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リヴァイス・リヴァイバル〜果てなき世界の調律録〜  作者: 琥珀
第1章 『The Maiden's Requiem』
3/15

2話『休息』

「はぁ、疲れた……」



 王への謁見を終えたマキナは、国内滞在時に用意されている宿舎へと重い足取りで帰路についた。


 世界に求められる英雄――そう呼ばれてはいるが、与えられた家はごく質素な造りである。


 備え付けの家具は必要最低限。


 壁には何の装飾もなく、床も軋むほどの古さが滲んでいた。


 だが、マキナはその簡素さを気にする様子もない。


 戦場を渡り歩く日々において、こうして屋根のある場所に戻れる機会自体が稀であり、落ち着ける空間があるだけで十分に贅沢だとさえ思っていた。


 この宿舎を与えられたのは王の慈悲か、それとも『英雄』に相応しい待遇を示すための体裁か。


 どちらであっても、マキナにとっては些細な問題だった。


 ただ一つ確かなのは、三日間という短い休暇が与えられたというその事実だけが、思いがけず嬉しいことであった。


ーーパチンッ、パチンッ


 留め具の外れる音を響かせながら、マキナは鎧を一つずつ脱いでいく。


 最後に兜を外し、装備をそっと床に置いた。


 髪を束ねていた紐を解けば、腰まで伸びた髪がさらりと流れ落ち、()()はふぅと息を吐き、わずかに肩の力を抜いた。


 そこにいたのは、ひと目で人目を引く美しい乙女だった。


 大人びた雰囲気を持ちつつも、まだあどけなさを残すその顔立ち。


 均整の取れた肢体は、戦場を駆け続けた者に相応しい張りとしなやかさを備えていた。


 中でも彼女の魅力を際立たせるのは、肩まで届く艶やかな茶髪だ。


 荒れた鎧とは対照的に、汚れ一つ見せないその髪は、まるで戦場の血や塵すら寄せ付けぬ神聖さを帯びているようだった。



「まずは……湯浴みかな。流石に数ヶ月も水浴びだけじゃ衛生的に……うん」



 外見こそ清潔を保っているように見えるが、やはり年頃の少女らしく身体の隅々にまで気を遣っていた。


 浴室に入り布の下着を脱ぎ捨て、蛇口をひねると、最初に飛び出す冷水に一瞬肩をすくめる。


 やがてぬるりとした温かさが肌に触れ、マキナは目を細めた。


 久方ぶりのお湯の感触。


 それは戦場の疲れすらも溶かしてくれる、静かな癒しだった。


 瞼を閉じ、その裏側に浮かぶのは、数えきれぬ戦場の光景。


 拳を振るい、命を奪い、奪われ――戦いの連続だった日々。


 それが自分の役目だと、使命だと信じて疑わずにここまで歩んできた。


 不平も不満も抱いていない。それでも、どこか心は休まらなかった。


 言葉にできぬ曇りを抱えたまま、彼女は静かに目を開けシャワーの栓を閉じる。


 タオルで身体を拭き、簡素な部屋着を身につけたマキナはそのままベッドへと倒れ込んだ。



「(今日はこのまま休もう……明日は食材の買い出しに出て、それから……国内の……)」



 思考を整理する暇もなく、意識は闇に吸い込まれ、静まり返った室内に少女の微かな寝息だけが、静かに響いていた。






⚫️ ⚫️ ⚫️





 翌朝。


 あれだけ深く寝入ったにも関わらずマキナはいつもの時間に目を覚ましてしまい、戦場生活にすっかり馴染んでしまった自分の習慣に、思わず小さくため息を漏らす。


 それでも、窓の外に広がる明るい陽光を目にすると、自然と表情が緩んだ。



「(あのまますぐ寝落ちするなんて……やっぱり、思った以上に疲れてたんだなぁ)」 



 ゆっくりと身体を起こし、窓辺へと歩み寄る。


 朝の陽射しを全身に受けながら、大きく背伸びをした。



「(こんなにぐっすり眠れたのはいつぶりだろう。たったそれだけなのに、ずいぶん身体が軽くなった気がする)」 



 衣服を整え、簡単な朝食を済ませる頃には、外から人々のざわめきが微かに届き始めていた。


 マキナは椅子を引いて立ち上がると、窓から街の様子をそっと覗く。


 通りには活気が戻り、多くの人々が行き交っていた。



「この時間ってことは……朝市かな」 



 視線を机の上へ戻す。


 そこには、ほとんど空になった食材籠が寂しげに置かれていた。



「せっかく早起きしたし、食材の買い出しついでに、ちょっと見てこようかな」



 そうと決めてからの行動は早い。


 マキナは外出用に髪をざっくりと束ねると、普段の鎧姿からは想像もつかない軽装へと着替えた。



「正体を隠す必要はないけど……せっかくの休日だし、少しくらい羽を伸ばしてもいいよね」 



 いつもの重装備と比べ、今の姿では誰も彼女があの『英雄』だとは気づかないだろう。



