46.対キメラ⑧
「かかれぇ!!」
グラップの号令が戦場に響き渡り、兵士たちは一斉に動き出した。
後衛の魔法兵が距離を保ったまま魔法を撃ち込み、その隙を縫うように前衛の兵たちが踏み込んで斬撃を浴びせるといった連携攻撃をしかけるが、決定打には至っていない。
『シ゛ャ゛ア ア ア ア ア ア ア ア!!!!』
攻撃を受けた【ヴェノム・ストーカー】の不気味な咆哮を聞き逃さず、グラップは即座に次の指示を飛ばした。
「回避!!距離を取れ!!」
兵士たちは反射的に散開し、その場から跳び退くと、先ほどまで彼らが立っていた地点に紫色の液体が雨のように降り注いだ。
液体は地面に触れた瞬間、ジュウ!と嫌な音を立てながら浸食し、大地を溶かしていく。
焼け焦げ、崩れ、煙を上げる光景が兵士たちの脳裏に恐怖として刻み込まれていくのを、グラップは感じ取っていた。
被害こそ出ていないが、確実に心が削られている。
「(いかんな……あの光景は本能に訴えかける。気付かぬうちに、皆の戦意が削がれている)」
統率が崩れていないのは、ひとえにグラップの指揮によるものだ。
しかし戦況そのものは変わらず劣勢で、魔法主体の攻撃は決定打にならず、接近戦の斬撃も『ヴェノム・ストーカー』のスライムボディに吸収され、まるで効いていない。
加えて───
【ギ ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛!!!!】
「魔法兵!!防御だ!!」
間一髪のところで魔法兵二名が張った魔力の壁によって、『スカイ・ブラー』の超音波を防ぐ。
保護色によって姿を消し、死角から急襲するというどこから来るか分からない一撃が、兵士たちの精神をさらに追い詰めていく。
疑似的な死角を作り出し、攻撃方向を限定することで辛うじて対応しているが、それも綱渡りに等しい。
未知の敵に通じない攻撃、終わりの見えない緊張によって、張り詰め続けた兵士たちの気力は限界へと近づいていた。
そして指揮を執るグラップ自身の体力も、もはや底を尽きかけている。
「(これ以上は持ち堪えられん……ガイル、まだか!!)」
ほんの一瞬、意識が別の戦場へ向いたその刹那、消えていた【スカイ・ブラー】が、至近距離に姿を現した。
「しまった!!」
回避は間に合わないず、防御魔法も手遅れな状況。
渦巻く超音波が【スカイ・ブラー】の口元に収束し、死の一撃が放たれようとし、グラップは動けないまま、ただ敵を睨み据えた。
「やっ!!」
放たれる直前、空気を裂きながらマキナの拳が【スカイ・ブラー】の頬を打ち抜き、その巨体を横へと弾き飛ばす。
「マキナ様!!」
衝撃を殺しながら着地したマキナは、滑るようにしてグラップの側へ降り立つと、砂埃が静かに舞い落ちる。
「すいません、遅くなりました」
「……いえ」
外傷は見えないが、歪んだ鎧が全てを語っている。
彼女は傷を負いながらも、それを治して戻ってきたのだと。
しかし残ったキメラの討伐には彼女の力が不可欠であり、同時に、それによる自分の力不足を噛み締めていた。
「状況を」
「……国王様を含む負傷者の避難は完了。現在は討伐へ移行していますが……戦況は芳しくありません」
マキナは兜の奥から残った二体のキメラ、【スカイ・ブラー】と【ヴェノム・ストーカー】を見据える。
スライム状の肉体を持つ【ヴェノム・ストーカー】は言うまでもなく、【スカイ・ブラー】にも目立った損傷はない。
この二体は【ヘヴィ・ブロッカー】のような鈍重さは無く、機敏かつ高い身体能力を有している。
マキナでさえ単独で対峙した際には苦戦を強いられており、その脅威は身をもって理解していた。
「申し訳ありません。私の無力さが不甲斐ないばかりに」
「いいえグラップさん。これほどの規模の相手に対し、負傷者を守り抜き、一人の死者も出さなかった。私一人では……貴方が居なければ、もっと悲惨な状況になっていたはずです。本当に助かりました」
グラップは僅かに顔を上げるも、その瞳に浮かんでいたのは安堵ではなく、重く沈んだ自責の色だった。
やがて再び視線を落とし、静かに息を吐く。
「ガイル達は……」
「無事です。あの方のお陰で【ヘヴィ・ブロッカー】は討伐され、私も回復する時間を得ることができました。噂に違わぬ猛者でした」
「そうですか……」
張り詰めていた表情がようやく僅かに緩み、肩にのしかかっていた重圧が、ほんの少しだけ解けたようだった。
「ですが、肉薄した戦いでした。完全な復帰にはもう少し時間を要するでしょう。ですからその間に……」
「我々であの二体のキメラを討伐する、ですな」
グラップは盾と剣を握り直し、マキナの隣へと立つ。
