68.痕跡
「1ヶ月くらい前のことだ。俺達の集落に一人の女がやってきたんだ」
「女……?この場所に、ですか?」
不可思議な内容にマキナは思わず聞き返してしまうが、マルクは至って真面目な様子で深く頷いた。
「俺達も当時は驚いたよ。随分と若い嬢ちゃんだったが、それ以上に軽装でな。こんな地にいるのが信じられなかったくらいだ」
マルクの言う通り、もしその女性がどこかの国に所属する者であれば、最低限の護身用装備は整えているはずだ。
しかし身につけていたのは、荒野を生き抜く彼らでさえ言葉を失うほどの軽装であり、そもそもこの一帯は魔族が跋扈する無法地帯である。
何もかもが常軌を逸しており、当時のマルクが抱いた困惑の深さが今のマキナにも手に取るように伝わってきた。
「それで、それから?」
「もしかしたら魔物や魔族から逃げてきたのかもしれないと、一先ず迎え入れたんだ。そしたらその嬢ちゃんは初めて集落を見たって言って興味津々でな。とにかく色んなことを見たり聞いたりしたんだ」
語られた内容に、マキナの脳裏には拭いきれない疑問符が浮かんだ。
その女性がどこの国民でも無い流浪の身なら、必然的に長く壁の外に住む人間ということになり、その中で過酷な環境を一人で過ごしてきたとしても似たような集落の噂は耳にしているはずだ。」
壁の外の人々は魔族の脅威から身を守るために身を寄せ合って集落を作るため、大半の人間が各地方の情報を共有して生きている。
それにも関わらず、まるで租外の集落という概念自体を初めて知ったかのように振る舞ったと聞き、女性への強い懐疑心が高まっていく。
「あの……その方が魔族であった可能性は?」
「俺達だって当然その可能性も疑ったさ。伊達に国外で生き抜いてきたわけじゃないぞ」
マキナの鋭い指摘を、マルクは力強く首を振って否定した。
「だがな、考えてみてくれ。魔族はわざわざそんな奇妙な真似をするか?アンタが倒してくれた魔族達のように、手っ取り早く破壊しつくす事が、従来の魔族のすることだろう?」
「……それは、まぁ」
魔族は人間と同等以上の狡猾な知性を有しているが、習慣や倫理といった思考の根本はまるで異なり、弱者を蹂躙する野生の捕食者に近い。
力こそ全てという絶対的な弱肉強食の理で生きている魔族が、わざわざ脆弱な人里に紛れ込んで知識を吸収する素振りを見せ、血の一滴も流さずに去っていくなどあり得るだろうか。
絶対にないとは言い切れないが、人類を家畜としかみなさない奴らの傲慢で好戦的な生態を考えれば、まずあり得ないと言える。
「……その女性が何者なのかは一度置いておくとして、魔道具とどのような関係が?その女性の私物だったりでも?」
「いや違う……とも言い切れないんだが……」
奥歯に物が挟まったような煮え切れない言い方にマキナが困惑していると、マルクは意を決したように信じがたい言葉を口にする。
「その魔道具な、その嬢ちゃんが作ってったんだよ」
「……は?」
あまりにも突拍子の無い内容に、歴戦の英雄であるマキナでさえ思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
「え……つく……え?」
発言内容を脳内で冷静に受け止めようとした結果、逆にその事実の異常性に直面してしまい、マキナは意味を理解できず再び聞き返した。
「いや、その反応をするのも分かる。そらそんな声をあげるよな」
マルクも当時全く同じリアクションを取っていたのだろう、マキナの混乱する反応を見ても深く共感するかのように何度も頷いて同意していた。
魔道具とは魔力を込めることで術式を発動させる精密な戦闘補助具であり、本来は訓練された正規兵が戦場で使用するもので一般市場に出回ることなど基本ありえない代物だ。
非合法な闇市でなら出回ることもあるが、並んでいるのは暴発の危険がある粗悪品ばかりであり、目の前に鎮座する洗練された魔道具とは比べ物にならない。
「(見習いの魔法使いの方や、戦闘の補助目的で使用するレベルの物ならまだ納得できる。でもこれは、実際の戦場で使われていてもおかしくないレベルの代物。これを、通りがかりの女性が作った……?)」
自分で組み立てた推論の異常性に困惑し、改めてマキナは信じられないと首を傾げる。
