雄』という立場を考慮して、わざわざ重厚な車両が用意されていたようだった。
居たたまれないような、落ち着かない気持ちになりながらも、先導するラルフに従って車両を降りる。
そこには、城の正門とは明らかに趣の異なる巨大な鋼鉄のゲートがそびえ立っており、ラルフが門柱にある、鈍く光るプレートに手を添える。
すると、一瞬の青白い発光と共に、重厚な扉が滑らかに左右へ開かれた。
「あの……これは?」
マキナが堪らず質問すると、ラルフはゆっくりと振り返り、抑揚のない声で答えた。
「……これは、人体を流れる魔力回路を擬似的に再現したものを応用した、自動認証ゲートです。回路に記憶させた魔力を流し込むことで、扉を開閉させる仕組みになっております」
マキナはその高度な技術に思わず感嘆の息を漏らしたが、すぐに一つの違和感が思い浮かぶ。
「ですが、それだと兵士の皆さん全員の魔力をこの門に記憶させる必要があるはずです。そんなに膨大な情報を管理しきれるのですか?」
更に問い詰めると、ラルフは心なしか説明を億劫に思うような気配を一瞬だけ見せた後、ゆっくりと自らの腕を上げ、手首に装着されたガジェットをマキナに示した。
「このデバイスに魔力を溜め込む鉱石、『メモリー・オア』が嵌め込まれています。よって、ゲート側が記憶している魔力は我々個人のものではなく、この『メモリー・オア』の波形なのです」
そう言ってラルフは、手首のガジェットを開き、中にある小さな緑色の鉱石を見せてきた。
その鉱石から発せられる魔力は人のそれと違い、意志によって変質することのない安定した波形を保っている。
クリムゾン・クリスタルのような一部の魔鉱石を除けば、一般的な魔鉱石は流し込まれた魔力をその鉱物特有の性質へと変換し、一定の効果を発揮するに至る。
今、ラルフが見せた鉱石は、その名前の通り『魔力を記憶する』性質を持ったものなのだろう。
巨大な『メモリー・オア』を用意し、誰かしらがそこに魔力を流し込む。そしてその鉱石を少量ずつ削って配布することで、ゲートに反応する共通の「鍵」として使用しているというわけだ。
魔力回路を擬似的に再現する帝国の技術があってこその運用であり、マキナは改めて、この国の技術力の高さを実感させられていた。
「……宜しいでしょうか。これより内部をご案内します。中へお入り下さい」
「あ、すみません……お願いします」
思考の海に沈んでいたマキナはラルフの事務的な声にビクッと肩を揺らし、急いでゲートを潜って基地の内側へと足を踏み入れた。
内部はやや薄暗いものの、至るところに見たこともない精密な機材が設置されており、まるで別世界に迷い込んだようであった。
リベルたちのいた空間が非現実的で幻想的な場所であるとすれば、ここは徹底して理に適った、文明的な空間といったところだろうか。
さらに進むこと数分。基地の最深部と思われる区画に辿り着くと、ラルフは唐突に足を止め、姿勢を正して敬礼した。
「ガディール様!! マキナ様をお連れいたしました!!」
ガディールと呼ばれた人物は、その名に静かに応じるようにして、マキナたちの方へとゆっくりと振り返った。
老齢を感じさせる枯れた外見ながら、一分の隙もない立ち振る舞い。
手入れの行き届いた真っ白な髭を蓄え、この殺気立った軍事施設には珍しい、高級な絹で仕立てられた礼装を完璧に着こなしていた。
ガディールはマキナの姿を静かに視界へ納めると、恭しく頭を下げる。
「この国の最高執政官を務めさせていただいております、ガディール=ジャディクと申します。お見知り置きを」
「マキナです。重職の方が、わざわざお時間を割いてくださったことに感謝します」
最高執政官。つまり、この国の政治や軍事、その両輪を実質的に動かしている権力者であることを意味する。
国の頂点は皇帝ウィガードに違いないが、ガディールはその皇帝に対して唯一意見を具申できる人物と言って良いのだろう。
だからこそ、この殺風景な軍事局にあって、平然と高貴な礼装を纏っているその姿にも、抗いがたい説得力が宿っていた。
「事前のご相談無く、斯様な場所へお呼び立てした無礼をお許し下さい。魔族に関する情報であると聞き、国全体に影響を及ぼす可能性があると判断し、私めが直接対応させていただく次第です」
「とんでもない。突然の訪問であったにも関わらず、魔族の動きが不穏であるという私の曖昧な情報にここまで真摯にご対応いただき、本当にありがとうございます」
これまでこの国で感じ続けていた殺伐とした拒絶の気配はなく、目の前の老人はただ慈愛に満ちた姿勢でマキナを迎え入れている。その敬意に触れ、マキナの強張っていた警戒心も、自然と和らいでいった。
しかし。
恭しく下げられた白髪の頭の奥で、ガディールの冷徹な視線が、一頭の獲物を定めるようにマキナへと向けられていることに、マキナはまだ気づいていなかった。
※後書きです
ども、琥珀です。
私汗っかきでして
エアコンの効いている部屋でも、ご飯を食べたりすると汗をかきます……
嫌な体質です……
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は金曜日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。




