45.対キメラ⑦
ガイルが部下から得た情報を整理すると、『ヘヴィ・ブロッカー』に損傷を与えたのは、『脆弱』という性質を応用した攻略法であるという。
あらゆる物体は衝撃に耐えるため、適度なしなやかさを備えており、『ヘヴィ・ブロッカー』の肉体も例外ではない。
異様な硬度を保ちながらなお自律的に動けるのは、その弾性が機能しているからだが、その硬度が常軌を逸して高まっていることもまた事実。
そしてマキナは、その一点こそが破綻へ至る綻びであると見抜くと、防御力強化魔法によって肉体をさらに過剰硬化させ、『硬いが極めてもろい』という硝子のような状態へと変質させた。
結果、『ヘヴィ・ブロッカー』の肉体は柔軟性を失ったことで衝撃を逃がせなくなり、移動という単純な動作が内側から破壊を引き起こし、自壊へと至ったのである。
「硬くて崩せねぇなら、さらに硬くして壊させる……理屈は通ってるが、発想がえげつねぇな……」
説明を聞き終えたガイルは、引きつった笑みを浮かべながら『ヘヴィ・ブロッカー』へと歩み寄っていく。
「(だが、常に死と隣り合わせの世界で生きてきたんだから、確実に仕留める思考になるのも当然か。現にマキナ様の策に救われている。甘かったのは……俺たちの方だな)」
ぬるま湯に浸かっていた己の意識を切り替え、ガイルは背後に続く魔法兵へ声を投げた。
「作戦は理解した。俺はどの瞬間に斬り込めばいい?」
「むしろ積極的に攻撃を仕掛けてください!師団長ほどの剣撃なら『ヘヴィ・ブロッカー』は必ず硬質化を使います!そこに合わせて私が『上級・防御力強化』を重ね、破壊します!」
シモンの声には確かな自信が宿り、師団長を前にしても一歩も退かない気迫があった。
「よし、俺に合わせろ!!遅れたら承知しねぇぞ!!」
「はいっ!!」
ガイルが剣を構えるのと同時に、シモンも即座に詠唱準備へ入る。
「お前ら二人は援護だ!!でけぇ隙を作れ!!」
「は、はい!!」
「や、やってやる……!!」
側で待機していた二人の兵も、遅れて武器を握りしめるも、最初に動いたのはガイル。
地を蹴った瞬間、姿がぶれたかと思うほどの速度で『ヘヴィ・ブロッカー』へ肉薄し、鋭く剣を振り抜く。
【ゴアァァァァ……!!】
一方で先の一撃で警戒を強めた『ヘヴィ・ブロッカー』は、もはや無防備ではなく、従来の装甲で剣を弾き返すと、鈍重ながらも確実な動きで腕を振り払い、ガイルたちとの距離を引き離そうと試みる。
「こ、コイツ……さっきより警戒してますよ!!」
兵が叫ぶが、ガイルは寧ろ口元を歪めて笑う。
「ハッ!!さっきまで眼中になかった癖に、こっちを見やがったか、堅物!!そのふてぇ身体、ぶった斬ってやる!!」
敵の意識が完全に自分へ向いたことを確信し、先陣を切るガイルに続き、二人の兵も間断なく攻撃を重ねた。
決定打には至らないが、先の損傷が残る『ヘヴィ・ブロッカー』の動きは確実に鈍っていく。
そしてついに苛立ちが臨界へ達したのか、ガイルたちが踏み込むより早く、『ヘヴィ・ブロッカー』の腕が大きく振り払われた。
「『上級・防御力強化』!!」
その刹那を逃さず、シモンが詠唱を完了させ、振り払うために動かされた腕へ『上級・防御力強化』が重ね掛けされる。
次の瞬間、装甲に亀裂が走り、ひび割れが一気に広がると、その隙間から噴き出すように黒霧が溢れ出した。
【ゴアァァァァァ!!!!】
亀裂から噴き出す激痛に耐えきれず、『ヘヴィ・ブロッカー』の巨体が大きくのけぞった、その決定的な隙をガイルは見逃さない。
「そのボロボロの腕、貰ったぜ!!」
のけぞった胴の懐へ滑り込み、握り締めた剣を一閃させると、鋭い斬撃音が遅れて響き、やがて───ずるり、と『ヘヴィ・ブロッカー』の腕がずれていく。
露わになった断面は、霧の噴出が遅れるほどに不気味なほど滑らかであった。
【ゴアァァァァァァァァァァァァ!!!!】
それはもはや威嚇ではなく、明確な苦悶と絶叫となり、巨体を片腕では支えきれなくなったことでついに膝を折り、そのまま地へ崩れ落ちる。
顔の正面へ歩み寄り、ガイルは剣を握ったまま静かに告げる。
「終わりだな、化け物。人間はつえーだろ」
当然、返答はないが、濁った瞳だけが確かにガイルを睨み返していた。
「後ろがつっかえてんだ。このままトドメを刺させてもらうぞ!!」
剣を振り上げた、その瞬間。
「あぁ!?」
『ヘヴィ・ブロッカー』の顔がその場から無くなった。
