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リヴァイス・リヴァイバル〜果てなき世界の調律録〜  作者: 琥珀
第1章 『The Maiden's Requiem』
2/13

1話『新たな英雄』

 百年ほど前、天界と魔界、そして人間界を隔てていた不可侵の境界が突如として崩壊した。


 魔界の魔族達はこれを絶好の好機と捉え、種族の繁栄と領土拡大を果たすべく人間界への大規模な進攻を開始した。


 人類は生存を懸けてこれを迎え撃ったが、魔族が有する圧倒的な魔力と魔法技術の前に成す術無く敗北へと追い込まれていった。


 人類の終焉が眼前に迫る中、この窮地を救ったのは天界より顕現した天使であった。


 眩い後光と共に降臨した天使達は、悪魔の軍勢を一時退却にまで追い込むと、人類が魔族に対抗するための数々の魔法と叡智を授け、静かにその姿を消した。


 元より数で勝っていた人類はこれによって強力な攻勢に転じ、人類と魔族の戦争は熾烈な拮抗状態へと変貌した。


 血を洗う戦争が終わりを迎える兆しはなく、そのまま幾多の月日が流れようとしていた。


 魔族との膠着した戦況を根底から動かしたのは、人類の間に産み落とされた一人の少年であった。


 当時十歳に満たぬ少年は、文字通り戦場を蹂躙して瞬く間に魔族の軍勢を殲滅し何年も停滞していた戦争の天秤を、たった一人で覆していった。


 それから数年の歳月が経っても少年の武威が衰えることはなく、各地の激戦区を転戦しては鬼神の如き手際で魔族達を屠り続けた。


 その凄絶な活躍は、魔族からは恐れを込めて『悪魔』と評され、人類からは『英雄』として至高の賛辞を贈られた。


 そんな人類最強の個体が突如として表舞台から姿を消したのは、更に数年の月日が流れた日のことであった。


 突如として広まった噂に、世界中の人々が耳を疑った。


 幾多もの窮地を救ってきた英雄が、人類最大の禁忌とされる『()使()()()』に手を染めた、と。


 多くの者がその真偽を疑い、英雄の身の潔白を信じて、が再び戻ってくることを切に願い続けた。


 しかし、どれほどの月日が無情に過ぎ去ろうとも、英雄が再び人々の前にその姿を現すことはなかった。


 英雄を信じ続けてきた人々も、時間の経過とともに悲しみと怒りに明け暮れ、やがて冷たい絶望へと沈んでいった。


 英雄という抑止力を失った今、魔族との戦争が再び激化することを誰もが本能的に恐れたからである。


 世界に新たな希望の産声が届いたのは、かつての英雄が消えてから更に数年が経過した、ある日のことであった。


 人類に、新たな英雄が現れるーーーと。




挿絵(By みてみん)






