↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リヴァイス・リヴァイバル〜果てなき世界の調律録〜  作者: 琥珀
第1章 『The Maiden's Requiem』
68/82

67.軌跡

 周囲の森に魔族の残党が潜んでいないか入念に確認した後、マキナはそこから少し進んだ先で、不自然に伐採された巨大な木の根を発見した。


 一見すると風景に溶け込む何の変哲もない切り株だが、周囲の土と僅かに色が異なっているのを見極め、マキナはゆっくりと重い木の幹を持ち上げる。


 その下は精巧に偽装された穴が掘られており、中は巨大な空洞になっていた。


 暗闇に目を凝らすと、そこには二十人を超える集落の人々が、大人も子供も一様に身を寄せ合って小刻みに震えていた。


 その様子から、魔族の襲撃に対して彼らがどれほど深い恐怖を抱いていたかが痛いほどに見て取れる。


 現に、マキナが外の光と共に木の根を持ち上げた瞬間、全員が悲鳴を押し殺すようにビクリと身体を震わせたほどだ。



「皆さん、もう大丈夫ですよ」



 マキナが努めて穏やかな声を掛けるが、暗がりにいる全員が怯えた獣のように警戒したまま、不審がって外へ出てこようとはしない。



「私はマキナと言います。付近をうろついていた魔族は全て私が倒しました、ですからもう安心して下さい」



 状況を具体的に、かつ力強く伝えると、ようやく暗がりの中でざわめきが起こり、一同は少しずつ警戒の糸を解き始めた。



「マキナ……?」

「あの、噂に聞く『英雄』の……?」

「でも、何故あんな雲の上の人がこんな辺境に……?」



 ただ、今度は絶望的な状況に突如として現れた『英雄』そのものを疑い始めたのか、困惑の声が漏れるばかりで、なかなか外へ出ようとする動きは見られなかった。


 その時、マキナの背後から息を切らせて追いついたマルクが現れ、身体の心配をする彼女と入れ替わるようにして薄暗い穴の中を覗き込んだ。



「みんな、大丈夫。この人は本物の『英雄』マキナ様だ。俺はこの目で見た、信じて良い」



 一同は顔を見合わせて戸惑っていたが、日頃から集落を束ねる彼への信頼は厚かったのだろう、一人、また一人と、安堵の涙を浮かべながら穴の中から外へと這い出してきた。


 幸いにも致命傷を負ったような怪我人は見当たらず、マキナは兜の下で小さく、しかし心からの安堵の息を吐いて胸を撫で下ろした。



「これだけの人数を一度に収納出来るなんて、すごいですね。いつ襲われてもいいように、しっかりと有事に備えてらっしゃったんですね」



 マキナの発言は、彼らの生きるための知恵に対する純粋な感心から出たものであったが、その何気ない言葉が、マルクの泥に汚れた表情に暗い陰を落とさせた。



「……そうだな。俺らみたいな見捨てられた連中は、こうやって泥臭く自衛しなきゃ、一日だって生きていけないからな」

「あ……ごめんなさい」



 決して彼らを貶めるような意図は無かったとはいえ、安全な壁の内側を知る者の、配慮に欠けた無自覚な発言であったと即座に反省し、マキナは慌てて謝罪の言葉を口にした。


 マルクはその『英雄』らしからぬ素直な反応にやや意外そうな表情を浮かべたが、やがて呆れたように息を吐き、小さく穏やかな笑顔を見せた。



「いや、今のはひねくれた返しをした俺が悪かった。アンタを責めるつもりは無かったんだ、忘れてくれ」



 マルクは居住まいを正すように身体を向け直し、マキナに対して深く、ゆっくりと頭を下げる。



「俺達の命を、この集落を助けてくれたこと、本当に感謝する。ありがとう」



 マキナは恐縮してマルクを制止しようとするが、周囲に集まった人々からも次々と涙ながらの感謝を告げられる。


 最後に一人の幼い子どもがマキナの銀の鎧に歩み寄り、「ありがとう!」と無邪気にお礼を口にしたのを聞いて、彼女はその温意を素直に受け入れることを決めた。


 戦いに身を投じて以来、感謝の言葉を聞くこと自体は決して珍しいことではない。


 しかし、打算も政治的なオモテウラもない、これほどまでに純粋な感謝の響きに触れたのは、随分と久方振りのような気がした。


 国の兵たちに混ざって血を流した時も、凱旋して国内に戻れば、民衆から盛大な感謝の言葉を浴びせられる。


 しかしその熱狂の裏には常に、【『英雄』なのだから我々を守って当然】という重苦しい依存と圧力が、常に見え隠れしていた。


 国民にとっても血を吐くような高い税を払って国に庇護されている以上、ある意味では当然の権利主張とも言える。


 しかし、国から見捨てられたこの租外の集落の人々には、そうした醜い前提が一切ない。


 どこまでも純粋で、命を救われたことへの無垢な感謝の言葉に、マキナは鎧の下で張り詰めていた心が、ふっと軽くなったように感じていた。



「命を救ってもらったんだ、なにかお礼をとは思うんだが……なにぶん、その日の糧を得るだけで手一杯な暮らしでな。アンタに渡せるような金目のモノも、食料も、ここには何一つ無いんだ」

