14.リベル③
※5月6日まで連日投稿します
「俺たちは訳あって世界中を渡り歩いてるんだ。その中で、この世界の様々な出来事を調べている」
リベルはカップの中で揺れる琥珀色のティーを、銀のスプーンで静かにかき混ぜながらそう口にした。
カチリ、と硬質な音が静かな室内に響く。
その言葉に、マキナはわずかに目を見開いた。
渡り歩く、と言えば聞こえは良いが、魔族の脅威が偏在するこの混沌とした世界では、それは常に命を賭ける行為に他ならない。
ラヴィスが先日語っていたように、物資を抱えて各国を横断する商人たちが日々背負う、死と隣り合わせの危険と似通っている。
しかし、今はそれ以上に問いを重ねなければ何も進まない。
マキナは軽く戸惑いながらも、さらに疑問を投げかけた。
「世界のことって……歴史とか、そういう類ですか?」
「もちろんそれも調査対象のひとつ。だが、俺たちが探っている対象はもっと広くて、もっと深い。世界の成り立ちそのもの——遺物、環境、地方に伝わる伝承や風習、あらゆる痕跡を拾い上げている」
その真剣な語り口に、マキナは自然と背筋を正した。
「どうして、そんなことを?」
単純な問いだが、相手の根幹に触れる内容。これにリベルは特に抵抗なく答える。
「この世界では魔族との戦いが始まってから人間の暮らしが劇的に変化した。日常も、価値観も、文化も、何もかもが変わらずにはいられなかった。だから俺は、変わった箇所を知りたいんだよ」
リベルの言葉からは、確かな重みを感じる。
マキナが生まれた時、世界は既に“第二次魔族侵攻”の只中にあった。
彼が語る“変化以前の世界”というものを、彼女は知らない。
だからこそ、彼が見てきたものを記録に変えるという意思が、より鮮やかに響いた。
「じゃあ皆さんは……学者みたいなもの、なんでしょうか?」
「厳密にはそれも少し違う。とはいえ何と名乗るのが正しいのか、俺にも分からないな」
その曖昧さに、マキナはほんの少し頷くにとどめた。
世界の根幹を探るなどという営みは、既存の肩書きひとつで括れるようなものではないのだろう。
「なるほど……リベルさんたちが色々調べているのは分かったんですが……でもそれと、さっき話していた“魔法”と、どんな関係があるんですか?」
問い返されたリベルは、再びティーカップを手に取り、一口静かに口へ運び、香りを楽しんでから穏やかに返した。
「さっきも言っただろ? 世界を調査してるって。この世界において“魔法”は、今や無くてはならない基盤技術だ。なら当然、それも調査対象に含まれてくるんだよ」
「……あっ、そっか!」
ようやく繋がりが腑に落ちたのか、マキナは膝を打ちそうな勢いで声を上げた。
「じゃあ、認識阻害魔法とか空間魔法っていうのは、その調査の過程で偶然見つけた“副産物”みたいなものなんですね?」
リベルは静かに頷いた。
それを見ていたマキナの表情に、再び小さな疑問が浮かぶ。
「でも……私が見たあの魔法は、とても複雑で高度なものでした。それに、リベルさんたちが発見したってことは、過去にその魔法が実際に使われていたってことですよね。どうして現代ではまったく見かけないんだろう……」
核心を突くようなマキナの問いに、リベルは少しだけ目を細め、手にしていたカップの中身をゆっくりと飲み干した。
器を口元から離した彼は、そのまま底を見つめながら、静かに答えた。
「……あの魔法は、ある場所を調査していたときに偶然見つけたんだ。詳細はわからないが、少なくとも二百年以上は前の代物だと思う」
「に、二百年!? あんなに高度な魔法が、そんな昔から存在してたんですか!?“第一次魔族侵攻”よりも前ですよ!?」
驚きに目を見開いたマキナは、立て続けに突きつけられる事実に思考が追いつかず、ただ呆然とするしかない。
しかしその衝撃が収まる間もなく、先ほど抱いた疑問が胸の奥からじわじわと再燃してくる。
「それほどの魔法が存在していたのに、どうして現代では使われていないんですか? あんなに強力な魔法が使えたら、人類はもっと魔族に対抗できていたはずじゃ……」
「そうだな、俺もそう思うよ。扱えれば、の話だがな」
言葉の最後を一音ずつ区切るように、リベルは含みを持たせた。
妙な間に、マキナは無意識に眉をひそめる。