●●●






 臓腑を揺らすような咆哮が、荒れ果てた戦場に幾重にも木霊する。


 人類の領土を蹂躙せんと進軍する魔族の群れと、その進撃を死守せんとする人類の軍勢が、種の存亡を懸けた凄惨な殺し合いを今まさに繰り広げていた。


 その混迷を極める戦場の一角。


 重厚な兜と鈍色の鎧に身を包んだ一人の兵が、魔族の男と激しい攻防を演じていた。



「【風の刃〈ウィンド・カッター〉】!!」



 熾烈な肉弾戦の末、魔族の男が一瞬の隙を突いて掌を翳すと、緑の魔法陣が空中に鋭く展開された。


 不可視の刃と化した烈風が、銀の兜を戴く人物へと容赦なく襲いかかった。



「ぐっ……!!」



 鈍色の鎧が刃の一部を弾いたものの、防護の薄い皮膚が深く裂け、鮮烈な血飛沫が舞った。


 鎧の継ぎ目から赤黒い生血が滲み出し、焦土へと重く滴る。



「貰った!!」



 魔族の男が確信に満ちた勝機を見逃さず、地を力強く蹴って一気に間合いを詰めた。



「今度こそ終わりだ!!この悪魔め!!」



 憎悪に満ちた怒声と共に、魔力を収束させた拳を天高く振りかぶる。


 刹那――。



「……やぁ!!」



 兜の人物は最小限の動きで身体を捻って致命の追撃を回避し、次の瞬間、矢の如く鋭く突き出された拳が、魔族の腹部を深々と貫いた。



「バ、バカな……!?なぜ……あの傷で動ける……っ」



 信じられぬといった戦慄の表情を浮かべたまま、魔族の男はその場に力なく崩れ落ちた。


 その巨躯は霧散する黒い瘴気へと変じ、戦場の風に溶けるようにして消え去っていく。


 魔族は魔力を糧にその肉体を構成しているため、命の循環が絶たれれば形を保てなくなり、それが彼らにとっての絶対的な『死』であった。



「……はぁ」



 拳を下ろし、全身の強張りを解いた瞬間に、僅かに震える溜め息が漏れた。


 兜の人物はゆっくりと立ち上がり、損壊した鎧の隙間から覗く生々しい傷口を確認した。


 溢れていた出血は既に凝固し、裂けた皮膚も肉を盛り上げながら急速に塞がり始めている。


 痛み自体は残っているはずだが、直ぐに体勢を立て直し、次なる獲物を求めて再び戦場へと駆け出した。






●●●






「……今ので最後ですか?」



 兜の人物は、粒子となって消えゆく魔族の残滓から目を離さぬまま、傍らに控える兵士へと声をかけた。



「はっ! 他の部隊からも、魔族の魔力反応は全て消失したとの報告が入っております!」

「そっか……」



 兜の人物はようやく肩の力を抜き、荒い吐息を整える。



「じゃあすぐに撤退の準備を。……一時間ほど身体を休めたら、次の戦場へ向かいます」

「了解しました!」



 兵士は力強く敬礼して指示を伝達すべくその場を離れ、その後姿が見えなくなったのを見届けると、兜の人物はまた深く重苦しい息を吐いた。


 周囲は火の粉が舞い散る焦土と化し、足元には誰かがそこにいた証が赤く染まった大地に無惨に散らばっている。



「この戦いで……一体どれほどの人たちが、命を落としたんだろう……」



 ゆっくりと瓦礫の上に膝をつき、沈痛な面持ちで頭を垂れた。


 今は亡き者たちへの哀悼の意を、祈りとして静かに捧げる。



「終わりが見えない……でも、それでも……戦いの手を止めるわけにはいかない。私は、人類の未来を託された英雄なんだから……」



 その声に英雄としての威光はなく、ただ悲痛な義務感だけが滲んでいた。


 それでも、兜の人物は再び大地を踏みしめて立ち上がる。


 血と灰にまみれた戦場を背にし、彼はまた新たな戦い、新たな死地へと歩み出した。






●●●






 魔族との第二次戦争が勃発してから、十五年の歳月が流れた。


 人類の必死の反撃も実を結び、地上は各地で徐々に復興の兆しを見せ始めている。


 現在では主要な都市に国が再建され、それぞれが自らの領土を護るようにして堅牢な城壁を聳え立たせている。


 しかし、国々の復興は同時に目を背けられぬ深刻な格差を人々の間にもたらした。


 国の壁の内側で暮らす特権的な人々は、領土を護る結界によってある程度の平和と安全が保証された生活を享受している。


 だが、その安息の領土には当然ながら限りがあった。


 選別から冷酷に外された者たちは路頭に迷い、飢えた魔物や魔族の襲撃に怯える過酷な日々を余儀なくされている。


 一部の者は身を寄せ合って小さな村落を築くなどの知恵を絞ったが、自衛の手段を持たない彼らでは限界があり、多くの集落は魔族の手によって無惨な壊滅へと追い込まれていった。


