13.リベル②
※GW特別企画で5月6日まで連日投稿します
――閑話休題。
そうした過去の積み重ねは、マキナの中に一つの習性を根付かせていた。
他者から差し出される食べ物や飲み物には、どれほど好意が込められていようとも、生存本能としての警戒心が先に立ってしまうのだ。
もちろん目の前にいるラヴィスやイグニヴァがそのような意図を持っていないことは、十分に理解している。
だが、理屈では割り切れないものが心にはある。
長年刷り込まれた警戒と恐怖は、理性だけで拭えるものではない。
そっとカップに手を伸ばした指先は震え、結局また掴めずに引っ込められる。
その異変にいち早く気づいたのは、リベルだった。
彼は静かにラヴィスを手招きし、何かを小声で耳打ちする。
話を聞いたラヴィスは頷き、静かにマキナの傍へと歩み寄った。
彼女はそっとカップを取り上げると、驚いた様子のマキナに一点の曇りもない笑みを向けた。
「ら、ラヴィスさん……?」
返事の代わりに、ラヴィスは何の躊躇もなくカップを傾け、中の茶を自ら一口含んだ。
そして、申し訳なさそうに深々と頭を下げてみせる。
「申し訳ありませんマキナさん。私としたことが、うっかりしておりました。お出ししたのは抽出が早すぎたアクの強い部分でした。すぐに相応しい部分をお淹れ直しますね」
そう言うとラヴィスは手早くカップを片付け、ワゴンにあった別のカップに新しい茶葉を移した。
次いでスプーンで茶をすくい上げると、再び自ら口に含む。
瞳を閉じ、不純物がないことを確かめるように頷いた。
「……うん、今度は大丈夫です。安心してどうぞ」
ラヴィスは一音一音を区切るように、やわらかく言葉を紡ぐ。
その声音がまるで魔法のように、マキナの強張った胸にしみわたった。
マキナは用意された新しいカップと、ラヴィスの顔を交互に見つめる。
気づかれてしまった――自分の怯えを、警戒心を。
それでも彼女はそれを責めず、気づかぬふりをしてメイドとしての役割を完遂してくれた。
言葉では表せない感謝を胸に、そっとカップを持ち上げる。
もう、指先は震えていなかった。
一口含んだその瞬間、ふわりと鮮烈な香りが口の中に広がった。
「あ……美味しい……」
柔らかな香気が鼻腔を満たし、風味が舌の上で花開く。
強すぎず、しかし芯のある味わい。
ほんのりと甘く、花のようなフローラルさが静かに心を解きほぐしてゆく。
その香りは疲れた心を包み込むように寄り添い、深い安らぎの中へと導いていく。
まるで、アロマのような優しさに満ちていた。
「よかったです。慣れない場所で、しかもご主人様とは初対面ですものね。緊張されていると思って、リラックス効果のあるお茶を選ばせていただきました」
マキナの感想に、ラヴィスは頬を僅かに緩めて笑った。
「ラヴィスは本当に気が利くからな。俺もいつも助けられているよ」
「ご主人様ったらそんな! メイドとして当たり前のことです」
リベルが茶を一口飲みながら言うと、ラヴィスは照れくさそうに肩をすくめ、小さく身をよじった。
「まぁとにかく安心してくれていい。俺たちは別に君と敵対するつもりなんてないよ」
リベルの穏やかな声に、空気がやわらぐ。
しかし、イグニヴァが少し眉をしかめて口を開いた。
「敵対ぃ?マキナが戦ってるのは魔族なんだろ?最初からアタシ達は敵じゃないだろ」
その一言に、マキナは思わず苦笑いを漏らし、一方でリベルは、半ば呆れたような表情を浮かべた。
「イグニヴァ……本当に対面した彼女のことを知らずに呼んだのか?」
問いかけに、イグニヴァは腕を組んで首を傾げる。
「ラヴィスは……彼女をどう思う?」
「はい! とっても素敵な方です!」
満面の笑みで即答するラヴィスを見て、リベルはそっと頭を抱えた。
「あー、こういうわけでさ。君が特別視されず、警戒されなかった理由、わかってもらえたかな?」
「ええ、はい……でも、こう言うのも変ですけど……私のことが知られていないって、新鮮ですね。どこへ行っても大体知られているので……」
マキナの言葉に、ラヴィスとイグニヴァは顔を見合わせて、そろって小首をかしげていた。
「話がややこしくなりそうだし……マキナ、二人には詳細を話しても良いかい?」
「は、はい。お二人なら、知っても変わらないでいてくれると思うので……」
不安がないわけではなかった。
これまで、二人がマキナに対して自然体に接してくれたのは――おそらく、彼女の正体を本当に知らなかったから。
