64.新たな旅路
エルゼルク王国の城門を背にしてから数日が経過し、マキナは静寂に包まれた街道を独り歩み続けていた。
エルゼルク王国を震撼させた魔物の襲撃、そして惨劇の引き金となった謎の『種』。
その正体を突き止めるべく、搬送ルートを洗い出しながら次なる目的地となる国を模索していた。
今はその道すがら、森の中にある清冽なせせらぎが耳に心地よい川沿いの岩場に腰掛け、マキナは束の間の休息を取っていた。
「ふぅ……やっぱり、そう簡単には手掛かりも見つからないよねぇ」
身に付けていた兜や鎧を丁寧に外し、冷たい川の水に浸したタオルで、煤けかけた白い肌を優しく清拭していく。
「三日探したけど、他の国で同様の被害が出た様子はないし、これといった有力な情報も得られていない……思い切って、どこかの国に入って直接調べるべきかなぁ……」
最後に櫛で肩まで伸びた柔らかな髪を梳かし整えた後、マキナは再び重量感のある鎧を順序よく身に纏っていく。
「でも国かぁ……エルゼルクでは理解してくれる人たちに出会えたけど、次の国でも同じように受け入れてもらえるとは限らないからなぁ……」
『英雄』としての自分を称える狂信的な歓声、背負わされる重圧、そして民衆の瞳に混じる仄暗い怨嗟の記憶。
過去の苦い情景を思い出し、マキナの若々しい表情には僅かな陰りが差しすも、最後に手に取った兜の表面を指先でなぞった瞬間、彼女の思考はぴたりと停止した。
マキナが以前まで身に付けていた防具は、数多の激戦を経てボロボロに損壊状態にあり、特に『ヴェノム・ストーカー』の放った強力な毒液に焼かれた部分は、もはや修復不可能なほど無惨に溶け落ちていた。
そして今、彼女の手中にある真新しい防具の数々は、王国を発つ直前にグラップやガイル、シェリーといった錚々たる面々が、彼女のために尽力して用意してくれた特注品であった。
兜を外した素顔のマキナを見て、彼らはその若さにひどく驚愕していたが、それ以上にマキナは、彼らが贈ってくれたあまりに高価な防具の輝きに圧倒されていた。
当初は自分には不相応だと頑なに拒否していたが、むしろこれまでの装備が質素すぎて見ていられないという、愛ある圧力に気圧される形で受け取ることになったのだ。
今身に付けている鋼の重みは主従の関係ではなく、対等な友好の証であり、これまでの孤独な戦いの中では、決して得ることの出来なかった確かな絆の象徴であった。
背中を押し出してくれた新たな仲間たちの顔を脳裏に描き、マキナは決意を込めて強く奥歯を噛み締める。
「私は『英雄』だけど……でも、仲間として同じくらい、あの人たちの居場所を守りたい。そのためなら……」
手に持っていた兜を深く被り直し、瞳に『英雄』としての揺るぎない気概を取り戻す。
「よし……頑張ろう!!」
気合を入れ直した刹那、鋭敏な魔力探知に不吉な脈動が引っ掛かり、マキナは弾かれたように勢い良く振り返った。
「強力な魔力……しかも、これは間違いなく魔族の……!!」
何故このような場所に、と思考を巡らせるよりも先に、マキナの肉体は地を蹴って走り出していた。
魔族の悲願は常に領土の拡大、人類世界の完全なる支配にある。
そのため魔族は人口の密集する拠点、即ち強固な結界に守られた王国を執拗に狙うのが常であった。
人類の魔法技術の粋を集め、座標をズラさないという制約によって成立している結界は非常に強力であり、魔法に長けた魔族であってもこれを突破するのは不可能。
国を一つ滅ぼすには魔族側も相応の軍勢を投じねばならないが、絶対的な数においては人類側に分がある。
結果として人類と魔族の戦争は膠着した拮抗状態にあり、実際の激戦地は国境から僅かに離れた荒野で行われることが通例となっていた。
魔族は人類を城壁の外へ誘い出すために、人類は魔族を居住区に近づかせないために、という双方の利害が一致するためだ。
