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リヴァイス・リヴァイバル〜果てなき世界の調律録〜  作者: 琥珀
第1章 『The Maiden's Requiem』
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3話『紫髪のメイド』

「だってこれ……ニセモノですよね?」



 その言葉が放たれた瞬間、商人の表情が凍りつく。


 わずかな間に浮かんだ動揺を、マキナは鋭く見逃さなかった。


 彼女の視線は、声の主――メイド服の女性へと向け直される。


 不思議な雰囲気を纏った人物だった。


 整った顔立ちは隙がなく、鮮やかな紫髪が陽光にきらめいている。


 真っすぐと伸びた背筋、無駄のない所作――それらすべてが彼女の凛とした存在感を際立たせていた。


 メイド服という柔らかい印象の衣服に身を包んでいてもなお、その佇まいには思わず一歩引いてしまうような威圧感がある。


 それが、商人の本音を無意識のうちに引き出したのかもしれなかった。



「な、なにを言うんだ急に……何を根拠にそんなことを……!」



 声を荒らげる商人に対し、女性はにっこりと余裕の微笑みを浮かべた。


 その笑みは、まるですべてを見透かしているかのようだった。



「商人さん、この宝石の名前、ご存知ですよね?」

「な、なにって……見りゃわかるだろ。『クリムゾン・クリスタル』だよ」



 真紅の宝石――まさにその名にふさわしい色合い。


 だが女性は、その名を聞くと、さらに深く笑みを刻む。



「『クリムゾン・クリスタル』……ええ、確かに高値がつきますよね。魔素を含む鉱石が多いなか、これは純度100%の個体でできた、極めて希少価値の高い宝石。取り扱いにも専門の知識が必要な、貴重な逸品です」

「そ、そうだろう! 専門店に行けば10万Gゴルの品もあるって話だ!」



 勢いづく商人。しかし、それを待っていたかのように、女性は声のトーンを落とす。



「ええ、確かに……ですが、それもすべて“本物であれば”の話です」



 再び振り出しに戻された商人は、顔を強張らせ、言葉を選ぶように口を開いた。



「だ、だから!それが偽物だという根拠はどこにあるんだ! 証拠もないのに、言いがかりを――」

「一つ」



 女性は指を一本立て、商人の目の前にすっと差し出す。



「純度100%の『クリムゾン・クリスタル』は、『スカーレット・クリスタル』のような混合鉱石に比べ、遥かに色の密度が高くなります。光に当てたとき、こんなにも内部が透けて見えることはありえません」



 宝石を陽光にかざすと、透明な輝きの奥に商人の顔が透けて見え、それが“偽物”という決定的な証拠となった。



「二つ」



今度は、指を二本に増やして掲げる。



「先ほども申しましたが、純粋な鉱石は魔力を吸収しません。ですから……」



 そう言うと、彼女は宝石の部分を握り締め、次の瞬間、宝石はまばゆく輝きだす。



「……このように魔力に反応して発光するなど、ありえないのです」

「ぐっ……むっ……」



 商人は唇をかみしめる。もはや、否定の言葉も出てこない。



「そして、三つ」



 さらに指を三本に増やすと、女性はわずかに距離を詰めた。



「『クリムゾン・クリスタル』、『コバルト・クリスタル』、『ヴァイオレット・クリスタル』。魔力を含まないこれら三大鉱石は、魔素の干渉を受けず極めて強固な構造を持ちます。だからこそ、加工も困難で、取り扱いも慎重に行わなければならないのです」



 そう言いながら、女性はネックレスから宝石を抜き取り――



「ーーーですから」



ーーバキィッ!!



