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リヴァイス・リヴァイバル〜果てなき世界の調律録〜  作者: 琥珀
第1章 『The Maiden's Requiem』
56/62

55.対キメラ⑰

 『ヴェノム・ストーカー』の裂けた口元へと、体内の全質量が急速に凝縮されていく。


 逃げ場を失った致死の猛毒が局所的な超高圧を生み出し、それに耐えきれなくなった半固体の輪郭が細かく、激しく震え始めた。


 空間が熱と圧力で蜃気楼のように歪んでいく中、その直後に放たれたのは、無秩序な濁流でも散漫な飛沫でもない。


 大気を超音速で焼き裂きながら戦場を横断したのは、視神経が捉えきれぬほどに鋭利な、一筋の『紫線』。


 超高圧で極限まで圧縮された毒液は、もはや液体の挙動を完全に捨て去り、超高密度の質量体へと成ったレーザーとして一直線に射出される。


 空気を切り裂きながら奔るその軌跡が放たれた瞬間、周囲の酸素が激しい摩擦によってチリチリと高周波の悲鳴を上げた。


 そして数拍遅れて、空間そのものを爆ぜさせるような重厚な衝撃の余波が、嵐のように戦場全体へと波及した。



「ッ……!?」



 これまでの紙一重の回避では間に合わない───脳がそう判断を下すよりも早く、マキナの野性的な生存本能が全身の細胞に対して即時の退避を命じていた。


 反射的に身体強化魔法を起動し、限界まで励起された全身の筋肉が爆発的な出力を生み出す。


 足元の分厚い石畳を粉砕してマキナが全力で横へと跳躍した刹那、紫の閃光が彼女の残像すら焼き尽くすような理不尽な速度で、そのすぐ側を掠めていった。


 強烈な熱波と毒の風が頬を焼き、『ヴェノム・ストーカー』が放った高圧のウォーターカッターが、頑強な地面を容易く削り取りながら一直線に走り抜ける。


 その勢いは一切衰えることなく、背後にそびえ立つ巨大な石造建造物へと到達した。


 マキナが激しい体勢移動から着地し、荒い呼吸の中で鼻腔を突く焦げた臭いを感じて振り返ると、先程まで自分が立っていた場所には、底の見えぬほど深く細い裂け目が、地面に水平に刻み込まれていた。


 その断層は人間が研ぎ澄ませた名刀でも不可能なほどに滑らかで、まるで極薄の刃物で世界を切り取ったかのように、美しく整然としている。


 さらに背後へと視線を巡らせると、そこに建つ分厚い防壁を備えた建物が、一瞬の静寂の中でただ不気味に静止していた。


 だが次の瞬間、ミシッ!という鈍く重い破砕音が、静まり返った広場に響き渡る。


 一筋の線によって完璧に水平分断された上部構造が、自らの重さと重力という不変の支配から逃れられず、ズレるようにしてゆっくりと傾き始めた。


 やがて、巨木が倒れるような嫌な軋みを周囲に響かせながら、堅牢な建物は轟音と共に無惨に崩れ落ちていく。


 切断線から噴き出した紫色の不浄な水飛沫が霧となって空中へ舞い散り、崩れゆく瓦礫の白煙と混ざり合う。


 その光景は、まるで建造物そのものが致命的な傷を負い、暗紫色の中枢液をドロリと流して絶命したかのような、悍ましいものであった。



「……これが直撃したら、流石にヤバいかな。回復しようにも、肉体を蒸発させられちゃいそう」



 久々に背筋の芯を這い上がってくる冷たい悪寒を覚え、マキナは額から頬を伝い落ちる冷や汗を、震える指先で拭った。


 掠っただけの熱風でさえ肌がヒリヒリと焼けるように痛み、一撃で命を刈り取るその威力は、彼女がこれまで対峙してきた魔物の中でも、間違いなく最上位の殺傷能力を有している。


 マキナはゆっくりと低い重心を保ったまま立ち上がり、後方の安全圏で固唾を呑んで待機しているグラップとシェリーへ、短い、しかし重みのある目配せを送った。


 マキナの鋭い視線を受け止めた二人も、今の攻撃が示した理外の破壊力に言葉を完全に失いつつ、青ざめた表情のまま静かに深く頷き返す。


 その沈黙による肯定は、マキナが先程の攻防の最中に網膜へ焼き付けたある確信を、勝利への絶対的な材料へと昇華させるには十分な反応であった。



「(見間違いじゃない。間違いなく『ヴェノム・ストーカー』の身体の中に微細な気泡が発生してた。私の立てた仮説は、十中八九外れてない)」



 暗闇の中で模索していた可能性の断片が、死線を越える実戦という名の証明を経て、明確な勝機という名の確信へと結実していく。


 それと同時に、マキナの脳内で霧がかっていた勝利への方程式が、急速に具体的で冷徹な形を帯び始めた。



「(でも、内部に気泡が表れたのとほぼ同時に、『ヴェノム・ストーカー』はあの放射攻撃を仕掛けてきた。ということは、あの攻撃は単なる考えなしに放たれた訳じゃなくて、『ヴェノム・ストーカー』自身の弱点、内部に生じた気泡を強制的に外部へ排出するためのリアクションでもあるってことだよね)」



