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リヴァイス・リヴァイバル〜果てなき世界の調律録〜  作者: 琥珀
第1章 『The Maiden's Requiem』
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47.対キメラ⑨

「お待たせいたしました。訓練兵長よりマキナ様の援護を仰せつかりました、ミアリー・ジュールです」



 合流報告を済ませながら小走りで近寄ってきたのは、独特な空気感を纏った少女であった。


 初対面でどこか自信のなさを滲ませていたシモンとは対照的に、ミアリーというこの少女は、驚くほどに表情筋が動かない。


 無感動、あるいは無表情。良く言えばこの極限の戦場においても、己の自然体を一切崩さない強靭な胆力を持っているように見えた。



「ありがとうございます、助かります。ミアリーさん、これから貴女にはあのキメラ、『スカイ・ブラー』の討伐を手伝っていただきます」

「はい、全力を尽くします」



 発せられる言葉に一切の抑揚がないため、気を抜くとどこか脱力してしまいそうになるのを堪えつつ、マキナは周囲の戦況を再整理する。


 先ほどまでの兵団を挙げた集団戦とは異なり、今はマキナとミアリーの二人きり。絶望的な数的不利にも関わらず、ミアリーの瞳に恐怖の影はない。


 わずかな緊張感と、不思議なほどの落ち着きが、今のマキナには何よりも頼もしく感じられた。



「それでマキナ様。私は一体何をすればよろしいのでしょうか」

「そうですね、まずは……」



 具体的な役割を告げようとしたその瞬間、ミアリーの視界が不意に浮き上がり、身体がふわりと宙を舞った。


 自分がマキナの強靭な腕に抱きかかえられているのだと理解するまでに数秒、さらにそれが上空からの『スカイ・ブラー』による奇襲を回避するための咄嗟の行動だったと気づくまでに、もう数秒を要した。


 奇襲攻撃を紙一重でかわして着地したマキナは、静かにミアリーを地面へと下ろす。



【キ゛イ゛イ゛イ゛イ゛……ッ!】



 擬態による絶対的な奇襲を完全に見切られたことに苛立ったのか、『スカイ・ブラー』は低く不気味な唸り声を上げ、マキナへの警戒を一段と強めていた。


 一方、あまりに一瞬の出来事に呆然としていたミアリーは、はっと我に返り、自身の心臓の鼓動を抑えるようにおそるおそる問いかけた。



「僭越ながら、マキナ様……今の、姿の見えぬ奇襲はどのようにして見破り、回避されたのですか?」

「『スカイ・ブラー』の透過、擬態能力は、自身の存在そのものを消し去っているわけでなく、視覚的に限りなく透明に見せかけているだけです」



 その『シェイド・リザード』の特徴は、訓練教本の基礎知識として何度も叩き込まれてきた内容だが、理屈で理解していることと、実戦でそれを見破ることは、全くの別次元の話である。



「……つまり、理論だけでは説明のつかない方法で、捉えていると?」

「姿は完璧に消せても気配までは消せません。移動に伴う空気の乱れ、周囲の保護色が僅かに歪む瞬間の違和感、音、そして微かな匂い。それらを全身の五感で捉えれば、対処は十分に可能です」



 ───普通、そんな芸当は出来ません。


 喉元まで出かかった常識的な突っ込みを必死に飲み込み、ミアリーは「『英雄』マキナだからこそ可能なのだ」と自分に言い聞かせ、無理やり納得することにした。



「ですが、そこまで正確に敵の動向を掴めているのであれば……私など、不要だったのでは?」

「いえ、捕捉するだけでは足りません。そこから先の問題を解決するために、貴女の力が不可欠なのです」



 自嘲気味に投げかけられたミアリーの疑問を、マキナは迷いなく、力強い声で言い切った。


 そのただ「必要とされている」という事実だけが静かに、しかし確かにミアリーの魂に伝播し、その一言だけで熱が灯った。



「先ほどの話の続きですが、回避に徹するだけなら私一人でも問題はありません。しかし『スカイ・ブラー』は機動力の高い飛行能力を持っています。今の私では、空高く逃げ回る相手に致命打を与えることが出来ません」



 マキナの説明に、ミアリーは小さく頷く。


 相手は空を自在に舞う姿なき暗殺者であり、対してマキナの戦い方は肉弾戦特化のため、攻撃を届かせること自体が極めて困難である。



「……では、マキナ様が囮となって敵を引き付け、その隙に私が魔法で撃ち抜く、ということでしょうか」

「いいえ、残念ながらそれはあまり得策ではありません」



 提示された作戦をマキナは静かに、しかし明確に否定した。



「魔法の発動には僅かな遅延が生じますよね。『スカイ・ブラー』に魔法を命中させるには、距離と出現位置を狂いなく予測した上で、極めて迅速な多重発動が必要となります。貴女に、それが出来ますか?」



 理由を聞いた瞬間、ミアリーは言葉もなく、ただ力なく首を横に振った。


 ミアリーはシモンと同じ二級魔法使い、専門系統は『ソーサラー』であり、攻撃と防御の魔法を専門としている。


 その彼女をもってしても、空中の不規則な標的を正確に撃ち抜くことは至難の業であり、それが、『スカイ・ブラー』の恐ろしさを物語っていた。



「では……一体なぜ私をお呼びに?」

「それは……」



 マキナが理由を語ろうとした瞬間、彼女の野性的な直感が再び猛烈な警鐘を鳴らし、次の刹那、彼女は迷いなく大地を蹴って跳び、傍らのミアリーを抱きかかえたまま座標を離脱した。


