24.罵声
その巨軀故に、特に目を引く存在であった『ボルム』が消滅したことで、危機は去ったと判断したのだろう。
人々が壁沿いから離れ、街の中心街へと戻ってきたようであった。
グラッブが人々の顔を見渡すと、そこには未だに拭いきれぬ不安と、魔物が去ったことへの安堵、そして倒壊した街並みを前にした怒りが、複雑に入り混じっていた。
その時、支えられていたマキナがグッとその手を押し返し、軽く頭を下げて前へと進み出る。
「皆さん、ご安心ください。国内で暴れ回っていた魔物は全て退治しました。もう襲われる心配はありません」
マキナの傷はある程度癒えていたが、それはあくまで肉体的な損傷部分に過ぎず、体力や精神面は未だ回復はしていない。
精神的にも立っているのがやっとの状態にありながら、マキナの声からはそれを微塵も感じさせなかった。
マキナのその言葉に呼応するように、周囲にはわずかながら安堵の色が広がっていく。
「安心って言ったって……またいつ現れるか分かんないだろ」
しかし、それよりも人々の中に根強く染みついていたのは、不安と怒りの感情だった。
「国内は魔物が入ってこないから安全だって理由で住んでたのに……」
「今もどこかで結界に穴が空いてるんじゃないか……?」
たった一人が口火を切ったその言葉は、まるで油を注いだかのように人々の間に広がっていき、心に渦巻いていた負の感情が次々と噴き出し始めた。
「うちは家が倒壊した。これからどうやって暮らしていけってんだよ」
「ウチもだ……」
「私の家もよ……」
どれほどマキナが極限まで配慮して戦ったとしても、既に失われたものの前では無力であり、怒りの矛先は次第に一人の存在、『英雄』へと向けられていく。
「だいたい!!国内に魔物の侵入を許すだなんて、アンタは一体何をやってたんだ!!」
「……ッ!!」
それまで気丈に振る舞っていたマキナの肩が、ほんのわずかに揺れる。
「そうだ!!平和をもたらしてくれるのがアンタの役目だろ!!」
「これが魔族だったら、もっと恐ろしい目にあってたに違いないわ!!」
「そんなんで本当に魔族を滅ぼせるのかよ!!」
「なんで俺達がこんな目に合わなくちゃいけないんだ!!」
次々と浴びせられる罵詈雑言に、グラッブは命を賭して戦った者に向けられる言葉なのかと愕然する。
兵士たちの視線にも戸惑いが浮かび、彼らはマキナの姿を目に焼き付けていた。
普段なら、心境的に恐らくこの民たちの側に立っていた兵士たちも、今日の戦いを共にしたことで、堪らず声を上げようとする。
だがその前に、グラッブがそっと肩を掴み、若い兵士を制した。
「よせ」
「な、何故です!!マキナ様はあんなにボロボロになってまで、人々のために戦ったんですよ!!それをあんな……」
「分かっておる。私も気持ちは同じだ。だがな、あ奴らをよく見ろ」
言われるままに兵士たちは再び民衆へと目を向ける。
「あ奴らは、マキナ様の姿など何一つ見ておらん。求めているのは完璧な『英雄』のみ。そう、今までの私達と同じようにな」
グラッブの言葉に、兵士たちは一斉に口をつぐむ。
マキナに罵声を浴びせる国民たちは、何も知らなかった自分たちと何も変わらない。
彼女に理想だけを押しつけ、完全無欠の英雄像を信じて疑わなかった者たちであり、自分たちもその一部だったのだ。
それを自覚した今だからこそ、都合よく反論など口にできるはずがなかった。
「言葉だけでは、今の彼らには何を言っても寝耳に水。言うだけ無駄だ」
兵士たちは唇を噛み締めたまま、悔しさに打ち震えていたが、グラッブに返す言葉はなく、ただ、じっとその場に立ち尽くすことしか出来ない。
と、そこへ遠方から大勢の兵団が駆けてくる姿が見え始め、その中央にあるのは、絢爛な装飾が施された馬車、乗っているのはロス国王で間違いないだろう。
馬車から降りたロス国王の顔は険しく歪んだ顔には怒気を宿し、その鋭い視線は真っ直ぐマキナに向けられていた。
「マキナァ!!」
「……は」
マキナは即座に膝を折り、ロス国王に深く頭を下げる。
「き、貴様がいながら何たる失態だ!!魔物の侵入を許すなど、過去に類を見ない大問題だぞ!!」
「……は、誠に申し訳ありません」
誰が見ても、それはマキナの責任ではないことを、その場にいた兵士たちは皆、一様に感じていた。
だが相手は国王、抗議など許されるはずもなく、兵士達もただ頭を下げるしかなかった。
「どう責任を取るつもりだ!!これでは我が国が他所の国から糾弾されるのが目に見て取れる……」
怒りに満ちていた声は、徐々に嘆きへと変わり、ロス国王は顔を手で覆った。
「……現在国内から魔物の魔力は感じられません。ですので、内外から結界の状態を把握する調査を行うのが良いかと」
