15.ジニアス・フェルクルク
※5月6日まで連日投稿します
リベルから告げられた名前に、マキナは一瞬頭を動かすも、思い当たる人物は思い浮かばなかった。
「ジニアス・フェルクルク……聞いたことない名前です……」
「だろうね」
リベルは静かに微笑む。
その表情には、どこか哀惜のような色が滲んでいた。
「俺達もあちこちの地を旅してきたが、その名を見かけたのは初めてだった。ただ、文献から読み取れるだけでもその人物が並外れた天才だったことは明らかだったよ。今の時代に生まれていたら、魔族との戦争の形はきっと大きく変わっていたはずだ」
「そんな天才が、なぜ……誰にも知られていないんですか?」
マキナの問いに、リベルはふと目を伏せる。
「……天才すぎたんだろうな。恐らく、存在そのものを抹消されたんだ」
「ま、抹消……!?」
その言葉に、マキナは息を呑む。あまりに非道な言葉に、怒りよりも先に言葉を失った。
「ジニアスは時代を先取りしすぎたんだろうな。突出した才能は、警戒と排除の対象となり得てしまう。ジニアスの才能は、当時の権力者や魔法体系にとって脅威だったのかもしれない」
つまりは他者から才能を妬まれ危険視され、それだけの理由で消されてしまった、ということ。
だが、同時に彼女は思ってしまう――もし魔族との戦争が終わった時、自分もまた「力を持ちすぎた存在」として不要になるのではないかと。
戦争の終結と共に人々の視線が変わった時、いまの英雄視が敵意に変わることだって、決してありえない話ではない。
――私も、もしかして……。
そう思った瞬間、心の奥底に氷の刃が突き立つような不安が広がり、マキナは目眩のような感覚に襲われた。
「マキナ、大丈夫か?」
リベルの声が、遠くから聞こえるように耳に届く。
「はっ……だ、大丈夫です!ごめんなさい……」
笑顔を作って返したものの、その裏では激しい動悸と冷や汗が彼女を蝕んでいた。
それを察したのか、リベルは話題をそっと戻す。
「ジニアスは、自分の死期を悟っていたのかもしれない。残された時間で文献を遺し、それを未来に託したんだろう。実際、文献には腐敗防止の魔法の痕跡があった」
「……自分の死を分かっていても、人のために遺したんですね」
マキナは、もうこの世にいない天才の意志に思いを馳せた。
「本当に“人のため”だったかはわからないけどね。『天才たる自分の名前が残らないのは悔しい』――そう思っただけかもしれない」
ふざけた口ぶりで言うリベルに、マキナもようやく笑みを返す。
そのふざけた口調は、恐らくつい先程まで動揺していたマキナを気遣っての発言だったのだろう。
――この人は、優しいな。
そんな感想が、自然と胸に浮かんだ。
「つまりリベルさんたちが使っていた二つの魔法は、それを実用化したものなんですね」
「ああ。ジニアスの理論の大部分は正しかった。足りなかったのは魔力調整と、術式を少し追加しただけ。俺たちはそれを補完しただけだ。二百年前の知識に、現代の技術が追いついたというわけだが、そんな時代に魔法理論を確立させてたんだから、頭が上がらないな」
リベルがこう言うのも無理もない。
この世界において魔法を発動させるには、いくつかの明確な過程を踏まねばならない。
まず大前提となるのは、発動に必要な術式の存在。
術式とは、魔法の構造を文字によって記述したものであり、魔法の『設計図』と言っても過言ではない。
例えば炎で攻撃したいなら『発火の術式』を、風で対象を切り裂きたいなら『風圧の術式』を記す必要がある。
魔法の種類ごとに、相応しい術式が求められる。
もちろん、新たな魔法を創造するとなれば、それ相応の知識と発想力、そして膨大な試行錯誤が求められる。
術式はただ記せばいいものではなく、繊細で緻密な構造を持たねば、機能しない。
一方で、一度完成された術式については、複写しさえすれば再利用が可能となる。
発動条件を満たせば、術式そのものが再現性を持って作動するからだ。
この点が、この世界の魔法体系が『実用性』に長けていると評価される理由である。
次に求められるのが、術式に魔力を流し込むという過程。
いかに優れた術式を描いても、魔力の供給がなければ発動には至らない。
ここで問題となるのが、魔法ごとに求められる魔力量や魔力の『質』が異なるという点だ。
多くの場合、魔法が発動できない原因は術式ではなく、この『質』の部分にある。
初歩的な魔法——例えば火花を飛ばす、水を湧き出させる程度であれば、多少不安定でも魔力を込めれば発動する。
しかし、より複雑な魔法となれば事情は一変する。
たとえば「飛行魔法」。この魔法には、飛行の基盤となる魔法陣に正確に魔力を注ぐ必要がある。
次いで、浮遊を維持するための魔力を別途流し込み、さらに移動を司る魔力を別の層に与えなければならない。
この三段階を正確に処理し、なおかつ時間差なく同時に発動させなければ魔法は暴走し、最悪の場合、術者の命の危険性すらある。