 直後、二人が一瞬前まで立っていた石畳が爆ぜ、轟音と共に巨大な砂塵が吹き上がる。


 舞い散る土煙の中心、そこには陽炎のように輪郭だけを揺らめかせた『スカイ・ブラー』の巨躯が、殺意を露わに佇んでいた。



「ミアリーさん。貴女にやっていただきたいことは二つです」



 標的から一秒たりとも視線を外さぬまま、マキナはミアリーを抱きかかえた低い姿勢のまま、その耳元で告げた。



「一つは『スカイ・ブラー』の移動経路を限定し、その回避行動を抑制すること。そしてもう一つは、奴の動きを一瞬完全に止める、つまり決定的な隙を作ることです」

「……そこまでの高精度な制御、今の私には……」



 それまで言葉に抑揚の無かったミアリーが初めて不安と弱音を吐き出し始めた。


 しかしマキナは静かに「大丈夫です、貴女なら出来る」と囁くと、そのまま顔を寄せ、耳元で秘策を簡潔に伝達する。


 やがて安全圏に着地し、腕の中にいたミアリーへと視線を落とす。



「……以上が作戦の全容ですが。ミアリーさん、どうされましたか?顔色が……」



 ミアリーは腕の中で両手で顔を覆い、指の隙間から覗く頬を、熟した果実のように朱に染めていた。



「……いえ。マキナ様のお声は、非常に心地よく耳に響きますね……至近距離でのその吐息は、最早毒です……」

「えぇ……」



 どうやら、予想外の角度から褒められているらしく、悪い気はしないが、戦場の只中でこれほどの情緒を抱ける彼女は、やはりどこか天然だと、マキナはそう思わずにはいられなかった。


 小さく息を整えてミアリーを地面へと降ろし、改めて眼差しを強く問いかける。



「……コホン、今はそのような事を言ってる場合じゃありません。出来ますか?出来ませんか?」



 その真剣な声音に射抜かれ、ミアリーははっと我に返った。



「……失礼いたしました。理論上は可能です。ただ、実行には術式の微調整と周囲の環境の試行が必要です。少しだけお時間を頂けますか」

「具体的に、どのくらい必要ですか?」



 問われた瞬間、ミアリーの瞳から一切の温度が消え、頬の熱は瞬時に霧散し、視線は『スカイ・ブラー』が潜伏しているであろう空間へと釘付けにしたように鋭く固定される。



「……三分。三分だけ頂ければ、すべての調整を終えます」



 先ほどまで甘い声に酔い痴れていた少女と同一人物とは思えぬ、極限の集中力。


 彼女の視線は、すでに目に見えぬ敵の軌道と、空間に生じる微細な歪みを冷徹に追い始めている。


 無感情のように思えた瞳には氷のような冴えが加わり、さらに瞳のハイライトが消失、ミアリーの身体を中心に重厚な魔力のプレッシャーが漂い始めた。


 この劇的な変化を目の当たりにしても、マキナは自分が思ったほど驚いていないことに気づく。


 本来、独りで戦い続けてきた彼女にとって、未知の魔法使いが発揮する才能はもっと強い衝撃を伴うはずだった。


 だが、胸の内にあるのは、静かな納得だけであった。



「(ディジー……)」



 脳裏に浮かんだのは、プロディジー・マエストロと名乗った天才と自称する女性。


 彼女の直接的な戦闘そのものは目撃していないが、あの日、国土全土を覆う結界を一人で掌握してみせたあの圧倒的な魔力制御の光景。


 その記憶は今もなお、マキナに深く消えぬ衝撃として刻まれている。


 あの神域の才能を知ってしまったがゆえに、目の前のミアリーが示す「才」に対しても、過度な驚愕を抱かずに済んでいるのだろう。


 それでも、ミアリー・ジュールがこの場において優秀な魔法使いであることは、疑いようのない事実ではある。



「分かりました。ではその三分間、私がすべての注意を引き付けます」



 マキナは静かに言い、手首を軽く振って全身の無駄な力を抜いた後、再び拳を力強く握り締め、空を不気味に舞う『スカイ・ブラー』を鋭く捉えた。


 ミアリーはすでに意識のすべてを、魔力という濁流の調整へと沈めており、マキナもまた全神経を敵へと研ぎ澄ませる。



「(この戦いの後には、最も相性の悪い『ヴェノム・ストーカー』が控えてる。ここで無駄な消耗はしてられない)」



 深く息を吸い、肺の隅々まで酸素を行き渡らせて整え、闘志を一点の針へと収束させる。



「(ミアリーさんの準備が整うまでは、見極めに徹する。そして、合図が響いたら一撃ですべてを沈める)」



 揺れていたマキナの魔力が静まり、その圧が研ぎ澄まされた刃となって空気を断つ。



「いつでもどうぞ。準備はできています」



 黄金の輝きを宿したマキナの瞳は、逃げ場を失った『スカイ・ブラー』を、真っ直ぐに射抜いていた。

※後書きです



ども、琥珀です。


今週も週5日更新します!

予定では今週で『スカイ・ブラー』編も終わる計算なので、「あれ?どんな内容だっけ?」とならずに済むと思います!


新キャラミアリーの活躍も併せて、是非ご一読ください!


本日もお読みいただきありがとうございました。

次回の更新は明日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。


評価やブックマーク登録、リアクションも大変励みになります。


もし面白い!面白そう!と思っていただけたら是非宜しくお願いします!

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