44.対キメラ⑥
「ふうぅ〜……」
幾度繰り返してきた激しい攻防を終え、ガイルは大きく後方へ跳び、砂塵を巻き上げながら距離を取る。
全身を包んでいた緊張が一瞬だけ緩み、重くなった腕がわずかに下がる。
「(ちっ……もう呼吸が乱れてきやがった。実戦から離れてたツケだな)」
荒れかけた呼吸を押さえ込むように、ガイルが胸いっぱいに空気を吸い込みゆっくりと吐き出すと、焼け付く肺と軋む筋肉が、戦いの苛烈さを嫌でも物語っていた。
「(まだか……そろそろ何か思いついて貰わないと、こっちが持たないぞ)」
息を整え、再び剣を構え直した、その瞬間───地を這うような唸りが空気を震わせた。
【ゴアァァァ……】
突如として『ヘヴィ・ブロッカー』はガイルから視線を外し、鈍重な足取りのまま『スカイ・ブラー』と『ヴェノム・ストーカー』のいる方角へと向きを変えて歩み始め、大地を踏みしめるたびに低く重い振動が戦場を揺らす。
「マジかよ……!!コイツ、俺のこと無視しやがった!!」
ガイルは即座に間合いを詰め、全力で斬りつけるも、刃は硬質な外皮に弾かれ、火花を散らすのみで、肉を裂く感触は一切ない。
『ヘヴィ・ブロッカー』もまた、その攻撃を意に介する様子すらなく、歩みを止めなかった。
「このヤロ……ふざけやがって!!」
苛立ちを叩きつけるように何度も斬り込むが、結果は同じ。
乾いた衝突音だけが虚しく響き、『ヘヴィ・ブロッカー』はもはやガイルを敵とすら認識していないかのように進み続ける。
「クソッタレ!!このまま合流させるには……!!」
迫り来る最悪の展開を前に、ガイルが打つ手を探りあぐねたその時、背後から切迫した声が飛び込んだ。
「師団長!!」
振り返ると、観察を命じていた兵のうち二人が、息を切らしながら駆け寄ってきていた。
「お前ら……!!何か掴んだか!?」
「はい!!あのキメラを倒す算段がたちました!!」
「ナイスタイミングだ!!」
絶妙な瞬間での合流に、ガイルの口元が力強く歪み、戦場の空気がわずかに変わった。
「ただすいません……この案はマキナ様が見出してくれたもので、私達が考えついたものでは……」
「良いんだよ、それは」
申し訳なさそうに視線を落とす兵へ、ガイルは穏やかな声で応じ、そこには焦燥の中にも揺るがぬ信頼が滲んでいる。
「マキナ様だって、伊達に『英雄』と呼ばれてるわけじゃ無い。これまで戦い続けてきた経験と実績で勝ち得た称号だ。だからあのキメラの打開策も思いついたんだろ」
そう言って振り返り、ガイルは不敵に笑い、その表情には、戦場を潜り抜けてきた者だけが持つ確信があった。
「どうだ、勉強になっただろ!」
「〜ッはい!!」
経験不足すら糧とせよ、その言葉を胸に刻むように、二人の兵は力強く応えた。
「それで、案ってのは?」
「はい、じつは……」
兵が言葉を続けようとした、その刹那。ガイルは気配を察し、鋭く顔を上げる。
数メートル先、『ヘヴィ・ブロッカー』を追うように動いていたマキナとシモン、二人の存在を感じ取り、ゆっくりと振り返った。
「『ヘヴィ・ブロッカー』の移動は想定外でした。合流されると非常に厄介です。時間は残されていません。チャンスは一回、いけますね」
「は、はい!!」
シモンは緊張に喉を強張らせていたが、その瞳に確かな覚悟の光が宿っているのを確認したマキナは、素早くシモンの身体を掴み上げ、そのまま肩の上へと担ぎ上げる。
「接近します!!魔法の準備を!!」
「は、はい゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!??」
返事が終わるよりも早くマキナの脚が大地を蹴り、爆発的な加速で風を裂きながら、一直線に駆け抜ける。
先行していたはずのガイル達を一瞬で追い越し、その背を遥か後方へと置き去りにした。
その常軌を逸した脚力に、兵士達は言葉を失い、ガイルでさえ呆然と視線を送る。
「……まじかよ。話には聞いてたが、魔法も使わずあの身体能力。こんなにもすげえのか、『英雄』は」
だが次の瞬間には、ガイルの瞳は驚愕から尊敬と畏怖の色へと変わっていく。
そうしている間に、マキナ達は『ヘヴィ・ブロッカー』の目前へと迫っており、その距離は僅か二、三メートルにまで縮んでおり、間合いに踏み込んだ瞬間、マキナが鋭く叫んだ。
「シモンさん!!今です!!」
「『上級・防御力強化』!!」
発動と同時に魔力が奔り、シモンは『ヘヴィ・ブロッカー』へ防御力強化魔法を付与した。
その光景に、ガイルは思わず間の抜けた声を漏らす。
「はっ!?お、おい何してる!!それ以上ソイツを硬くしてどうす……」
言葉が終わるより早く───
【ゴアアアァァァ!!!!】
『ヘヴィ・ブロッカー』は突如として苦悶の咆哮を上げ、巨体を揺らしながら崩れ落ち、地を震わせながら重く鈍い音と共に横倒しになる。