しかし、今マキナが休息を取っていた場所は、国と国の狭間に位置する未開の境界線であり、人類にとっても魔族にとっても、戦術的なメリットが皆無な空白地帯である。
だからこそ、マキナはこんな辺鄙な場所で強大な魔力を感じ取ったことに、言いようのない寒気を感じていた。
急速に距離が縮まるにつれ、魔族の放つ魔力はより禍々しく、鮮明に感じ取れるようになる。
「(間違いない、魔族固有の不気味な魔力。それも気配からして三人ほど……)」
マキナが感知に遅れたのは、魔族の隠蔽技術に起因しており、生まれながらにして強大な魔力を有する彼らにとって、魔力の操作は呼吸をするのと同義の無意識な行為に等しい。
有事を除いて魔族は完璧に魔力を抑え込み、自らの気配を風景に溶け込ませることで、奇襲を確実に成功させる技術に長けている。
裏を返せば、マキナがこれほど強く魔力の高まりを感じたということは、標的が既に交戦状態にあることを意味していた。
最悪の事態を想定し、マキナは魔力探知を限界まで広範囲に展開させ、神経を研ぎ澄ませたその先で、微弱な複数の人間の魔力を捉えた。
「こっちは……人の魔力!? なんでこんな辺境に人影が……」
僅かな困惑が脳裏を掠めるが、直後にマキナはその正体を理解した。
「……租外の集落!!」
結界に守られる国は、安全という商品を提供する見返りに、国は国民へ法外な税を課す。
だがその負担に耐え切れず、税を納められなかった弱者は容赦なく壁の外へと追放されてしまう。
そうした追放者や、最初から国籍さえ与えられなかった者たちが結束し、自衛のために密かに築き上げた避難所が、租外の集落と呼ばれている。
集落の場所は常に秘匿され、移動を繰り返すことで魔族の手から逃れ続けているため、マキナもこの瞬間に至るまで、この近辺に人が潜んでいることを認知出来ていなかった。
「見えた!!あそこだ!!」
ようやく目視できる距離まで接近した時、不意にマキナは鋭利な殺気を感じ取り、瞬時に自身の動きを制止させた。
「【風の槍】!!」
直後、鬱蒼とした木陰から魔法による奇襲が放たれるも、寸前で感知していたマキナは、これを最小限の回避運動でかわし、そのまま攻撃を仕掛けてきた木陰目掛けて一直線に駆け出す。
狙い済ました魔法をかわされたことに驚愕しつつも、伏兵の魔族は直ぐに魔力を断絶させ、影に紛れて姿を眩まそうと試みる。
並の戦士ならばこの時点で見失い、虚空を斬ることになっただろう。それほどまでに魔族の魔力隠蔽は洗練されていた。
しかし、不運にも今回の相手は、戦場を知り尽くした『英雄』。
「逃がさない!!」
魔力探知から完全に消えた標的の行方を、マキナは研ぎ澄まされた肉体の五感で補完した。
木々を揺らす風の乱れ、不自然に空気が押し退けられた揺らぎを逃さず、獲物の逃走経路へと瞬時に方向を転換する。
魔力だけでなく音さえも消していた魔族は、物理的な移動距離までは稼げておらず、マキナが直感に従い回り込んだ先に潜んでいた魔族は、その姿を白日の下に晒された。
「ば、バカな!!何故これほど容易く見破る……!!」
魔族は狼狽しながらも反撃の魔法を練り上げようとしたが、その刹那の一拍が致命的な隙となった。
既に懐まで肉薄していたマキナは、迷うことなく全霊を込めた拳を振るい、魔族の強固な外殻を容易く粉砕して腹部を貫いた。
「ガハッ……き、貴様……まさか、あの『英雄』マキナか……」
最後まで末期の言葉を紡ぐことは叶わず、魔族の肉体は黒い粒子となって、静かに消滅していった。
「やっぱり、計画的な魔族の襲撃だったんだ……一体、何が目的でこんなところを……」
一瞬だけ深い思考に沈みかけたが、再び遠方から伝わる不穏な爆発音によって我に返ったマキナは、残された人々を救うべく再び森を駆け抜けた。
※後書きです
ども、琥珀です。
今日から新章でぇす!
お楽しみに!!
本日もお読みいただきありがとうございました。
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