 握り締めた拳から、赤い破片がこぼれ落ち、その場にいた全員が言葉を失った。



「こんなにも脆いなんてことはあり得ません。魔力を吸収しすぎた魔鉱石は、こうして人工的に着色され、まるで本物のように装われる。けれど……その本質は、まやかしです」



 その言葉に、商人の顔色が一気に青ざめる。


 女性はその様子に目もくれず、冷然と告げる。



「この宝石……無色の宝石、『カラーレス・クリスタル』に魔素を強引に注入して着色した紛い物ですね?」



 その声は低く、冷たい刃のようだった。


 言い逃れもできず、商人は商品を掻き集めると、そそくさと逃げ出そうとする。



「商人さん」



 背を向けた商人に、冷ややかな声が投げかけられる。


 その声音に背筋を凍らせながら振り返ると、目の前に小さな袋が投げられた。


 袋の口がほどけ、中から数十枚の金貨が顔を覗かせる。



「紛い物とはいえ、破損させてしまったのは事実です。商品の代金として、これをお納めください」



 商人のプライドは打ち砕かれた。


 だが、それでも金貨を拾い上げると、何も言わずに懐へ押し込み、今度こそ逃げるようにその場を後にした。


 展開の速さに思考が追いつかず呆然と立ち尽くしていたマキナだったが、ようやく我に返り、メイド服を纏った女性に声をかける。



「……あ、あの……!」



 商人が立ち去ったことで、どこか気まずい空気が漂う中、メイド服の女性が静かに振り返った——その直後。



「ごめんなさいねっ!!」



 彼女はマキナの手をしっかりと握り、今にも泣き出しそうな表情で勢いよく頭を下げた。



「えっ……え!?」



 感謝の言葉を伝えるつもりだったマキナは、予想外の謝罪に言葉を失い再び固まってしまう。



「貴女があの宝石をとても気に入っていたのは分かってたのに、つい口を挟んでしまって……本当に、ごめんなさい!」



 女性は深々と頭を下げながら、何度も謝り続ける。


 その姿にマキナは慌てて両手を伸ばし、肩に触れて静かに制した。



「い、いえ!謝らないでくださいっ!むしろ、助けていただいて感謝してるんです!私、ああいうのには疎くて、危うく騙されるところだったから……本当にありがとうございました!」



 なおも不安げな眼差しを向ける女性に、マキナは何度も「大丈夫」と伝え続ける。


 やがてその言葉が届いたのか、女性の表情が少しだけ和らいだ。


 彼女は静かに視線を商人の去っていった方角へと向け、ふと寂しげな声で呟いた。



「最近、ああいう安物を高額で売りつける商人が増えてきているそうですよ。しかも手口が巧妙で、少しの知識だけでは見抜けないことも多くて……」



 その話に、マキナも沈んだ表情を浮かべる。



「……人を騙してまで得たお金で、心から満足できるのかな……」



 そう呟くマキナに、女性はどこか困ったような、しかしどこか哀しげな微笑みを返した。



「どうなんでしょうね……あの商人の本心は分かりません。でも、詐欺まがいのことをする人が、必ずしも騙すことに喜びを感じているとは限らないと思うんです」

「……それって、どういう意味ですか?」



 首を傾げるマキナに、女性はふっと目を伏せながら答える。



「国内に拠点を持つ安定した店と違って、国から国へと旅をして商品を売る行商人は、大きなリスクとコストを背負っています」

「移動にかかる費用のことは分かります。でも……リスクも、ですか?」



 女性は静かに頷く。



「たとえば……国から国へと渡り歩くのですから、当然、魔物に襲われる危険があります」

「……!」



 思いがけない言葉に、マキナは思わず息を呑んだ。



「国を一つ越えるだけでも、魔物に遭遇する危険は格段に増します。もし襲われれば、商品が傷つくどころか、命さえ奪われることも……」

「……だから、安価な品を高く売ることでコストを回収して……それだけじゃない、壊された時の損失も抑えるため……」



 マキナの言葉に、女性は小さく頷き、一本の指を立てて続ける。



「それだけではありません。正規の高価な品を扱うなら、当然、護衛を雇うのが常識です。ですが護衛には高い報酬が必要ですし、彼らも命を懸けている以上、安くは請け負えません」

「……命を懸けて、ですか……」



 マキナは、ただ一言だけを呟いた。


 女性の説明を受けて、理屈としてはマキナも理解していた。


 だが、理解できたとしても人を欺く商法に手を染めるという結論には、どうしても納得がいかなかった。


 その葛藤を察したのか、女性は優しく微笑みながら、諭すような口調で言葉をかけた。



「確かに、さきほどの商人のやり方は褒められたものではありません。あんな商売を続けていれば、遅かれ早かれ信用を失い行き場をなくすでしょう。でも……そうでもしなければ、この過酷な世界では生きていけないんですよ」