マルクの方へ疑いの視線を向けるが、彼が嘘や冗談を言っているようには到底見えず、寧ろ彼自身も未だに現実を消化しきれず困惑している様子が見て取れた。
「何故その方はこれを作ったのですか?」
「あー……さっきも話したが、その嬢ちゃんは俺達みたいな集落に興味津々だったって言ったろ?それについて答えてたら、そのお礼だって言って作って、置いて、そんで軽く説明したら去っていったんだ」
内容を聞けば聞くほど常識から外れた困惑は大きくなり、マキナは思わず兜の上から頭を抱えてしまう。
しかしいつまでも思考を止めているわけにもいかず必死に断片的な情報を整理していく。
「(1ヶ月前に女性はここに現れて、初めての集落に興味を惹かれていた。国外の情勢に疎い……つまりいずれかの国の住民であるように思える)」
周囲へ視線を巡らせ、マキナは先ほどの戦闘で一部が倒壊した痛々しい集落の惨状を見渡す。
「(普通ならわざわざ危険な国外に出ようとはしない。でも、その人は装備らしい装備もなく国外を渡り歩いていた。となると、元々国外の人物である可能性も否めない)」
今度は目の前にある金属の冷たさを放つ魔道具に目を向け、ゆっくりとその砲身に手を触れた。
「(でも、国外に住む人がこんなすごい魔道具を、しかもあっという間に手掛けてしまうなんてあり得ない。知識は無いけど、小型ならまだしも、このサイズのものは数週間は必要になるはず……)」
サイズ感の他に魔力の導線の美しさや性能など、どれを見ても素人の手慰みで作れる完成度ではない。
情報を整理しても相反する事実がぶつかり合い、まるで一本の線にまとまらずマキナは深く頭を悩ませる。
「その方は他に何か言っていませんでしたか?お名前だとか、目的だとか……」
「あーなんだったかな……プロ・エストロ……?去り際に走り去りながら口にしてたから良く聞き取れなかったんだよな……」
こちらの情報を聞くだけ聞いて、規格外の魔道具を作るなり去っていく。
まさに嵐のように現れて嵐のように去る、言葉通りの不可解な人物像だったのだろうか。
「あ、そうそう、でもこれは良く覚えてるよ。口癖のように繰り返してたからな。その嬢ちゃんは繰り返し言ってたよ。『ボク、天才だからね』って」
その特徴的な一言と一人称を聞いた瞬間、マキナの脳裏に雷のように焼き付いていたある人物の顔と言動が、これまでの不可解な人物像と一気に合致する。
「ディジー……!」
エルゼルク王国にいた時、マキナが絶対的な結界の前で突如出会った底知れぬ女性、プロディジー・マエストロ。
これまでの常識外れな行動も、あの圧倒的な実力を持つディジーであれば不思議と全てが納得できる。
彼女が兵器クラスの魔道具を即座に作れるかは不明だが、何百年もの歴史を持つ結界をいとも容易く解析して本質を導いてみせた彼女ならば、どんな不可能も可能にすると考えてしまう。
「あの、ディ……その女性は次にどこへ向かうとかは話していませんでしたか?」
「なんだったかな……確か近辺を周りながら次は国を見て回りたいとか言ってたかな。目的地は……あぁそう、エルゼルク王国って言ってたかな」
バラバラだった時系列が、一本の明確な線として繋がった。
ディジーは一ヶ月前にこの集落を訪ねた後、気まぐれに防衛用の魔道具を残して去り、近隣の荒野を見て回った後にエルゼルク王国へ潜入してマキナと運命的に出会ったのだ。
「あ、もしかしてあの子が持ってた魔道具も……」
記憶の底から思い出したのは、以前ラヴィスの財布をすり盗んだ壁の外の孤児、カイリーの姿だ。
彼は追いかけるマキナから路地裏へ逃げる際、目眩ましとして強烈な閃光を放つ魔道具を使用した。
幼い子供が何故そんな高価な代物を有しているのか不明であったが、彼が国外の人間であることを鑑みると、道中で出会ったディジーが気まぐれに渡した可能性が高い。
彼女はマキナと出会うずっと前から、この世界の様々な場所で出会いを重ね、自身の痕跡と奇跡を残していったのだ。
「ディジー……貴方は本当に、何者なの……?」
巨大な謎への畏怖を込めて小さく呟かれた言葉は、誰の耳に届くわけでもなく、荒野に吹く乾いた風に混ざって静かに消えていった。
※後書きです
ども、琥珀です。
暑すぎます
バテます……バテました……
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