62.追放
辺りに響き渡る怒声を耳にした瞬間、グラップは思わず頭を抱えたくなる衝動に駆られる。
ようやく窮地を乗り越え、極限の戦いを終えたばかりの今、本来ならばほんの僅かでも気を休める時間を得られる筈であった。
そこへ追い打ちをかけるように響いたロス国王の怒声はあまりにも最悪なタイミングだが、相手が国王である以上、マキナを始めとした一同は無言のままその場に膝を突き、頭を垂れる。
「ロス国王、ただいま国内に侵入した魔物の討伐を、無事終えました」
肉体も精神も限界に達しているはずだが、それでもマキナは一切の疲労を見せず、静かにロスへ報告を行う。
前代未聞とも言える不測の事態を、人的被害ゼロという結果で収めたその功績は、本来であれば最大級の褒賞に値する。
「ふざけるな!!」
しかしマキナへ返されたのは、労いではなく鋭い罵声だった。
「無事だと!?何が無事だ!!周りを見ろ!!ここら一帯の建物は無茶苦茶だ!!これが無事だと貴様は言うのか!!」
マキナは何も答えなかったが、その沈黙の裏で思っていることは、おそらく自分と同じだろうとグラップは感じていた。
広場にキメラが出現したあの瞬間、マキナの対応は迅速かつ的確であり、一人で三体分のヘイトを引き受けながら、最優先で負傷者の避難時間を確保していた。
その対処は完璧で、その流れを乱したのは他でもないロス自身である。
己の安全と保身、そして権威を誇示するために兵をかき集め、統率を無視した無謀な攻撃を仕掛けた結果、戦場は一気に混乱へと叩き込まれてしまった。
その影響で、本来後方で指揮を執るべき師団長二人までもが最前線へ立たざるを得なくなり、戦況は一歩間違えれば崩壊しかねないところまで悪化したのだ。
結果としては勝利に繋がったものの、それはあくまで極限までマキナ達が負担を背負ったからに過ぎない。
それにもかかわらず、自らが被害を拡大させた張本人であるという事実を、ロスは微塵も理解していなかった。
その現実に、グラップはもちろん、この戦いを生き抜いた兵士たちの胸にも、抑えきれない憤りが静かに積み上がっていく。
「……私の力が及ばず申し訳ございません。しかし、今回は不測の事態で……」
「不測の事態!?お前が招いた悲劇だろう!!」
その発言に、その場にいた全員が一瞬言葉を失い、何を言われたのか理解が追いつかず耳を疑う。
民に怪我を負わせぬよう立ち回りながら、魔物出現の原因を突き止め、そして自らは満身創痍になりながらも被害を最小限に抑え切った。
その姿は、誰の目から見ても『英雄』と呼ぶに相応しいものでありながら、ロスはその一連の行動をすべて悲劇と断じ、その責をマキナ一人へ押し付けた。
「ロス国王、それは……!!」
あまりにも度を越している、その言葉は最後まで紡がれることなく、すぐ傍にいたマキナによって静かに遮られる。
グラップを庇ったのか、それとも言葉を重ねても無意味だと判断したのか、その真意は読み取れない。
「ロス国王のお怒りはごもっともです。いかなる処分も受け入れます」
マキナは一切声色を変えることなく、感情を押し殺したまま淡々とそう言い切ると、そのあまりに静かな態度が癇に障ったのか、ロス国王の顔はさらに紅潮し、怒りを露わにしていく。
「今直ぐこの国から出て行け!!この疫病神め!!暫く立ち入ることは許さん!!」
「……はっ」
誰も言葉を発しないが、その場にいる全員がロス国王のあまりに理不尽な決定を受け止めきれず絶句し、ただ重苦しい沈黙だけが下りた。
「(これが……こんなことが許されるのか!!死力を尽くして戦った者への敬意は無いのか!!『英雄』とは一体なんなのだ!!)」
グラップのみならず、ガイル、シェリー、そしてその場にいた兵士たちの肩が怒りに震え、押し殺した感情が今にも溢れ出しそうになる。
だが当の本人であるマキナがそれを受け入れている以上、誰一人として声を上げることは出来なかった。
ここで軽々しく言葉を発すれば、かえってマキナの立場をさらに悪化させる、それを全員が理解していたからである。
「直ちにここを去れ!!これ以上の滞在は許さん!!」
「しかしロス国王。再び魔物が現れる万が一の可能性もあります。せめて明日の朝まで……」
「黙れ!!そうやって時間を稼がれて、何をされるか分かったものではないわ!!そんなもの、兵士達だけで十分だ!!」
まさに火に油であり、どれだけ言葉を尽くしても無駄だと悟り、マキナはわずかに声量を落としながら「承知しました」と短く応じた。
⚫︎⚫︎⚫︎
数時間ほどが過ぎ、マキナはエルゼルク王国の城門の前に立っていた。
魔族との戦いを終えてこの国へ訪れた時に沸き起こった歓声は影も形もない。
その代わりにグラップ、ガイル、シェリー、そして共に戦った兵団の面々が静かに見送りへと集まっている。
しかしその表情はどれも沈みきっており、誰一人としてこの不当な扱いに納得していないことが、言葉にせずとも伝わってくる。
その重苦しい空気を感じ取ったのか、マキナは新調された防具と兜を身につけたまま、静かに口を開いた。
「私のことで皆さんの気分を悪くしてしまって、申し訳ありません」
「そんな……マキナ様が謝られることでは決してありませんわ!!」
まさか謝罪の言葉が出てくるとは思っていなかったのだろう、シェリーは慌てて一歩前へ出てそれを強く否定する。