「……よし」



 玄関の扉を開けた瞬間、眩しい太陽の光が差し込み思わず目を細める。


 マキナはそのまま、軽やかに家の外へと足を踏み出した。






⚫️ ⚫️ ⚫️






「さぁ安いよ安いよ!買った買った!」

「仕入れたばかりの肉だよ!味は保証するって!」



 ――『エルゼルク王国』。この近辺では最も栄えた国家である。


 魔物への備えや兵力もしっかりしており、水などの資源も豊富。


 その恩恵で商人たちも商売がしやすく、食材に限らず装飾品や雑貨など、あらゆる品が国内外から集まってくる。


 この賑わいこそが、国の豊かさの証とも言えるだろう。


 人々の喧騒と活気に包まれるなか、マキナは朝市の通りを人波をかき分けながら進んでいく。



「(一年前に来たときより、ずっと賑わってる……少しは平和になったってことなのかな)」 



 自分の戦いがこの穏やかな空気に繋がっているのだと感じて、思わず小さく笑みがこぼれる。


 ときおり人波に揉まれながらも、マキナは負けじと肩をねじ込み、買い物を済ませるべく露店を目指す。


 さすがに長年の戦場経験がものを言うのか、人並みに押されることもなく、難なく店先へと辿り着いた。



「(……全然嬉しくないけど)」 



 女らしさよりも鍛え上げられた体幹に複雑な思いを抱きつつ、目の前に並ぶさまざまな肉に視線を落とす。



「おっ、嬢ちゃん可愛いねぇ! 買い出しとは感心だ!」



 商人特有の、テンプレのような褒め言葉。


 少しでも高値で売るための常套手段だ。


 買い慣れた主婦や目利きの客なら引っかかることはない。


 だが、マキナは『英雄』――すなわち戦場で生き抜いてきた戦士である。


 人として称えられることはあっても、一人の女性として褒められる機会など、そうそう無い。


 つまり――



「え……えへへっ、ありがとうございますっ!」



 容姿を褒められることに、まったく耐性がない。


 しかも、彼女の軽装姿からは想像できないほど心の奥には密かな承認欲求が根付いている。


 耐性ゼロで、しかも本人に自覚がないほど欲しがっている――要するに、チョロい。



「今日はこの肉がおすすめだよ! 霜降りもあってね、移動中にしっかり熟成された。ちょっと値は張るが……少し負け――」

「買います!」

「……え? ま、まいど……」



 提示されていた値札どおりの金をきっちり支払うと、マキナは満足そうに肉を受け取りそのまま去っていった。



「……おいおい、お前……その肉、さすがにちょっとボッたくったんじゃないか?」



 近くの商人が小声で囁くと、売った当人は気まずそうに肩をすくめる。



「い、いや……あの価格を提示して、すぐに“特別価格”を出すつもりだったんだって……」

「マジかよ。あの嬢ちゃん、めちゃくちゃ嬉しそうな顔してたぞ。俺が売ったわけじゃねえけど、なんかこう……」

「ああ……心が痛ぇよ……頼むから、あの子がタチの悪い連中に騙されないことを祈るばかりだな……」



 こうして思いがけず儲けた商人は、純真すぎる少女の行く末に密かに祈りを捧げるのだった。





●●●





「(肉に野菜に果実……食材の買い出しは、こんなところかな?)」



 買い出し用に手にした籠は出発時の空の状態から随分と膨らみを見せており、果実は今にも溢れんばかりに山積みにされていた。



「(うーん……二日分にしては少し多かったかも。でも肉は燻製にすれば持つし、野菜と果実を中心に消費すれば平気かな)」



 満足げに荷を抱え帰途につこうと人の流れを縫いながら視線を巡らせていると、不意に声が飛んできた。



「おっ、そこの嬢ちゃん!べっぴんさんだね!どうだい、うちの商品を見ていかないかい!?」



 呼び止めたのは、アクセサリーを扱う露店の商人だった。



「あ……え?わ、私?」

「嬢ちゃん以外に誰がいるってんだい?もしかしたら隠してるつもりかもしれないが、そのべっぴんオーラ、隠し切れてないぜ!」



 先ほどの食材屋以上にあからさまな賞賛に、マキナは戸惑いながらも思わず視線を向けてしまう。



「さぁさ、遠慮すんなって!今日は上等な宝石を仕入れててな、それをアクセサリーに仕立てたんだ。値は張るが、見る価値はあるぜ!」



 押しの強い誘いに最初こそ戸惑ったマキナだったが、一度反応してしまった手前そのまま無下にするのも気が引け、結局商品棚の前に歩み寄った。


 商人の言う通り、並べられたネックレスや指輪、ティアラに至るまで、どれも細やかに装飾され美しい宝石が輝いている。


 普段そういった装飾品とは無縁のマキナにとって、それらは新鮮で、どこか眩しくもあった。