「……は?」
呆然と立ち尽くすガイルの隣へ、軽やかな着地音と共にマキナと魔法兵が降り立つ。
「やった……!!やりましたよマキナ様!!」
「はい。確率は高いと思っていましたが、上手くいって良かったです」
状況を飲み込めないガイルをよそに、二人は作戦の成功に安堵と達成の色を滲ませていた。
「お、おい!!こりゃ一体どういうことだ!?なんで『防御力強化』の魔法であのキメラが倒れたんだ!?」
堪えきれず問い質すガイルに、シモンは興奮を抑えきれぬ様子で答える。
「簡単なことです師団長!!あのキメラ、『ヘヴィ・ブロッカー』の硬度を利用したんです!!」
興奮しすぎて説明が大量に省かれてしまい、ガイルは困惑していると、その様子に気付いたマキナがシモンに代わって説明を始める。
「『ヘヴィ・ブロッカー』の防御は二段構えです。『グラウム・ビースト』の外殻、そして『ストーン・タートル』の甲殻による硬度の二層構造。『グラウム・ビースト』の外殻の特性は、師団長殿が最も理解されているはずです」
その言葉に、幾度となく剣を弾かれてきた感触を思い出し、ガイルは静かに頷いた。
「では『ストーン・タートル』の甲殻はいかがでしたか?明確に実感された瞬間はありましたか?」
マキナに問われ、ガイルは顎に指を当て、記憶を辿る。
「無い……いや、一度だけある」
「剣を突き立てた時、ですね?」
言い当てられ、ガイルは力強く頷いた。
「俺は確かに『グラウム・ビースト』の外殻の隙間を縫って剣を突き立てた。だが内部でさえ外殻に匹敵する硬度だった。だから外殻の内側に『ストーン・タートル』の甲殻があると考えた」
「私も同じ結論に至りました」
そう答えたマキナは、わずかに間を置き、続ける。
「ですが……『グラウム・ビースト』の外殻は外皮から直接形成されています。それより内側に『別の殻』は存在しません。では『ストーン・タートル』の甲殻はどこにあるのか……」
「……皮膚そのものを硬化させてる?」
導き出された答えに、マキナは深く頷いた。
「『ストーン・タートル』の甲殻は本来、内部から延長して形成される角質物質……人で言う爪と同質のものです。しかし既に外側には『グラウム・ビースト』の外殻が存在していた。だから……」
「角質を外へ伸ばすのではなく、内部そのものを硬化させる体質へと変異した、てことか」
すなわち『ヘヴィ・ブロッカー』は、外殻のみならず、皮膚そのものを自在に硬化させる性質を持つキメラ。
ガイルの剣が肉に届きながらも弾かれた理由が腑に落ち、彼は小さく息を吐いた。
「だが……それとさっきの防御魔法、どう繋がる?」
「それは……」
【ゴアァァァァァ!!!!】
答えかけた瞬間、『ヘヴィ・ブロッカー』が咆哮を轟かせ、巨体を起こし始めた。
「チッ!!まだ立つのかよ!!」
ガイルが剣を構える横で、マキナは兜越しに冷静な視線を向け続ける。
「そうですね……説明するより、実際に体感された方が早いでしょう」
そう言って振り返り、シモンの方へと向き直る。
「『上級・防御力強化』は、あと何回使えますか?」
「2……いえ、3回は確実に!!」
迷いのない答えにマキナは頷き、再びガイルへ向き直る。
「ガイル師団長。貴方の命令通り、私はこれ以上手出ししません」
その言葉に皮肉はなく、ただ真っ直ぐな意思だけが込められていた。
「手順と原理は既に彼へ伝達済みです。彼の魔法と、貴方の剣技があれば、『ヘヴィ・ブロッカー』を倒すのは難しくありません」
その声音に宿るのは、ガイル達への揺るぎない信頼。
「だから、信じます」
それだけ告げ、マキナは静かに後方へ退いた。
「……ハッ。『英雄』なんて大層な名を背負ってるから、どんな化け物かと思えば……」
顔を手で覆い、そのまま髪をかき上げ、次に現れたガイルの表情には、力強い笑みが浮かんでいた。
「やってやろうじゃねえか!!英雄抜きでも戦えるってところを見せてやる!!」
握り締めた剣に力を込め、刃先を『ヘヴィ・ブロッカー』へ突きつけ、ガイルは高らかに叫んだ。
※後書きです
ども、琥珀です。
最近15分仮眠を取り入れてます
日中の眠気が凄まじすぎて仕事に支障がでるため、15分間、目隠しとノイキャンイヤホンを掛けて、外的刺激を可能な限り絶った状態で仮眠をとります
最初はこんなんで寝れるかい!って考えてたんですが、意外とこれがいけるんですね
結構頭もスッキリするので、おすすめです
皆さんも是非(?)
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は明日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。
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