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リヴァイス・リヴァイバル〜果てなき世界の調律録〜  作者: 琥珀
第1章 『The Maiden's Requiem』
53/62

52.対キメラ⑭

 その声を耳にした瞬間、グラップは胸の奥を突き上げるような安堵を覚えるも、すぐにその感情は自己嫌悪へと変質する。


 人類の『英雄』マキナの到着は、戦況においてこれ以上ない福音だが、同時に心のどこかで彼女が来ることを当てにしていたことを自覚してしまったからだ。


 振り返った視線の先には、確かにマキナが立っていた。


 外見上の致命傷は見当たらないが、変異体との連戦を経て、彼女が再び即死級の負傷をその身に受けたことを、グラップは直ぐに見抜いた。


 その痛ましさに胸が締め付けられも、不可解なことに、マキナの足取りは以前よりもどこか軽やかであることに気がつく。


 『ボルム』との死闘で見せていた、魂を削るような重苦しい悲壮感は、今の彼女からは感じられない。



「遅くなりました、グラップさん。現在の情報をいただけますか?」



 眼前では、半固体の巨躯を揺らす『ヴェノム・ストーカー』が荒れ狂い、不気味な紫色の毒霧が空間を侵食し続けている。


 その惨状を一瞥しただけで事態の核心を突きながらも、マキナは努めて冷静に二人へ状況共有を求めた。


 『英雄』を前に、掛けるべき言葉を失っていたシェリーだったが、グラップからの促しを受けて短く頷く。


 彼女は簡潔に自己の身分を明かした上で、現在把握している脅威の性質を、漏れなくマキナへと伝えた。



「……なるほど。最大の問題は、広域に漂う高濃度の毒素。そして毒を浴びた兵の治療にリソースを割かれ、攻撃が後手に回っていることですね」



 シェリーの説明が的確だったこともあろうが、それ以上にマキナの分析速度が異様であり、わずか数秒の静寂の後、膨大な情報を瞬時に整理したマキナは次の問いを投げかける。



「『ヴェノム・ストーカー』の『コア』の位置は、特定してますか?」

「ええ。胴体の中央……最も深部にあることを確認していますわ」



 シェリーの回答を受け、マキナは視線を『ヴェノム・ストーカー』へ向けると、紫濁したスライム状の体組織の深奥に、球体が僅かに透けて見える。


 魔物を屠る手段は、肉体を構成している『コア』を破壊するか、再生を上回る過剰な損傷を与えるかの二択になる。


 しかし、『ヴェノム・ストーカー』のスライムの肉体がその選択肢を絞ってしまう。



「『ヴェノム・ストーカー』を討伐するには、『コア』を破壊する以外にありませんわ。ですが、あのボディの体質のせいで物理攻撃は届かず、魔法もこの毒素が魔力系統を乱すせいで威力を減衰させられてしまう……現状、私共には打つ手がございませんの」