 そして──その中でも、ひときわ鮮やかに輝く赤い宝石をあしらったネックレスに、彼女の目は自然と吸い寄せられていく。



「お!そのネックレスがお気に入りかい?お目が高いね!それはいまうちで売り出してる中でも最大級の逸品でね!ちっと値は張るが、出来は保証するよ!」

「5万G(ガル)…」



 市販の果物が一つ100G、高級な食材でも1万Gほどであることを考えると、5万Gという価格はかなりの高額である。


 だが、マキナが迷ったのはその金額が理由ではなかった。


 実のところ、マキナにとっては決して手が届かない額ではない。


 魔族との戦いだけでなく、魔物の討伐にも従事してきた彼女は、その報酬として多額の金を受け取っている。


 一方で、これまでの大半の時間を戦場で過ごしてきたため、そのお金を使う機会はほとんど無かった。


 持ち運びに不便な金貨は、旅先の辺境や国に属さない村などにそっと置いて渡してきたこともある。


 それでもなお報酬の頻度と額が上回るため、マキナの貯金は着実に増えていった。


 そういった経緯もあり、5万Gという値段は確かに高額ではあるが、マキナにとっては支払える範囲内の買い物である。



「(使う機会も無かったお金だし、これから先どうなるかも分からない……たまには、こういう散財も……)」



 目の前で美しく輝く赤い宝石のネックレスを見つめながら、マキナは深く考え込んだ。


 しかし次の瞬間、ハッと我に返る。



「(私の居場所は戦場。こんな装飾品を手に入れたところで、意味なんて……)」



 芽生えた欲望を理性で押さえ込もうとするが、どうしても目の前の宝石から目が離せない。


 そのまま迷っていると、商人はマキナの様子を見てついに奥の手に出る。



「よぉし!嬢ちゃん、べっぴんさんだから特別に値引きしてやろう!5万Gのところを4万…いや、3万5千Gだ!こんな上玉の宝石がこの値段で手に入るなんて、二度とないチャンスだぜ!どうだい!」

「ホントに!?」



 正直、値引き自体はマキナにとって決め手にはならなかった。


 だが、「べっぴん」だと褒められ、自分のために値引きしてくれたというその行為に、マキナの心がぐらついた。


 何度も宝石を見ては目を閉じ、そしてまた目を開いては見つめる。


 そんなことを繰り返しながら、やがて意を決したようにネックレスに手を伸ばす。



「せっかく値引いてくれたし、その好意を無碍にするのも悪いよね……じゃ、じゃあこれ、買います!!」

「お!流石嬢ちゃん、太っ腹だね!じゃあ約束通り、3万5千Gを頂戴して……」



 商人が手を差し出して金を受け取ろうとしたその時、不意にマキナの背後から伸びてきた手が、ネックレスをひったくった。


 マキナと商人が驚いてその人物を見ると、思わず目を見開いてしまう。


 そこに立っていたのは、180cmはあろうかという長身の女性。


 しかもその格好は、場に似つかわしくないメイド服だった。


 二人の視線を意にも介さず、女性は手にしたネックレスの赤い宝石をじっと食い入るように見つめている。


 その異様な存在感に一瞬圧倒された商人だったが、そこは流石に場慣れしているのか、すぐさま対応に移る。



「そのネックレスが気に入ったのかい?でも悪いね。たった今そこの嬢ちゃんに売るって決まったんだ。他にもおすすめはあるけど……」



 しかし、女性は一切反応せず、宝石から視線を外すこともない。


 なかなか商品を返そうとしない様子に、さすがの商人も苛立ちを見せ始めるが、それを感じ取ったマキナが先に口を開いた。



「あ、あの!そのネックレス、気に入ったならお譲りしますよ。私には分不相応なものだと思ってたところですし……」



 その言葉を聞いた女性は、ようやく宝石から目を離し、じっとマキナの顔を見つめる。



「分不相応……確かに、そうですね」



 ようやく発せられた声は、棘のある言葉だった。


 自分で言ったこととはいえ、マキナはその言葉に少し傷ついたような寂しい表情を浮かべる。


 だが女性はそのまま、続けざまにとどめを刺すように言い放った。



「だってこれ…()()()()()()()()

ども、琥珀です


これを読んでいただけているということは、私はもう、無事に投稿出来たということですね


4月の始めということもあって、新しい新生活が始まった方も多いのではないでしょうか


不慣れなことも多いでしょうが、時間の経過や相談で一気に解決出来ることもあります

慌てずに落ち着いて解決して行きましょうね


本日もお読みいただきありがとうございました。

次回の更新は明日の朝7時頃を予定しておりますので、宜しくお願い致します

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