 第一次侵攻の際に見られた人類の一致団結した姿は、国の再建と自衛によってもたらされた平穏の中で、すっかりとその影を潜めてしまった。


 いまや各国は、自国の防衛と利益を最優先とする閉鎖的な姿勢を強めていた。


 ここ、『エルゼルク王国』も、その冷然とした例外ではなかった。



「マキナ様が帰還されたぞ!!」

「英雄の凱旋だぁ!!」



 王国の巨大な鉄門が重低音を響かせて開城されると、熱狂に浮かされた群衆から大地を揺らすほどの歓声が沸き上がった。


 英雄と呼ばれる兜の人物――マキナは、沈黙を保ったまま手を振り、狂奔する歓声に静かに応えた。


 それは、どこか狂気さえ孕んだ異常なまでの喜びであったが、当時の情勢を鑑みれば無理のないことでもあった。


 十五年前。


 たった一人の少年が絶望的な戦局を覆し、人類の領土を次々と奪還するという奇跡を成し遂げた。


 人々はその少年を絶対的な英雄と崇め、讃え、熱狂した。


 だが、その英雄は前触れもなく姿を消し、あろうことか人類を救済へと導いた天使を殺害するという、人類史上最大の禁忌を犯したのである。


 人類は再び、魔族による虐殺と搾取の未来へと転がり落ちてゆくのではないかと、人々は底知れぬ恐怖に震えた。


 そんな折、百年ぶりに天からお告げがもたらされ、同時に彗星の如く現れたのが、新たな英雄・マキナである。


 かつての英雄と同様に、彼もまたその呼び名に相応しい鬼神の如き活躍を見せ、自衛に徹する各国に代わって前線に立ち、魔族の群れを次々となぎ払っていった。


 そして、マキナがこれほどまでに盲信される理由が、もう一つあった。


 百年前、魔族を一時的に退けて人類に魔法と叡智を授けた天使は、それ以降、一度も姿を見せることはなかった。


 だが、マキナがその姿を現す直前、世界中の空に厳かな声が響き渡ったのだ。



『人間よ。新たなる英雄の誕生です。彼の者は必ずや魔族を滅ぼし、貴方たちの世界に平穏をもたらすでしょう』



 それはまさに天啓と呼ぶに相応しい響きであり、その言葉通りに活躍を続けるマキナに対し、人々は次第に狂信的なまでの信仰を抱いていった。


 かつての英雄を失い、絶望の淵に立たされていた人々は、新たな心の拠り所を見出したのである。


 だからこそ、群衆はマキナに対して割れんばかりの歓声を上げるのだ。


 ――この新たな英雄だけは、今度こそ自分たちを裏切らぬようにと、祈りを込めて。






●●●






「マキナよ。実に見事な働きであったぞ」



 王城の最深部、静謐な空気が支配する玉座の間。


 その中央で静かに膝をついたマキナは、『エルゼルク王国』の統治者であるロス国王に対し、深々と頭を垂れていた。



「国王様からその様な言葉を頂戴できるとは、身に余る光栄です」

「あまり畏まるな。私は国王ではあれど、民の支持においては、英雄たる其方に軍配が上がる。今や其方こそが、名実ともに世界の希望なのだからな」



 謙遜を交えた台詞ながら、ロスの声音には隠しきれない傲慢な響きが混じっていた。


 そして彼は、決してマキナに顔を上げるよう促そうとはせず、言葉では敬意を表しながらも、その内心では王としての絶対的な威厳を誇示していた。



「さて……帰還早々で悪いが、西の隣国より狡猾な魔族の目撃情報が入っておる。準備が整い次第、其方には直ちに新たな戦地へ赴いてもらおう」

「……はっ。しかし、ロス国王。ここ数ヶ月は絶え間なく戦が続いており、兵らの表情にも色濃い疲労が滲んでおります。ほんの僅かでも、休息の猶予を……」



 思わず顔を上げて進言したマキナだったが、その瞬間、射抜くような冷ややかな視線が向けられていることに気づき、慌てて再び頭を垂れた。



「……失礼、致しました」

「兵の疲労か。確かに、それでは勝てる戦も取りこぼす事態になりかねん……」



 意見が聞き入れられたかと思い、再び顔を上げかけたマキナだったが――。



「ならば兵はすべて新しいものと入れ替えよう。そうすれば、其方は再び心置きなく敵を殲滅しに出陣できよう?」



 静かに、しかし有無を言わせぬ響きで返された王の言葉に、マキナの表情が兜の内側で凍りついた。


 確かに兵を入れ替えれば戦力は維持されるだろう。自分と共に戦うことを誇りとする志願者は絶えない。だが――。



「(……それじゃあ、私は……?)」



 誰の目にも留まっていなかったが、マキナの装備は既に限界を迎えつつあった。