「そんな……お礼なんて気にしないでください。私はただ、目の前の命を守るという当たり前のことをしただけですから」



 マキナが微塵も恩着せがましさのない声でそう返すと、再びマルクは何かを探るような、含みのある表情を浮かべた。



「当たり前、ね……自分のたった一つの命を懸けてまで、何の義理もない見ず知らずの他人を助けるのって、普通は決して当たり前じゃないと思うがね」

「え……?」



 不意に投げかけられた真っ直ぐな言葉に、マキナは心の柔らかい部分を突かれたように動揺する。



「そりゃ、租外の集落(俺たち)くらいの狭い仲になりゃ助け合いはするさ。もう血の繋がった家族みたいなものだからな。だが、安全な国に迎え入れられるアンタからみりゃ、俺たちは赤の他人、それも国に属さない人間だ。なのにアンタは、躊躇いなく助けてくれた。それを当たり前の普通だとは、誰も言わないんじゃないかね」

「そんな……ことは」



 ない、とマキナはすぐに断言することができなかった。


 王国の兵が重い腰を上げるのは、あくまで自国の豊かな領土に魔族や魔物を侵入させまいとする、防衛の時のみである。


 彼らの視界の端で、周辺に点在する租外の集落にどれほどの悲惨な被害が起きようとも、決して見向きもしない。


 無論、過酷な税の徴収をもとに国の安全を成り立たせているという冷徹なシステムを踏まえれば、無税の彼らを助ける法的な義理はないのだ。


 その残酷な世界の理不尽に対して、マキナ自身が怒りや疑問を抱くことが無いわけではなかった。



「まぁでも、そういうバカみたいな純粋さがあるからこそ、アンタは世界中から『英雄』だなんて呼ばれるんだろうな。俺も長いこと、アンタみたいな綺麗事の存在に疑問を感じてたが、実際に会って命を救われてみて、心の底から納得したよ」

「ば……バカ……」



 バカと呼ばれたことにショックを受けているマキナを他所に、マルクは続ける。



「強えから『英雄』って名付けられたんじゃない。あんたのその、損得抜きの底抜けのお人好しな善性が、アンタを『英雄』という名にふさわしい存在たらしめてるんだってな」



 裏表のない、あまりにも素直な褒め言葉を正面からぶつけられ、マキナは兜の中で顔を赤くして、照れ隠しのように視線を俯かせていた。



「そんで……さっきも言ったが、そんなアンタに相応しいお礼出来るものなんて、俺たちには本当に何も無くてな」

「あ、それなら……」



 心苦しそうに眉を下げるマルクに対し、マキナはふと、先ほどの戦闘中に感じた一つの違和感を思い出し、控えめに相談を持ちかけた。






●●●






「ホントに、コレを見るだけで良いのか? 命を救ってもらった対価としちゃ、いくらなんでも安過ぎやしないか?」



 求められた拍子抜けするような内容に困惑し、マルクはポリポリと頭を掻いていた。


 その視線の先で、租外の集落の直ぐ側に巧妙に偽装され備え付けられていた魔道具を、マキナはマジマジと鋭い観察眼で見つめながら答えた。



「元々、何か対価をもらうために動いていたわけではありませんから。これの構造を見せていただけるだけで、私にとっては十分すぎるお礼ですよ」



 木々に紛れて設置されていたものは、身の丈ほどもあるやや大型な魔道具であった。


 ただ、魔道具そのものの構造はとてもシンプルで、砲台に似た無骨な形状の筒から、一直線に魔力を撃ち出す機能があるだけのものであった。


 マキナがこの集落に接近していた最中、微かに感じ取ったのは他でもないこの魔道具から放たれた魔力であった。


 奇襲が成功したのは、この魔道具による決死の攻撃がルーチェの意識がほんの一瞬そちらへ逸れたことにも起因しており、マキナはその時点でこの奇妙な兵器の存在に気付いていた。


 一見すれば、ただの撃ち放つだけの何の変哲もない魔道具。しかし、これがあるという事実だけでも、マキナの頭には複数の拭い去れない疑問点が浮かび上がってくる。



「マルクさん。この高度な魔道具は、一体どこで手に入れたんですか?」



 その静かで単刀直入な問いに、マルクはバツが悪そうに視線を逸らし、重い口を閉ざして黙り込む。彼が言い淀む理由は、マキナにも痛いほどよく分かる。


 ここは壁の外、捨てられた租外の集落。先程マルク自らが自嘲気味に発言したように、その日の粗末な食事さえギリギリな、極限の貧困状態にある場所だ。


 そんな場には全く不釣り合いな性能の高い魔道具。それが何故、こんな辺境の集落に在るのか。


 戦場を知るマキナが強い疑問に思うのも、決して無理のないことであった。


 マルクは暫くの間、葛藤するように黙り込んでいたが、それでもマキナの裏表のない善性と、自分たちを救ってくれた恩義に背中を押されたのか、やがて観念したように重い口を開いた。



「先ず、これだけは疑わないで欲しいんだが……俺達は誓って、国や商人から盗みを働いてこれを手に入れたわけじゃない」



 マキナも、彼らが生きるために略奪に手を染めたのではないかという可能性を、全く疑わなかったかと言われれば嘘になる。


 しかし、真っ直ぐに自分を見つめ返しながら告げられた、その悲痛なほどに誠実な言葉を信用し、彼女は静かに頷いて返した。


 その瞳に宿る無言の信用を感じ取ったのか、マルクは重い過去を吐き出すように、ゆっくりと事の経緯を語りだした。

※後書きです



ども、琥珀です。


3000字くらいに収めるぞ!

って毎回思うのに、4000字超えちゃうんですよね……

お手軽に朝にサクッと!の方針で行きたいので、頑張ります……


本日もお読みいただきありがとうございました。

次回の更新は月曜日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。


評価やブックマーク登録、リアクションも大変励みになります。


もし面白い!面白そう!と思っていただけたら是非宜しくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。