「この世界で……生きるために……?」



 マキナがその言葉を繰り返すと、女性は静かに頷いて続けた。



「争いの絶えないこの世界で、不自由なく暮らしている人などほんのひと握りしかいません。そこから漏れた大多数は、生き延びるために手段を選べなくなってしまうのです。そういう意味では、あの商人のやり方も理にかなっていると言えるのかもしれません。たとえ違法であっても、生きる術にはなりますから」

「そんな……でも……それじゃあ、騙された人が、あんまりすぎるよ……」



 どうしても割り切れないマキナの声に、女性の表情がふと鋭さを帯びた。



「あの商人のやり方を肯定するわけではありませんが、生きる術を模索することは良し悪しはあれど必要なことです。戦争が続くこの世界では、物資は足らず、安息の地もままならず、命さえ危うい。弱い者ほどずる賢く生きなければいけません。誰も彼もが、好きで人を騙しているわけではないんですよ」



 その言葉は、先程までの雰囲気とは違う、どこか重くのしかかるような重みを感じさせた。



「争いが続く限り、世界が満ち足りることはありません。誰かが手にした豊かさの裏側で、誰かがそれを奪われる。それが日常となってしまうと、人は疑い、騙し合い、傷付け合うのです」

「争い……魔族との争いが、そんな負の連鎖を……」



 そう語る女性の声は静かで、どこかもっと遠い景色を見ているようだった。


 しかしマキナには、それが魔族との果てない戦いを指しているようにしか聞こえなかった。


 争いがもたらしたもの。絶えぬ悲しみ、壊された絆、そして生きるために他者を犠牲にする理屈。


 それはまさに、争いそのものを止めようとして来た彼女の使命だった。


 彼女にその意図が無いことは分かっていた。


 それでもその言葉は、まるで『英雄』である自分が成し遂げられていない現実を突きつけられているようで、マキナの心に重くのしかかっていた。

 


「……ごめんなさい。あなたにこんなことを言っても、仕方ないわよね」



 マキナの胸中は、同じような思いを人々から向けられていることを悟り、胸の奥が重く沈んでいくのを感じていた。



「……暗い話になってしまいましたね。買い物の邪魔までしてしまって。何かお詫びをさせてください」

「い、いえ!そんなことしていただくなんて……!」



 と、その時だった。一人の子どもが駆け寄ってきて、女性にぶつかった。


 子どもは謝ることもなく、そのまま走り去っていく。



「もう……せっかちさんですねぇ……あら?」

「どうかされました?」



 女性はエプロンのポケットに手をやり、それから手に持っていた籠の中を確認し始めた。



「……いえ、しまっておいたはずのお財布が、見当たらなくて……困りましたね……」



 その様子を見て、マキナの脳裏にさっきの少年の姿がよぎる。



「……もしかして、さっきの子どもが盗ったのかも……」

「まぁスリですか?子どもだからと油断していました。どうしましょう……あのお財布、少し大切なものだったのですが……」



 その一言に、マキナの目が鋭さを帯びる。


 彼女は少年が走り去った方角を凝視し、あたりを見回して何かを確信したように、近くの露店に並べられていた仮面を手に取った。



「すみません、これを買わせていただきます」

「え? あ、ああ……構わないけど……ってお客さん、お金多いよ!?」

「強引にいただいた謝礼金ということで、受け取ってください」



 そう言い残し、マキナは少年の去った方へと視線を戻す。



「安心してください。私が貴女のお財布を取り戻してきます!」

「え?あなたが……?」



 女性からすれば、なぜそこまでしてもらえるのか分からないだろう。


 だがマキナは、先ほどの女性の言葉に対し、少しでも報いたいという想いに突き動かされていた。


 彼女はその場でグッと足に力を込め、次の瞬間──近くの家の屋根まで、一気に跳び上がった。

※後書きです




ども、琥珀です。


4月の第1週が終わりましたね

最初の土日はしっかり休んで、来週に向けて調整しましょう


本日もお読みいただきありがとうございました。

次回の更新は4月6日(月)の朝7時頃を予定しております。


以降は月、水、金の週三更新になりますので宜しくお願いします。

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