 鎧は薄汚れ、あちこちに剥がれた塗装と無数の打撃痕が走り、兜の表面には微細な亀裂すら生じている。


 その身に蓄積された疲労もまた、発せられる声の節々に滲み出ており、いくら英雄として気丈に振る舞っていても、隠し通せるものではなかった。


 本当は兵を口実にしたのは建前で、マキナ自身が、ただ一時の安らぎを得たかった。


 それでも英雄という神格化された立場が、己の弱音を許さない。



「(かつての英雄は、一日たりとも休まず戦い続けたんだ……だったら、私にだって……やれるはずだ……!)」



 兜の内で、奥歯を砕けんばかりに強く噛み締める。


 目元に宿る光が、次第に深い苦悩と過剰な使命感に揺らいでいく。


 その時であった。



「お待ちください、国王様」



 冷徹な静寂を切り裂くように、鈴を転がしたような透き通る声が広大な玉座の間へと響き渡った。


 マキナが驚いて顔を向けると、そこにはフェイスベールでその貌を隠した女性が静かに佇んでいた。


 素顔の多くを覆いながらも、その溢れ出る気品と美貌は一目で判別できる。


 抜群のプロポーションに加え、どこか人ならざる妖艶な威圧感――場の空気すら一瞬で支配する、底知れぬ雰囲気を放っていた。



「おぉ、アークルか」



 言葉を遮られたにも関わらず、ロス国王はその女性――アークルの名を呼び、咎めるどころか満足げに頷いた。


 アークルは音もなく玉座のそばへと進み、王の隣へと傲然に並び立つ。



「王のお言葉を遮ってしまい、深くお詫び申し上げます」

「いや、構わぬ。宰相たる君の進言であれば、いつでも耳を傾けよう」



 アークル=エンジェ。ロス国王の側近にして、実質的に国政の舵を握る美貌の宰相である。



「では、僭越ながら申し上げます。……彼の者はこの数ヶ月、使命のままに魔族と戦い続けております。兵たちは交代によって休息を得ておりますが、肝心のマキナ本人の疲弊は、もはや見過ごすべき段階ではないかと」

「む……それは一理ある。だが、奴が戦場に出ねば……」



 ロス国王は渋い表情を浮かべるが、アークルはベール越しに薄らとした微笑を湛えた。



「マキナが一時戦線を退くことが、直ちに敗北を意味するわけではありません。……彼とて生身の人間です。無理をさせ過ぎれば、()()英雄を失うことになりかねませんよ? それこそ、国にとって本末転倒ではございませんか、国王様」



 その言葉に含まれた重みに、ロス国王の表情が一瞬にしてこわばる。彼はすぐに咳払いを一つして、自身の体裁を整えた。



「……確かに、アークルの言う通りだ。ではマキナよ、其方には三日の休養を許す。しかる後、一匹残らず魔族を討伐せよ。よいな」

「……国王のお心配り、痛み入ります。頂いた三日、しっかりと英気を養い、必ずや再び輝かしい戦果を挙げてご覧にいれます」



 国王はアークルへ確認するように視線を投げ、彼女は満足げに静かに頷いた。



「では、下がれ」



 命を受け、マキナはゆっくりと立ち上がる。そしてもう一度、深々と一礼したのち、静まり返った玉座の間を後にした。


 その去り際――。


 兜越しに、マキナはアークルの方へ無意識に視線を送った。


 すると不思議なことに、アークルはその視線に最初から気付いていたかのように、そっと手を振っていた。

ご無沙汰しております

初めての方は初めまして


琥珀と申します

長い闘病生活を経て復活致しました


更新は前作と同じく、基本は月、水、金の週3ペースで行おうと思いますが、4月の最初だけは3日連続で更新致します


1話辺りの文字数は3000字強を意識していますが、序盤は世界観展開のため多めになっております……


続けられる限り連載を続けて行きたいと思いますので、またどうぞ宜しくお願い致します。


お読みいただきありがとうございました。

次回の更新は明日、木曜日の7時ごろを予定しておりますので、宜しくお願い致します

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― 新着の感想 ―
なぜ天使を殺め、どこに消えたのか。 たった一人の人間に、全て託すのはどこか異常でもあり、選ばれた者だから当然とも思え……。 えー、Eclat Etoileじゃないのー? と思いつつ、とりあえず読…
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