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リヴァイス・リヴァイバル〜果てなき世界の調律録〜  作者: 琥珀
第1章 『The Maiden's Requiem』
22/25

21.漏れ出す本心

※明日まで連日更新致します

 母親が無事に瓦礫の圏内から抜け出したのを見届けたマキナは、その瞬間に張り詰めていた最後の一糸を解くように力尽きた。


 直後、ズズン!!という、鼓膜を震わせる凄まじい崩落音が響き渡る。


 家屋の残骸が土煙を上げ、彼女を飲み込むようにして完全に崩れ落ちた。



「ゲホッ、ゲホッ!! ハァ……!! ハァ……!!」



 全身の力が一気に削ぎ落とされ、マキナの身体は糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちる。


 反射的に両手を地面につこうとするが、掌に伝わる感覚すら頼りなく、天地が逆転して地面が遠ざかっていくような悍ましい錯覚に襲われた。


 視界はぐにゃりと歪み、耐え難い眩暈が平衡感覚を奪い去る。


 胃の奥からせり上がってくる熱い吐き気を、震える手で懸命に押さえ込んだ。


 両耳にはキーンと鋭い耳鳴りが鳴り響き、周囲の音も水中にいるかのように遮断され、ほとんど聞き取ることができない。



「(ま、まだ……!!立って、早く、身体を、起こして……!!ボルムがすぐそこに……母子が、危ない!!)」



 脳が悲鳴を上げながら再起を命じるものの、過負荷を強いた四肢はガクガクと震えるばかりで、もはや指先一つすら思い通りには動かない。


 生まれたての子鹿のように、ただ泥に伏した無様な姿勢のまま、一歩も、一寸も動くことが叶わなかった。


 それでも、身体の深層に伝わる不気味な地響きを頼りに、重い首を巡らせて視線を前方へと向ける。


 先ほどよりもさらに巨大さを増して接近していたボルムが、昏い殺意を隠すことなく、真っ直ぐにマキナへと迫っていた。


 視界の端が急速に黒く蝕まれ始め、意識の火が消えかける中、マキナは視界の片隅にあの母子の姿を捉えた。


 彼女たちは避難の足を止め、届かぬ距離から懸命に、必死に声を張り上げていた。



「逃げ……て!!はや……く!!お願い、逃げて!!」



 その絞り出すような悲痛な叫びが届いたのか、少女はなおも何かを訴えようと手を伸ばしていた。


 しかし、背後に迫る死神の如き魔物の圧に耐えきれなくなった母親が、嗚咽を漏らしながら娘を強引に抱きかかえ、その場から逃げるように走り去っていく。


 その背中が、瓦礫と煙の向こう側へと小さく消えていくのを見届けた時。


 マキナの胸の内には、安堵の光と共に、鋭利な刃で抉られたような孤独と寂寥感が唐突に芽生えた。



「(あれ……?)」



 極度の酸素不足と疲弊で顔面の感覚すら麻痺している中、頬を伝い落ちる温かな滴の感触に気づく。



「(どうして……私、今、泣いて……?)」



 朦朧とした意識の混濁の中で、マキナは無意識に、消えゆく背中に向かって小さく、弱々しく手を伸ばした。



「あ……お、置いて……いかないで……」



 不意に零れ落ちたその言葉が、彼女の深層心理の叫びだったのか、あるいは単なる錯乱だったのか、その真意を推し量る術はなかった。


 何故なら次の瞬間、視界のすべてが一気に真っ黒な絶望に染まったからだ。


 それがボルムの巨大な拳による暴力であると理解したのは、すでにその硬質な衝撃が身体の深部にまでめり込んだ後だった。


 バキバキバキッ!!という、骨が粉砕される生々しい破壊音。


 肺が瞬時に押し潰され、酸素を奪い去る衝撃。


 すべてが、神経を伝う速度を置き去りにして襲いかかってきた。


 肉体はくの字に折れる暇さえ与えられず、強張ったまま一本の杭のように後方へと弾き飛ばされる。


 空気を切り裂き、背中から家屋の残壁に激突して叩きつけられるまでの一瞬が、マキナには永遠のように引き延ばされた時間に感じられた。


 もはや衝突の痛みすらも脳には届かず、マキナの身体は石壁に自らの輪郭通りの穴を穿ち、そのままずるりと瓦礫の中へと滑り落ちた。


 砕け散った壁材の下敷きとなり、痺れた筋肉は沈黙し、肺は呼吸の仕方を忘れたように動かない。


 ただ、関節がきしむ鈍い痛みだけが、死の淵に踏み止まっていることを辛うじて報せていた。



「(体……が、動かな……息……息、しなきゃ……)」



 消えかかった意識の糸を懸命に繋ぎ止めながら、マキナは浅く、泥を啜るような小さな呼吸を再開する。



「(立たなきゃ……戦わなきゃ……私は……みんなを守る、『英雄』なんだから……)」



 だが、鉄の如き意志とは裏腹に、壁にめり込んだ肉体は重力に従うだけの肉塊と化していた。


 ズゥン……ズゥン……と、大地を抉る重厚な足音が、確実な死の足音として響く。


 ボルムが獲物を仕留めるために、ゆっくりと、しかし着実に歩み寄ってくる。



「(早く……早く、()()……)」



 かろうじて動く眼球を前方へと向けると、そこには既に陽光を遮るボルムの巨躯が、視界のすべてを覆うほど目前に迫っていた。


 驚くことも、恐怖を抱くこともできず、ただ呆然と迫り来る終焉を見つめるマキナ。


 だが次の瞬間、無防備なボルムの顔面が、突如として鮮烈な光を伴い爆ぜた。



「かかれぇ!! マキナ様を、英雄様をお守りしろぉ!!」



 一時的に失われていた聴力が戻り、耳に飛び込んできたのは複数の、それでいて結束した叫びであった。