 先程まで気丈に戦線を支えていたシェリーであったが、絶望的な現状を改めて言語化することで、その声には隠しきれない無念が滲んでいた。


 勝機が見えているのに、手が届かない。

 倒す手立てはあるのに、環境に封じられている。

 そのもどかしさが、震える言葉の端々に表れていた。


 対してマキナは、報告を受け取った後も沈黙を保ち、その鋭い眼差しは、ただ静かに冷徹に、『ヴェノム・ストーカー』の挙動を追っている。


 敵の粘性、拡散する毒霧の指向性、流動する核の軌道、それらすべてを網膜に焼き付けながら、彼女は攻略の糸口を頭の中で組み立てていた。


 シェリーが耐えかねて声を掛けようとした瞬間、グラップが静かに手を挙げて彼女を制する。



「……毒、半固体の体質、浸透速度、そして毒の変質周期は……」



 やがて、マキナの唇から思考の断片が小さな呟きとなって漏れ始めるも、その視線は標的から一瞬たりとも逸らされない。


 その凄まじい集中力に伴い、マキナの周囲には『英雄』と呼ばれる者に特有の、肌を刺すような圧が静かに滲み出ており、部外者が声を差し挟む余地など微塵も存在しない。


 やがて情報の統合を終えたのか、マキナは静かに二人の方へと振り返った。



「討伐する手段はあります。ただ、それが真に確実な方法かどうかを断定するには、もう少し実地での情報が必要です」

「情報……ですが、この状況でこれ以上の解析は……」

「解っています」



 シェリーの懸念を途中で受け止め、マキナは淡々とした声で続けた。



「ですから、ここから先は私一人が『ヴェノム・ストーカー』と対峙します」

「なっ!?」

「……えっ!?」



 マキナの言葉に、当然二人の表情が驚愕に凍りつく。



「マキナ様!! 貴方はまた何もかもを独りで……!」

「グラップさん、落ち着いて下さい。今回は少し事情が異なります」



 彼女がまた、過酷な宿命をすべて独りで背負い込もうとしているのだと危惧し、これまでの彼女の自己犠牲的な戦いを知るグラップは、思わず声を荒げる。


 だがマキナは、その懸念を遮るように穏やかな語気で言葉を挟んだ。



「現状、戦力となる人数を増やしても、この毒霧の中では『ヴェノム・ストーカー』の動きを抑え込めていません。このまま戦線を維持すれば、遠からず誰かが致死量の毒を直接浴び、被害は際限なく拡大します」