「やかましいわ!!お前が私に指図するでない!!」
理にかなった提案すら今のロス国王にはただの挑発にしか映らず、マキナはそれ以上口を開かなかった。
「ロス国王」
と、そこで声を掛けたのは、隣に立つ宰相であるアークル。
「お気持ちは分かりますが、マキナの言い分は一理あります。此度の責任は今後考えるとして、先ずは結界の状態の調査を行いましょう」
怒りで我を忘れている国王を宥めるように、冷静で落ち着き払った声色で語りかけるアークルは、これ程の事件が起きながらも、普段とまるで変わらない様子を見せていた。
「アークル…ッ!!し、しかしだな……」
しかし尚も怒りが冷めず、マキナの提案を素直に受け入れることにも抵抗を覚え、ロス国王は煮え切らない表情のまま黙り込んだ。
その様子を見たアークルは、そっと国王の傍らへ歩み寄り、誰にも聞こえぬよう小さく囁く。
「ここで再び魔物の侵入を許せば、国外からの追及だけでなく、国民の反発も避けられません……その時、矛先がどこへ向かうか、お分かりでしょう」
その一言がロス国王の心を射抜き、顔から血の気が引いて蒼白となった頬が微かに震える。
その反応をまるで予期していたかのように見つめ、アークルは微笑んだ。
「よ、よし、ではマキナ!!すぐさま結界の状態の調査を行え!!良いな、一日で済ませろ!!国民の安全がかかっているのだからな!!」
「……は」
国家を覆うほどの広大な結界を、一人で確認し終えるなど到底不可能にも関わらず、マキナは一言の不満も吐かず、粛々と頭を垂れた。
「(脚力強化の魔法を掛けて、休まずに駆け続ければ、明日のこの時間までには間に合うかも知れない)」
己に鞭を打つような思考と共に立ち上がろうとしたその時、再びアークルが口を開いた。
「ロス国王、それは危険です。結界の調査はこの国の存亡に関わる重要な任です。いかにマキナといえど、一日での完遂は不可能です」
「む……だが……」
ロスは口ごもりながらとその続きを口に出来ないでいる様子に、もう一押しが必要と判断したのか、アークルは続け様に口を開く。
「ここは速さよりも正確性を取るべきです。国民の安全と、何より王自身のためにも、ある程度の人員を割き、精密に行うべきかと」
アークルの言う事は正しいと理解しつつも、ロス国王は尚も人員を割くことに抵抗を感じていた。
しかし、アークルの発言を聞いたことで、先の戦いを共に乗り越えた十名の兵士達が即座に行動を起こした。
「ロス国王、その役目は我々にお任せ下さい」
「お主は……グラッブか」
荒れた感情を抱えていたロス国王の顔に、わずかに冷静さが戻る。
「そうか。先程送り出した兵士達を率いたのはお主か」
「は……いささか役者不足かも知れませんが」
「いらぬ謙遜をするな」
グラッブの名が何らかの形で国王の記憶に強く残っているのか、訓練兵長という立場にある今も、かつては王の信を受ける役職に就いていたことが伺える。
「ロス国王。私含めここにいる兵士10名は先程の戦闘に出ておりました。故に、これ以上王をお護りする兵を割く必要はありません。どうか、このままマキナ様とともに調査にあたらせていただけませんでしょうか」
マキナは兜こそ動かしていないが、その奥で視線はグラッブ達の方を見ていた。
「……良いだろう。では貴様ら十名で結界の調査を行え。期間は三日、くれてやる」
「「「はっ!!!!」」」
「…は」
その声と共に、マキナと十人の兵士は素早く移動を開始した。
馬車の横に立ち尽くすロス国王が、去りゆく背に向けて溜め息を漏らす中、アークルは黙ってマキナの背を見送っていた。
マキナを見つめるその瞳は、血と泥にまみれた兜の少女の背中を、まるで品定めするかのように淡々と観察していた。
そして、ふと不敵な笑みを浮かべ、まるで、自分の望む形へとゆっくりと進み始めていることへの喜びのようであった。
※後書きです
ども、琥珀です。
実は今回から、少しだけ文章構成を変えました。
と言っても大きな変化はなくて、地の文の区切れを減らした感じです。
スマホだと問題ないんですが、PCだと行間が空きすぎてスカスカになってしまうのではないかと思いまして。
まだ試行錯誤中ですが、ベストな形を見出すまで、少々お付き合いくださいませ。
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は水曜日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。
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