現在では並の魔法使いなら発動可能とされるこの魔法も、マキナが生まれるより遥か昔、使用できる者はほんの一握りだったという。
ここで注目すべきは、それ以上に複雑であるはずの魔法を、ジニアスの残した魔法理論から読み解き、リベルが完成させたという事実にある。
天才・ジニアスでさえ完成には至らず、八割の完成度で断念した術式をリベルは補い、実用可能な水準にまで引き上げたのだ。
マキナの視界に映るリベルは、まさにラヴィスやイグニヴァが主と仰ぐに足る人物だった。
「ジニアスが残した魔法理論は、時代の流れの中で埋もれ誰にも扱われることなく現代に至った。それが、この魔法が世に出なかった理由だ」
「なるほど……でも、リベルさんがそれを完成させたなら、今こそ広めるべきなんじゃ……?人類のためになるんですよね?」
マキナの声は希望に満ちていた。しかし、その言葉とは対照的に、リベルの表情はどこか険しかった。
「……俺は自分の手で、この魔法を世に出すつもりはない」
その静かな一言に、マキナは目を見開く。
「ど、どうしてですか!?この二つの魔法だけでも、どれだけ人類の力になるか……!」
「それは“人類”の――それも魔族と争う“君たちの”都合だろう?」
リベルの声には、冷えた鋭さが宿っていた。その指摘に、マキナは言葉を詰まらせる。
「どんな背景があろうと、この魔法が歴史の中で忘れられたのは事実だ。それを『自然の成り行き』と捉えるなら、俺もそれに従うべきだと思っている」
リベルの理屈は筋が通っていた。しかし、マキナの心には引っかかるものが残る。
「じゃ、じゃあ……その魔法は、このまま永久に封じ込めるべきだってことですか?」
「そこまでは言わない。俺たちが発見した文献を未来の誰かが見つけて実用化するなら、それもまた『自然な選択』だ。だが、その道を“俺の手で”導こうとは思わない」
リベルの言葉に、マキナは思わず黙り込む。
人類のために魔族と戦い続けてきたマキナからすると、彼の言い分はどこまでも中立だ。
まるで、何者にも加担せず、ただ“世界”そのものを見つめているかのように。
「でも……その魔法があれば、魔族との戦いに終止符を打てるかもしれないんですよ?なぜそれを――」
「この魔法を“戦いの道具”としてしか見てない時点で、やはり広めることを危惧するよ」
強い口調で言葉を遮られ、マキナは沈黙してしまう。
それを見て、リベルは話を続ける。
「例えば空間魔法。これがあれば、遠方の国々へ負担なく移動できる。認識阻害魔法だって、本来は魔物などから身を隠す魔法として想定されてたものだった」
「そ、それは……でも、今の時代では……!」
反論を試みるマキナを、リベルは目線で制する。
「そう、“時代”だ。ジニアスがこの魔法理論を築いた当時、魔族との争いはなく、書き残された本にも平和的な使用法しか記されていなかった」
マキナの顔から、次第に血の気が引いていく。
「ジニアスは、自ら生み出した魔法を“戦うため”ではなく、“人々の生活を豊かにするため”に使おうと考えていた。その想いを無視して戦争のために転用する。それは、この人の信念に対する侮辱だと思わないか?」
リベルの問いかけに、マキナは言葉を失う。
「人類がこの魔法を自力で発見し、それを戦いのために使うというなら俺は止めはしない。だが、そのために“俺が”この魔法を提供することは、絶対にしない」
リベルは、あくまで「観察者」として立っていた。
人類という立場からさえ一歩引いたその姿勢に、マキナは強い違和感を覚える。
「でも……それを待っていたら、人類はいつまで経っても成長できないし、戦いも終わらない……その時を待ってるだけじゃ、何も変わらないよ……」
希望にすがったわけではない。
ただ、魔族との終わらない戦争の中で、新しい道が開けるかもしれないという期待に、マキナは心を浮かせたのだ。
だが、それをあっさりと拒まれ、彼女は深く落胆していた。
「バカ言ってんじゃねぇよ」
その言葉に、マキナはゆっくりと顔を上げた。
彼女の発言を強く否定したのは、これまでずっと黙って話を聞いていたイグニヴァであった。
※後書きです
ども、琥珀です。
GW企画3日目イェー
実は昨日、初めて本作がランクインしました!
正直、書き続ける中で、いつか少しでも載れば良いな……くらいの目標にしていたため、投稿して1ヶ月経たないこの状況で達成できた事、本当に嬉しく思います
これもひとえに読んで下さっている読者の皆様のおかげです。
本当にありがとうございます!
また密かにランクインは目標にしますが、これからも地道に投稿を続けて参りますので、どうぞ引き続き本作を宜しくお願い致します。
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は明日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。
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