「それは……むぅ……」



 戦術的な正論を前にグラップは唸り、言葉を飲み込むしか出来ない。



「加えて、シェリーさんの魔力も無限ではありません。兵の皆さんを護るために広域で毒の中和を続けるのは、あまりに効率が悪すぎます」



 続く説明もまた、シェリーにも反論の余地がないほどに合理的であった。



「私の考えている攻略法を遂行するためには、あの標的を相手に完全な独力で立ち回れるだけの実力が必要です」

「……」

「それと同時に、確信を得るための観察時間が欲しい。中和の対象を私一人に限定してもらえれば、シェリーさんの魔力にも劇的な余裕が生まれるはず……違いますか?」



 要点を冷徹に整理し、静かに問いかけると、二人は最後まで否定の言葉を見つけることが出来ず、結局、その無謀にも見える提案を託すしかなかった。


 合意を確認したのち、マキナは二人に顔を寄せ、作戦の概要を手短に伝達を始める。


 二人は説明の要所で驚愕の表情を浮かべたが、マキナが導き出した論理を聞くにつれ、やがて深く納得したように頷いた。



「……信じられませんわ。どうして、これほど単純な事理に気付きませんでしたの……魔導士としての失態ですわ」

「……いや、君は毒の解析と治療を同時にこなしていたのだ。気付くべきは、周囲にいた我々の方であった」



 内容もさることながら、二人はマキナが瞬時に見抜いた攻略法に思い至らなかった己の不甲斐なさを、激しく悔いていた。



「反省は事後に。今は対処を優先しましょう」



 短く言い捨てて二人を現実へ引き戻すと、マキナは改めて最終確認の視線を送った。



「グラップさん、私の準備が整ったら合図を出します。それと同時に、残存している兵団の皆さんを後退させてください」

「……了解しました。マキナ様、どうかご無事で」



 断腸の思いで、グラップは力強く頷いた。



「シェリーさんは撤退した負傷者の中和を進めつつ、私一点への毒の遮断をお願いします」

「承りましたわ……絶対に、死なせないように努めます」



 シェリーの覚悟を聞き届けた後、マキナは『ヴェノム・ストーカー』の方へと身体を向けた。


 その視線は既に標的にのみ向けられており、意識は完全に戦闘状態へと切り替わっている。



「私も注意深く観察しますが、不測の事態を見逃す可能性はあります。お二人と兵団の皆さんも、それぞれの位置から奴の挙動を監視しておいて下さい」

「伝えておきますわ」



 シェリーの返答を背中で受け、マキナは全神経を『ヴェノム・ストーカー』へと収束させ、呼吸が深く、静かに整い、周囲の雑音が遠のいていく。



「……行きます!!」



 マキナが一気に弾丸の如く跳躍するのと同時に、グラップは懐の笛を取り出し、鋭く吹き鳴らした。


 空気を通る高らかな音色は撤退の号令であり、『ヴェノム・ストーカー』の周囲にいた兵たちは、統制を保ったまま一斉に後方へと下がり始めた。


 それと交差するように、マキナは撤退する兵の間を縫うようにして急接近し、そのまま標的との間合いを詰めた。



「(この巨躯をそのまま殴りつけても、腐食のダメージを負うのは私。なら、まずは……)」



 マキナは接触する直前、自らの拳で足元の地面を全力で殴りつけた。


 鈍い衝撃と共に大地が砕け、等身ほどの巨大な岩の破片が跳ね上がり、それを空中で掴み上げると、間髪入れず『ヴェノム・ストーカー』の顔面へと投擲した。



【ジャアアアァァァァァ!!!!】



 頭部に直撃した岩塊は、接触した端から強酸に溶かされて霧散したが、『ヴェノム・ストーカー』の頭部も同様に、大量の不浄な毒液を撒き散らしながら爆ぜ飛んだ。


 しかし程なくして、飛び散った飛沫は磁石に引かれるように集まり、元のスライム状の体躯を何事もなかったかのように修復してしまう。



「(直接のダメージは皆無。やっぱり物理的な破壊だけじゃ意味はないか……とことん、私とは相性が悪いね)」



 破片を投げ放った手を軽く振りながら、マキナはじっと『ヴェノム・ストーカー』を見据え、戦いの中にあってもなお、対象を冷静に解剖しようとしていた。



「(今の衝撃で不快そうな雄叫びは上げた……気持ちは、なんとなく分かる。肉体が再生する感覚って、()()()()()()だもんね)」



 通常なら誰にも理解できないであろう魔物の苦痛を、マキナは自身が繰り返してきた絶望的な再生の体験に重ね、静かに共感した。



【ジィアアアァァァ!!】

「(よし、敵意は私に固定された。ここからは、持久力勝負)」



 圧倒的な破壊力を誇るマキナの場合、周囲の被害を最小限に抑えなくてはならない状況下では、戦い方は自ずと限定される。


 その中で彼女が徹底しているのは、敵の憎悪を自分一点に集めることにあり、『ボルム』、『グラウムビースト』、そして『スカイ・ブラー』と、どの戦場においても、マキナはまず魔物のヘイトを自分へ向けさせることを最優先としてきた。


 無論、それは他者を逃がすためであるが、同時に彼女がその真価を発揮するにあたって、余計な懸念材料を排除するためでもあった。


 今回の戦術もその延長線上にあり、周囲の兵を完全に排除し、標的を自身にのみ釘付けにさせることで、周囲の損害を顧みずに戦闘に没入できるようになる。


 その狙い通り、今、マキナは『ヴェノム・ストーカー』との純粋な一騎打ちの状況を創り出しており、それは即ち、マキナが最も力を発揮できる舞台が整ったことを意味していた。


 『英雄』マキナの放つ、魂を射抜くような鋭利な圧が、静かに、しかし確実に『ヴェノム・ストーカー』の核心へと向けられる。

※後書きです



ども、琥珀です。


今週は週三日更新です。

いや、ストックが切れたとかではなく、流れ的に来週週五日更新の方がまとめやすくゴニョゴニョ……


毎日更新出来たら良いな、も常々思っております……


本日もお読みいただきありがとうございました。

次回の更新は明後日水曜日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。


評価やブックマーク登録、リアクションも大変励みになります。


もし面白い!面白そう!と思っていただけたら是非宜しくお願いします!

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