「君は、認識阻害と空間魔法の二つを見たよな。実際に体験してどう思った?」
「ど、どうって……えっと、強力で、便利だなって……」
答えた直後、自分でも答えが薄っぺらいと感じたのだろう。
マキナは言い終えるや否や視線を逸らし、気恥ずかしそうに頬を赤らめた。
そんな彼女の様子に、リベルは小さく笑う。
「はははっ。君は洞察力や感覚は鋭いが、理論で魔法を組み立てるタイプではないと見た」
的確すぎる指摘に、マキナはぐうの音も出ず、ますます顔を赤らめる。
「悪い、貶すつもりはないんだ。別に悪いことじゃないしな。現代の魔法は利便性を求めて簡略化され、かつ定型化されすぎているからな。そういう時代の魔法に対して、感覚――つまりイメージで扱うのも立派な技術だ」
「そ、そうですよね!」
もはやヤケクソ気味に力の入った声でマキナは返す。
マキナは元々、肉体的戦闘能力に秀でたファイタータイプであり、魔法も身体強化や簡易な術を感覚的に使いこなすスタイルだ。
その身体強化魔法でさえ、『使えば身体能力が上がる』と教わったまま実践している程度で、理屈は深く理解していない。
きっとリベルの言葉には、そんな彼女なりの“感覚の鋭さ”を肯定しようという意図があったのだろう。
そう理解していても、どこか“脳筋”と思われている気がして気恥ずかしかった。
「さて、話を戻そう。君の言うとおり、“認識阻害”と“空間魔法”の二つは非常に強力だ。“認識阻害”は奇襲にはもってこいだし、“空間魔法”は距離を問わず瞬時に移動できる。もしこれらが一般に普及すれば、人類は魔族に対して飛躍的に有利になるだろう」
「だったらどうして……?」
マキナの言葉を引き取るように、リベルは静かに椅子に背を預け、組んだ手を膝の上に置いて語り始めた。
「おそらく、二百年前の時点でこの魔法は“使われていなかった”、のだと思う」
「えっ……? でも、それって矛盾してませんか? 今こうしてリベルさんが使っているのに……」
理解しがたい説明に、マキナの思考は再び混乱していく。
リベルは一から丁寧に語り直すように、ゆっくりと言葉を続けた。
「辺境の地を調べていた時、不思議な書庫のような場所にたどり着いた。そこには数え切れないほどの文献が残されていたんだが、大半は風化して読めなかった。その中の奇跡的に無事だった文献、君が見たような魔法はそこに記されていたものだ」
「ってことはやっぱり……その魔法は二百年前から実在してたってことじゃ……?」
マキナの言葉に、リベルは静かに首を振った。
「確かに記されてはいた。だが、その書物には至るところに失敗を匂わすような印がつけられていたんだ。恐らく当時は理論だけが先行し、実際には完成していなかった」
「理論しか……って、じゃあ! あの魔法は“できるかもしれない”という仮説のもとに作られたってことですか!?」
興奮気味に問い返すマキナに、リベルは満足げに頷いた。
「そうだ。文献のほとんどが、“この魔法を行使すればこうなるだろう”と仮定形で綴られていた。結果の記述がないということは、実証は出来なかったんだろうな」
新たな真実にマキナは呆然としつつも、ふとある疑問が胸に湧く。
「でも……じゃあ、どうやって理論を確立したんですか? 試してもいないのに、あそこまでの……!」
思わず口をついて出た問いに、リベルは一人の名を告げた。
「――ジニアス・フェルクルク。その魔法理論を確立し、後世に残した人物の名だ」
※後書きです
ども、琥珀です。
GW企画2日目イェー
昨日はたくさんのアクセスをいただけました!
本当にありがとうございます!
ストックはまだあるから、新作投稿して直ぐの頃に連日投稿しとけば良かった少し後悔してます
さりとて5月から繁忙期に入るため、ずっとストックを維持できるとも限らないため、基本は週3日で行こうかなと
小説だけに集中できたら良いのにな……
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は明日の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。
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