 激しく、痛いほどに打ち鳴らされていた心臓の鼓動を、意識的な深呼吸によって無理やり戦闘の一定のリズムへと同調させる。


 マキナは冷静に現状のデータを解体していき、目前の脅威にただ怯えるのではなく、それを攻略すべき数式やデータの集合体として切り分ける思考をたてていく。


 それこそが、幼き日から独りで世界と対峙し、常に勝利を義務付けられてきた彼女の戦い方であった。



「(だとしたら、私が取るべき手順はもう一つ増える。さっきと同じように、もっと激しく奴を揺さぶって内部に気泡を蓄積させつつ……あの毒を吐き出すパージ攻撃の予備動作そのものを、物理的に、強引に遮断しなきゃいけない)」



 マキナは、自身の指の関節が白く浮き上がるほど、両の拳をぎゅっと力強く握りしめた。


 そして再び、濁った殺意の霧を撒き散らす『ヴェノム・ストーカー』へと、剃刀のように鋭く研ぎ澄まされた視線を向ける。



「(でも、私の物理攻撃は奴のスライム状の肉体に対して、そのままじゃ致命打にならない。ましてや、あの超高圧の放射を真正面から抑え込むなんて、一回や二回ならいざ知らず、何度も繰り返せるような芸当じゃない)」



 ここまでの過酷な戦闘経過、鉛のように重くのしかかる疲労の蓄積を思い返し、マキナは静かに瞼を閉じた。


 瞼の裏の暗闇の中で、戦場を三次元的に再構築し、自身の動線を何度も、何度も、高速でなぞり直す。


 跳躍の放物線、回避のミリ単位のタイミング、接近の角度、衝撃を打ち込むべき深度。


 幾多ものシミュレーションを脳内で高速に組み替え、生存率の低い、あるいは不確実な選択肢を冷静に削ぎ落としていく。


 そして、再びその瞳を開いた時。そこには、わずかに自嘲気味な、あるいは運命への諦めにも似た色が浮かんでいた。



「(やっぱり……普通の方法じゃ対処し切れないかな。もうちょっと、なりふり構わず、本気で身を切り刻む覚悟で挑まないと……あのコアを破壊することはできない)」



 肺の底に溜まった灼熱の熱を吐き出すように、マキナは小さく、しかし重い溜息を漏らす。


 最強の『英雄』としてではなく、一人の等身大の少女として胸の奥に湧き上がる「痛いのは、やっぱり嫌だな」という恐怖と嫌悪感。


 それをゆっくりと、しかし確実に咀嚼して飲み込むと、マキナは脚の筋肉を締め直し、再び不退転の構えを取った。


 先程までの僅かな迷いは、今この瞬間の呼気と共に完全に払拭されている。


 前を向いた黄金の瞳には、一切の慈悲や恐れを排した、冷徹な勝利の決意だけが宿っていた。



「(怯んでなんかいられない。もしここで私が膝を折れば、エルゼルク王国は消える……そんなこと絶対にさせない)」



 わずかに乱れていた呼吸が、凪いだ海のように完全に静まり、血流も、心拍も、すべてが魔物を討ち滅ぼすための最高効率の戦闘モードへと固定されていく。


 覚悟が血の通った鉄の決意として定まるにつれ、マキナの意識は周囲の時間の流れさえ緩やかに感じるほど、鋭利に研ぎ澄まされていった。



「(私は……この国を、皆を護る『英雄』なんだから!!)」



 次の瞬間、マキナは爆発的な衝撃で足元の石畳をすり鉢状に粉砕して地面を蹴った。


 弾丸、あるいは一筋の雷光のごとき速度で『ヴェノム・ストーカー』との間合いを削り、一切の躊躇なく死地へと一気に詰め寄る。

※本日の後書きはお休みさせていただきます


来週は週5日更新です!


本日もお読みいただきありがとうございました。

次回の更新は来週月曜日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。

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