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リヴァイス・リヴァイバル〜果てなき世界の調律録〜  作者: 琥珀
第1章 『The Maiden's Requiem』
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70.スカラビア帝国

「……着いた、スカラビア帝国」



 薄暗い早朝に宿を発った甲斐もあり、マキナの視界に帝国が捉えられたのは、陽が落ちる前のことだった。


 『スカラビア帝国』はその強大な軍事力を背景に、領地周辺の魔物を定期的に掃討し、安全な領域を維持している。


 その恩恵か、街道では不気味な咆哮一つ耳にすることなく、驚くほど円滑に帝国領の境界まで辿り着くことができた。


 眼前に立ちはだかるのは、『エルゼルク王国』のそれを遥かに凌ぐ、絶壁のような巨大な外壁である。


 近づくにつれて視界のすべてが覆い尽くされ、その全貌を仰ぎ見ることすら叶わぬ巨大な壁が、マキナの小さな身体を威圧するほどの圧迫感を放って聳え立っていた。



「さて……すんなり中に入れて貰えるかな」



 機能美と防御を極めた『スカラビア帝国』には、他国に見られるような大仰で装飾的な城門は存在しない。


 代わりに、鉄塞とも呼ぶべきこの厚い壁には偽装された小さな出入り口が無数に点在し、厳重な管理下で人員を出し入れする仕組みとなっていた。


 マキナは記憶を頼りに滑らかな壁に沿って歩み、ある特定の箇所で硬質な音を響かせてコンコンと壁を叩いた。


 すると、数秒前まで継ぎ目一つ見えなかった単なる石壁に精密な切れ込みが入り、重厚な扉として静かに開かれる。


 中から現れたのは、マキナが纏う重厚な甲冑とは一線を画す、機能性を追求した漆黒のスリムな鎧を身に宿した人物であった。


 その洗練された装備の質感だけで、帝国の技術が世界の先端を独走していることが如実に伝わってくる。


 扉の奥から現れた兵士は、来訪者の姿を無造作に一瞥したが、直後に兜越しでも分かるほどの激しい動揺を見せた。



「ま、マキナ様!?」

「こんにちは。ご苦労様です」



 マキナは相手の戦慄を和らげるように、僅かに上体を曲げて丁寧な会釈を返した。



「ほ、本日、マキナ様のご訪問予定は通達されていなかったはずですが……」

「はい、事前の連絡なしに失礼します。少し個人的に調べていることがありまして、宜しければ入国を許可していただきたく思います」



 兵士の困惑した反応を見る限り、どうやらロス国王が放ったあの屈辱的な『追放宣言』による汚名は、まだ帝国までは届いていないようであった。


 それにも関わらず即座に門が開かれないのは、帝国の規律が他国とは比較にならぬほど厳格である証左だろう。



「……し、少々お待ちを。マキナ様といえど例外は認められません、直ちに陛下へ確認を取り次ぎます」



 兵士がそう告げると、重い金属音と共に扉は再び閉ざされ、マキナは独り壁の前に取り残された。



「普段は救難要請に応える形で来るから直ぐに入れたけど、自分から訪ねるとやっぱり手間が掛かるんだよね……」



 『英雄』としての彼女は常に他者から頼られ求められる存在であるが、彼女自身が誰かを頼り、助力を乞うという経験は極めて少ない。


 その歪な立場の弊害か、今回のように事前の約束なしに国を訪れると、平穏を乱す闖入者として疎まれることが少なくない。


 戦う必要のない平穏な時期に『英雄』が訪れることは、新たな争いの種や凶兆が持ち込まれたと、人々に本能的な嫌悪感を抱かせることがあるのだ。


 マキナもその冷淡な空気を肌で感じており、故に要請がない限りは人里に近づかず、孤独に荒野の魔物を屠り続けてきた。


 それを心寂しいと感じながらも、同時に自分には相応しい扱いであると、どこか諦めに似た感情で受け入れていた。


 そんな胸を締め付けるような寂寥感を抱えながら、無機質な壁の前で数分間待ち続けていると、ようやく石壁が再び重々しく横にスライドし始める。


 そこには先程の兵士よりも明らかに階級が上と思われる、威圧的な佇まいの士官が立っていた。



「お待たせいたしました、マキナ様。陛下より入国の許可が下りましたので、どうぞお入りください」



 士官の手に握られているのは、伝統的な魔法の杖ではなく、魔導兵器と思わしき武器であった。


 彼からは明確な敵意こそ感じられないものの、静かな緊張感と、余所者を受け入れざるを得ないことへの不快感が隠しきれずに漂っている。