その真っ直ぐな優しさにマキナは小さく頷くと、重苦しい空気を切り替えるように静かに言葉を続けた。
「種は全て回収して破壊したと聞いていますが、万が一の可能性もあります。暫くは警備を強化してください」
「任せてくださいよ。両兵団と衛兵にも協力を仰いで、万全を期しておきます」
今度はガイルが力強く応じ、その言葉にマキナはわずかに安堵したように頷いた。
「マキナ様……これからどちらへ?」
グラップが問いかけると、マキナは城門の外へ視線を向けたまま答える。
「元々私は一つの国に留まる訳ではないので。ここを離れたら、また別の国で脅威となっている魔族との戦いに身を投じるだけです」
あまりにも過酷なその言葉に、グラップ達は思わず言葉を失い、揃って視線を落とす。
それに気付きながらも、マキナは言葉を続けた。
「ただそれとは別に、もう一つ気がかりなことがあります」
「気がかりなこと、ですの?」
シェリーが問い返すと、マキナは小さく頷く。
「今回の騒動、原因は種でしたが、そもそもその種がどこから運ばれてきたのか、その点が気になっています」
その指摘に、一同は顔を見合わせながら静かに納得する。
「ここ数日、小さな違和感はいくつかありました。国内で感じた魔族の魔力、幼い子どもが持っていた不釣り合いな魔道具、そして魔物が植え込まれた出自不明の種……それらが短期間に集中して起きています」
「何か、大きな事態が蠢いていると?」
グラップの言葉に、マキナはゆっくりと首を横に振る。
「それはまだ分かりません。ただ、偶然で片付けるには違和感が残りすぎている、そう感じています」
その言葉に、一同は静かに頷いた。
「何かが起きているにせよ、それを調べるには一つの国に留まっていては限界があります。だから各地を回りながら調査したい、もし防げるなら未然に防ぎたいと考えています」
これほどの理不尽に晒されながら、それでもなお人々のために動こうとするその姿勢に、グラップ達は改めて『英雄』と呼ばれる理由を実感する。
「そうだ、シェリーさん。種が運び込まれた経緯ですが、私の推測では資材を運ぶ商人が関わっている可能性が高いと思っています」
マキナは『グラウム・ビースト』との戦闘直前に思い至った仮説を、静かにシェリーへ伝える。
「国を覆う結界は正常に機能していました、つまり魔族が直接侵入した形跡はありません。だから魔族は侵入を諦め、商人に何らかの魔法をかけて、あの種を国内へ運ばせたのではないかと考えています」
「なるほど……その商人たちを調べれば、魔法の痕跡から出所を辿れるかもしれない、ということですわね」
意図を正確に汲み取ったシェリーの言葉に、マキナは静かに頷いた。
「私はこのまま外の調査を行います。ですのでシェリーさんと皆さんには、国内で不審な点の洗い出しをお願いしたいのです。引き受けていただけますか」
その言葉に、グラップ達は迷うことなく力強く頷くと、それを見たマキナは、兜の奥でわずかに表情を緩め、小さく微笑んだようだった。
「それでは、そろそろ行きます。皆さん、お元気で」
最低限にまとめられた荷物を手に取り、マキナは振り返ることなくゆっくりと城門の外へ歩き出す。
「『英雄』マキナ様に敬意を表し、全員敬礼!!!!」
グラップの号令が響いた瞬間、その場にいた全員が一斉にマキナへ向けて敬礼を捧げる。
予想していなかったのだろう、マキナはわずかに戸惑いながらも手を振って応え、そのまま静かにその場を後にした。
「全員、この恩を忘れてはならんぞ。今度は我々の手で、この国を守るのだ」
敬礼の姿勢を崩さぬまま呟かれたグラップの言葉に、誰もが強く頷き、その決意を胸に刻んだ。
⚫︎⚫︎⚫︎
「魔物を孵化させる種を国の内部に運び込む……なかなか手の込んだ真似をするようになりましたね」
城門を潜り抜け、静かにエルゼルク王国を去っていくマキナの背を、アークルは王宮から冷徹な眼差しで見下ろしていた。
「人間も随分と魔法に長けるようにはなりましたが、それでも魔族の魔法技術はまだ遥か高みにありますね」
親指と人差し指で覗き穴のような輪を作っていた手を解き、彼女は誰に聞かせるでもなく独り言を呟く。
「しかし、今のマキナの状態は概ね見極めることが出来ました。結果として良い実験台にはなりましたか」
満足げに目を細めて踵を返すと、立ち入ることを禁じられた私室で、贅を尽くし耽溺するロス国王の方へと優雅に歩き始める。
「ですがまだ物足りない……もっと強くなっていただかなくては、私の悲願は果たせませんので。期待していますよ、マキナ」
その艶やかな口元には不敵な、しかしどこか幼い遊びを楽しんでいるような酷薄な笑みを浮かべていた。
「それまではまぁ……私ももう少し、あの国王で遊んでいることにしましょうか」
光の差さない、どこまでも深い静寂に包まれた廊下へと進み、その影は底知れぬ闇の中へと吸い込まれるように消えていった。
※後書きです
ども、琥珀です。
キメラ編が無事に終わり、間も無く新展開になりますが……ちょっと燃え尽き気味……
執筆の筆を止めないように頑張ります……
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は水曜日の朝7時を予定しておりますので宜しくお願いします。
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