 視線の先では、周囲の小型魔物を迅速に討伐し終えた兵団の数名が、決死の形相でボルムの前に立ち塞がっていた。



「良いか!! 深追いするな、接近しすぎるな!!魔法と弓で牽制を維持しつつ、徐々に攻めろ!!」



 その最前線には、あの老兵、グラッブの姿があった。


 彼は全軍の指揮を執りながら、討伐によって戦列に余裕の出た数名を率い、マキナの危機的状況を察知して即座にこの場へ駆けつけていたのだ。



「(なんということだ……!!避難の見落としがあったとは。もっと早く気づいていれば!!もっと早く、この場に戻っていれば!!)」



 これまで常に鋼の冷静さを保っていたグラッブも、この時ばかりは激しい後悔と自責の念に魂を苛まれていた。


 これほどの緊急事態において魔物を背負いながらの不測の事態に対処するのは困難を極める。


 ならばこそ、魔物を掃討しつつ安全の空白地帯を確保すべき兵団がその不備を補うべきであったのだ――グラッブは自らにそう鞭打っていた。


 だが、それはあまりに過酷な理想論であった。


 予期せぬ奇襲の只中、たった十人、それも実戦経験の乏しい若手ばかりを率いて、この地獄のような状況を完璧に統制するのは不可能に近い。


 むしろ、これまで一人も脱落者を出さずにここまで迅速な対処を見せたこと自体が、グラッブの老練な采配の賜物であった。


 避難漏れの親子がマキナの目前に現れたのは、残酷な不運の積み重ね――それ以上でも以下でもない。


 だがグラッブの胸を締め付けていたのは、防げたかもしれない不測の事態を拭えなかったという消えぬ後悔であった。



「だ、ダメですグラッブ兵長!!攻撃が通りません! 皮膚すら裂けない!!」



 四人の兵士たちはそれぞれの役割を瞬時に果たし、一糸乱れぬ連携で攻撃を浴びせ続けたが、ボルムは岩の如く微動だにしなかった。



「分かっている!!効かずとも手を止めるな!!とにかく奴の意識をこちらへ向けさせろ!!あの親子に向かわせるな、絶対にだ!!」



 グラッブの叫びは半分は兵としての正論、そして半分は一人の人間としての悲鳴であった。


 親子を救うのは兵士の本分。


 だが、彼が本当にこの身を挺して守りたかったのは、瓦礫の中に埋もれ、満身創痍となったマキナの小さな身体であった。



「(あの一撃を正面から喰らったのだ……それでも、それでももし万に一つ、まだ命の灯火が消えていないならば。追撃の一撃さえ防ぎきることができれば……!!)」



『ル゛オ゛ォォォォォォォォォ!!』



 次の瞬間、ボルムは天を衝くような凄まじい咆哮を上げ、それまでの緩慢な動作を一変させた。


 知性を感じさせぬ単調な攻撃が、周囲の建造物を巻き込む乱暴な回転運動へと変質する。


 それは技巧なき、純粋な暴力の暴走。


 だが、それこそが今の兵士たちにとっては最も致命的な脅威となった。


 周辺を機敏に飛び回り、執拗に牽制を続けていた兵士たちはその巨大な質量による一掃を避けきれず、次々と瓦礫や壁へと着地を乱して叩きつけられていく。


 そしてその攪乱の隙を、ボルムという天災は逃さなかった。


 再び、確実な殺意を孕んだ攻撃態勢へと移行する。



『ル゛オ゛ォォォォォォォォォ!!』



 狙いを定めたのは、部下を庇うように立ち回っていた、動きの鈍いグラッブ。



「訓練兵長!! 逃げてください!!」

「むぅ……っ!!」



 グラッブは瞬時に体勢を立て直そうとするも、軸足に走った激痛がそれを阻んだ。



「……着地の衝撃で骨をやったか。情けない……老いぼれの肉体め……!」



 折れた剣を杖代わりにして、震える脚を叱咤し立ち上がろうとするが、上半身を起こすのが精一杯であった。



「グラッブ兵長!! 今すぐ助けに――」

「来るな!!いいか、お前たちの命は、この魔物を討つための刃だ!!ここで私に構わず、必ず……必ずマキナ様をお守りし、奴を仕留めよ!!」



 駆け寄ろうとする若き部下たちの動きを、グラッブは鋭い眼光で、断固として制した。


 そして、己の背後に控える若き芽たちに、未来のすべてを託すように言葉を投げかける。



「(最後の最後に……老いぼれなりに、一端の盾として役に立てただろうか……)」



 死の爪痕が眼前に迫るその瞬間においても、グラッブの表情は驚くほど穏やかであった。


 巨大な質量を伴う拳の影が彼を完全に覆い尽くし、絶対的な破壊が振り上げられる。



「このままでは終わらんぞ、化け物め。貴様を必ずや討ち滅ぼす者が……必ず現れる……!」



 不敵に笑い、そう誇り高く吐き捨てた直後――ボルムの拳が無慈悲に、容赦なく振り下ろされた。

※後書きです






ども、琥珀です。


皆さん旅行お好きですか?

私はぼちぼちなんですけど、それでも行きたいのがイタリアです!


イタリアにいってグルメを楽しみつつ、文化を知りたい……

そしてサンシーロに行きたい!!

あの熱をもろに浴びたい!!


赤と黒のユニフォームをまとって!!


本日もお読みいただきありがとうございました。

次回の更新は明日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。


評価やブックマーク登録、リアクションも大変励みになります。

もし面白い!面白そう!と思っていただけたら是非宜しくお願いします

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