否、甲羅の奥で凝縮されていた筋力が一気に解放され、太い首が砲弾のごとく撃ち出されるように伸びたのだ。
その先にいたのは、シモン。
「コイツ!!魔法を使わせない気か!!」
二度の魔法によって受けた傷は、魔法さえ封じれば、これ以上増えることはないと『ヘヴィ・ブロッカー』は本能で理解していた。
「とでも思ってんだろ?」
胸をよぎった焦りを、深く吐き出した息とともに切り捨て、ガイルの意識は再び、掲げた剣へと収束した。
「俺がお前を斬れなかったのは事実だ。だがな、その馬鹿げた硬度の皮膚と甲羅が重なって無かったらどうだ?」
剣身に青白い魔力がまとわりつき、静かに脈動する。
「いま目の前にあるのは、だらしなく伸びきった、少し硬ぇだけの首だ」
揺らいでいた魔力が、ぴたりと静止し、刃の表面にまとわり付くように、『魔力の刃』が形成された。
「俺の剣は鉄すら断つ高速の刃だ。その貧弱な首、ぶった斬ってやるぜ!!」
次の瞬間、視認すら困難な速度で振り抜かれた一撃が、幾度となく弾かれてきた外皮を、まるで柔らかなものを断つかのように、ストン───と、拍子抜けするほど軽い音とともに振り下ろされた。
【────ゴ……ア゛ア゛ア゛……ァ゛ァ゛ァ゛】
シモンへ向けて伸ばしていた首の動きが不意に止まり、何が起きたのか理解できぬまま『ヘヴィ・ブロッカー』は硬直した。
そして次の瞬間、自らの首が斬り落とされた事実を悟る。
切断面から大量の黒い塵が噴き出し、崩壊が全身へと連鎖していくと、肉体は音もなく綻び、崩れ、そのまま、完全に沈黙した。
「ハッ!!ざまあみろ!!目の前の相手を甘く見るからこうなるんだよ!!」
消滅反応によって黒い塵が宙に舞い散る中、ガイルは勝利を掴んだ実感とともに、荒々しく笑みを浮かべた。
「お見事でした」
いつの間にかすぐ隣に、ここまでの戦いを静かに見届けていたマキナが立っており、横目でその姿を捉えたガイルは、照れ隠しのように乱暴に頭を掻く。
「お見事……ですか。結果的にトドメを刺したのは俺ですが、その過程を生み出したのは貴方だ。この勝利は貴方なしじゃあり得なかった。情けない話ですよ」
先程までの歓喜は薄れ、ガイルはわずかに俯きながら呟いた。
「……私も、こんな風に見えていたのでしょうか」
「え?」
マキナの小さな独り言は風に紛れ、ガイルの耳には届かなかった。
「いえ、なんでも。ガイルさん、貴方の言葉は私にも当てはまります。私が見出したのは一つの攻略法に過ぎません。ですがそれは、上級魔法を扱えるシモンがいなければ成立しないものでした」
マキナが視線を向けると、シモンは気恥ずかしそうに肩をすくめる。
「そして彼一人でも成立しない。硬化で脆くなった『ヘヴィ・ブロッカー』の皮膚を断ち切れる実力者、つまり貴方がいなければ、決着には至らなかったはずです」
その言葉の意味を噛みしめるように、ガイルの表情がゆっくりと和らいでいく。
「誰か一人でも欠けていたら、勝つことは出来なかった。この戦いは、貴方達全員で掴んだ勝利です」
真正面から称えられ、どこか気恥ずかしさを覚えながらも、ガイルの口元には小さな笑みが浮かぶ。
その時、遠方から再び激しい戦闘音が響き渡った。
「……次は私の番ですね。万全の状態で、残り二体のキメラと戦ってきます。皆さんは休息を取った後、先に周囲の警戒をしつつ、国民の安全確保をお願いします」
そう告げ、マキナは静かに背を向けると、その背中目掛けてガイルが声をかける。
「……負けんで下さいよ」
「負けませんよ」
短い言葉だけを交わしてマキナが地を蹴ると、次の瞬間、その姿は風のように遠ざかり、やがて視界の彼方へと消えていった。
「……は、かっこいいねぇ」
ぽつりと呟き、張り詰めていた力が抜けるように、ガイルはその場へと腰を下ろした。
※後書きです
ども、琥珀です。
この時期は梅雨に台風と雨が多くて困りますね……
仕事に行く前に洗濯は厳しいし、帰ってきてから干しても乾かない……
昔から雨は嫌いでしたが、大人になってからはますます嫌いになった気がします……
雨の降り始め、乾いた大地が水に滴っていくあの香りは好きなんですけどね……
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は明日朝の7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。
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