 通常ならば荷物や魔力系統の執拗なチェックが入るはずだが、『英雄』の名を騙る不届き者などこの世界には存在しない。


 故に、実質的にマキナはその『英雄』という名前だけで検問をパスして帝国の内部へと足を踏み入れた。


 境界を越えた先に広がっていたのは、無駄のない幾何学的な配置で並ぶ、広大な居住区であった。


 『エルゼルク王国』の情緒ある街並みとは異なり、帝国の建築物はどれも強固な石材と金属で補強され、どこか冷徹な形状を成している。


 そして街並みの中央には、天を衝くように聳える、漆黒を基調とした巨大な城郭が、支配の象徴として鎮座していた。


 入り口で対応した兵士たちが追尾してくる様子はなく、マキナはひとまず自由な行動を許された。



「……先ずは、立ち入りを許してくれた陛下に挨拶に行かなきゃだよね」



 ディジーの痕跡を探すべく街の散策もしたかったが、突然の訪問を受け入れてくれたこの国の頂点、皇帝への表敬訪問を欠かすわけにはいかない。


 マキナは覚悟を決めるように一度深く息を吐くと、黒鉄の城へと向かってゆっくりと歩を進め始めた。


 基本的に、他国の国民はマキナの姿を目にすると、割れんばかりの歓声と熱狂を浴びせてくるものだ。


 しかしそれは、彼女自身の人間性を見ているのではなく、戦場を平定する『都合の良い英雄』に熱狂しているに過ぎない。


 それでも、その熱気は受け止めるマキナが気圧されるほどに強烈なものだが、このスカラビア帝国の民衆は、明らかに他の国とは異なる。


 彼らはマキナが『英雄』であることを明確に認識しているが、誰一人として熱狂的な声を上げることはない。


 ただ足を止め、じっと無機質な瞳で、領域を侵す『異物』を値踏みするような視線を向けてくるのだ。


 正直なところ、その排他的な反応自体、この国では珍しい光景ではない。


 スカラビア帝国は他国を圧倒する軍事力を誇り、魔物は勿論、魔族の軍勢とも独自に拮抗して戦い抜ける自負がある。


 彼らにとって、『英雄』に頼らねばならぬ事態など滅多に存在しないのだ。


 その為か、帝国の閉鎖性は極めて強く、外からの英雄に熱を上げるどころか歓迎のムードなど欠片も存在しないのが常である。


 だから、マキナに対してノーリアクションであること自体は、ある意味でこの国における『普通』であるはずだった。


 しかし……



「(……なんだろう、この空気。以前訪れた時よりも、皆の視線が殺気だってる気がする)」



 向けられる無数の視線から感じる、ピリピリとした肌を刺すような違和感を、マキナは本能で敏感に感じ取っていた。



「(ここの人達が以前から少し排他的なのは分かってたけど……今日はもっと、余裕のない警戒心に支配されているような……)」



 街には確かに人が溢れている。


 しかし、全員がマキナとの間に目に見えない壁を作るようにして一定の距離を保ち、何かを恐れるように、あるいは何かを待ち構えるように身を強張らせていた。


 拭いきれない不安を抱えながら、マキナは重苦しい沈黙が支配する大通りを進み続けた。






●●●






 ようやく帝城の入り口に到達したものの、マキナは再び厳重に強化されたセキュリティを前にして立ち往生を余儀なくされていた。



「(帝都のチェックは厳しいと聞いてたけど……明らかに以前より手順が増えている。それに、この警備の数……)」



 マキナが周囲を見渡すと、そこには入り口の兵士と同じ漆黒の装甲を纏い、見たこともない複雑な魔導兵器を携えた精鋭兵たちが、隙間なく列を成していた。


 その銃口が直接マキナに向けられているわけではない。


 しかし、全員が抜身の刃のような殺気を放っており、数多の戦場で死線を潜り抜けてきたマキナでさえ、生理的な居心地の悪さを感じるほどの緊迫感であった。


 幾重にも及ぶ魔力スキャンと儀礼的な照会をようやく通過し、彼女は広大な謁見の間へと案内された。そこで待たされること、およそ三十分。


 静寂が支配する部屋に、重厚な扉が開かれる鈍い音が響き渡った。

※後書きです



ども、琥珀です。


スカラビア帝国って……何でこんな名前にしたんだっけかな……


本日もお読みいただきありがとうございました。

次回の更新は月曜日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。

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