その姿には、決して彼女一人に戦わせまいとする強い意志が宿っていた。
兜の奥で、マキナの瞳がほんの僅かに和らぐも、直ぐに再び戦士のそれへと戻っていく。
「【スカイ・ブラー】と【ヴェノム・ストーカー】を倒すには、情報の整理が必要です。グラップさんの見解は?」
意見を求められたことに、グラップはわずかに目を見開く。だがすぐに平静を取り戻し、思考を戦場へと戻した。
「あの毒を持つキメラ……【ヴェノム・ストーカー】でしたか。コイツが最も厄介です。物理攻撃は通らず、魔法にも明確な効果が見られない。毒は地面すら溶かす凶悪さ……現状、決定的な対処法がありません」
グラップの分析は、マキナの認識と完全に一致していた。
物理攻撃主体の彼女にとっても、【ヴェノム・ストーカー】はまさに天敵とも言える存在であり、即座に打開策を見出せていないのも同じだった。
「もう一方の【スカイ・ブラー】も脅威です。姿を消し、死角から襲い、超音波で動きを封じて確実に仕留める。さらに飛行能力で射程外へ逃れ、意識を撹乱してくる……厄介さでは引けを取りません」
【スカイ・ブラー】に対する冷静で的確な分析と結論もまた、マキナの考えと同じであると確信していた。
「けれど【ヴェノム・ストーカー』に有効打が無い現状と違い、【スカイ・ブラー】には攻撃が通じることが分かっています。つまり……」
「【スカイ・ブラー】を先に討ち、【ヴェノム・ストーカー】には万全の状態で全戦力を集中させる、ということですな」
やはり至った結論は同じであり、マキナは静かに頷くと、グラップもまた応じる。
「しかしそれは、【スカイ・ブラー】を確実に仕留められることが前提です。情けない話ですが……」
「分かっています。その役目は、私が担います」
言葉にせずとも意図は伝わっており、マキナは迷いなくそれを引き受ける。
「……申し訳ありません。結局、また貴方に頼ることに……」
『ボルム』戦で痛感した自身の限界。
再び彼女の力に依存せざるを得ない現実に、グラップの表情は深く沈んでいた。
マキナは兜の奥で一瞬視線だけグラップに向けると、直ぐに空を飛ぶ【スカイ・ブラー】に戻す。
「グラップさん、私の役割は『英雄』です。魔を討ち滅ぼし、平和を授けるのが私の使命です。だから魔物と戦うことに謝る必要はありません」
「……しかし」
尚もグラップは葛藤していたが、マキナはそれを遮る。
「でも私一人じゃ全てを守ることも、全てを果たすことも出来ません。だから、力を貸して下さい」
マキナの口から出た言葉に、グラップはしばし呆然とする。
「責任重大ですよ。なにせ『英雄』の使命の一部を背負うんですから」
どこか冗談めいた、しかし真面目な口調でマキナは話す。
「私が【スカイ・ブラー】を倒すまでの間、【ヴェノム・ストーカー】を食い止めて下さい。お願いできますか?」
「……承知しました、お任せを!!」
マキナの問いに、グラップは即座に力強く答え、マキナはその答えに頷いて、『スカイ・ブラー』との戦闘を分析し直す。
「(【スカイ・ブラー】の能力は飛行、透過、そして超音波。厄介なのはそれを組み合わせて使用してくること)」
攻撃を受けても回復するマキナだが、肉体の損傷とは異なり、内部に働きかける超音波は相性が悪い。
現にマキナは【スカイ・ブラー】の超音波を受けた直後は力を発揮できず、【ヘヴィ・ブロッカー】を押し返すことが出来なかった。
「(でも多分、肝は透過能力。不可視になることでより確実に超音波が当たるようになるし、当たりさえすれば簡単に獲物を仕留めることが出来る)」
マキナを急襲した時も、ロス国王が集めた兵を混乱に陥れた時も、全ては【スカイ・ブラー】が姿を消した時だった。
「(逆を言えば、それを潰せれば対応するのは一気に楽になる。【スカイ・ブラー】の透過能力が『シェイド・リザード』と同じだとすれば……)」
【スカイ・ブラー】を倒す算段を立てていく中で、マキナは最後のピースを得るべく、グラップに再度声をかけた。
「グラップさん、魔法兵をお一人貸していただけますか?」
※後書きです
ども、琥珀です。
以上、今週の週5日更新でした!
来週も週5日更新(VS【スカイ・ブラー編】)でお送りします!!
また新キャラが出ますので、お楽しみに!!
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は月曜日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。
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