だが、それこそがマキナにとっては驚きだった。
己が『英雄』として知られながらも、それを気にかけず、名もなき一人の人間として対等に接してくれた二人。
彼女にとって、それは未だに不思議で、そして少しだけ嬉しい出来事だった。
マキナは信じていた。
短期間といえど交わした言葉と、重ねた時間があれば、きっと大丈夫だと。
彼女の決意を感じ取ったリベルは小さく頷き、口を開いた。
「二人とも。彼女はな、この世界で魔族との争いに身を投じ、平和のために戦い続けている――『英雄』マキナだよ」
二人は、一瞬だけ「へぇ〜……」と素っ気ない反応を返しながら、お茶をすする。
次の瞬間。
「ぶっ!」
「けほっ……!」
同時に吹き出したお茶が、机に広がる。
――その反応を見て、マキナが小さく胸を撫で下ろしたのは、言うまでもなかった。
「(あ、よかった。普通の反応があって)」
「『英雄』!? こいつが!? だってこいつ女だぞ!?」
「ど、どうしましょう……私ったら英雄様に偉そうに説教垂れてました……!」
片や信じられないという顔、片や過去を思い出して自己嫌悪に沈む様子。
反応はさまざまだが、ある意味で「普通」のリアクションに、マキナは強い安心感を覚えた。
「気づかない方が逆に驚きだよ。名前を聞いた時点で、普通は察しろよな」
二人は腕を組んで「うーん……」と悩み込む。
「確かに、さっきのところで周囲の奴らがめちゃくちゃ発狂してたな。あれって、そういうことだったのか……」
「そういえば、財布を取り返して下さる際も、とても跳躍されてましたね……あの時は“そういう活発な人なのかな”くらいに思ってましたが、冷静に考えれば異常ですね……」
「思い当たる節ありすぎだろ。よくそれでスルーできたな」
堪らずリベルが突っ込み、笑い混じりに大きく息を吐いた。
「まぁでも、マキナさんはマキナさんです。私は、私の目で見て知ったマキナさんしか知りませんから」
「まぁそうだな。どこまでも愚直で、実直で。だからこそ、アタシはこの禁忌の場所に案内してもいいと思ったし、頼ろうと思ったからな」
マキナの予想通り、二人は彼女が英雄であると知っても、その態度を変えることはなかった。
その自然体のまなざしが、たまらなく温かくて――そして嬉しかった。
「そ、それで……あの、リベルさんは、なぜ私をここへ……?」
茶のおかげで少し落ち着いたマキナは、ようやく問いを投げかける。
「あぁ、いや。特別な理由があったわけじゃないんだ。ただ、ラヴィスが“良い奴”だって君のことを褒めていたし、イグニヴァが気を許して連れてきた人がどんな人物か、知りたかっただけさ」
そう言った後、リベルは小声で「まぁまさかその人物が“英雄様”とはね」と呟いた。
ラヴィスとイグニヴァは顔をそっと逸らす。
「まぁ、何にせよ、君たちには世話になったようだし――俺としても、何かお礼をしないといけないと思ってね」
「お、お礼だなんて、そんな……!」
言いかけて、マキナは言葉を止めた。
ほんの一瞬、考える素振りを見せた後、少し緊張した面持ちで口を開く。
「じゃあ……あの、ひとつだけ。お聞きしたいことがあるのですが……」
その言葉に、イグニヴァの眉がピクリと動いた。
さきほど自分が封じた“あの質問”が、再びマキナの口から紡がれようとしていると気づいたのだ。
決して、彼女の警告を無視したわけではない。
リベルから何も言われなければ、マキナはそのまま立ち去るつもりだった。
だが――
リベルの放つ静かな圧が、彼女の中で再び好奇心と警戒心を呼び覚ましてしまった。
「ここに来るまでに、色々な出来事がありました。特に、見たことのない魔法を目にした衝撃は今でも忘れられません」
マキナが語り始めるのに対し、三人は黙ってその言葉に耳を傾けている。
「問題は、そんな高度な魔法を何で使えるかです。貴方たちは……いったい、何者なんですか?」
その問いに、リベルはしばし沈黙を保った。
その目はマキナの瞳をじっと見据え、その質問に答えるべきかどうか、見定めているようだった。
全ての決定権はリベルにある――彼女たちが言った通りに。
マキナがごくりと喉を鳴らした、その瞬間。
リベルは、静かに口を開いた。
「そうだな……まぁ君になら話しても良いだろ」
※後書きです
ども、琥珀です。
GW企画初日イェー
当初は明後日29日から開催する予定だったんですが、別に1日くらい多くなってもいいや、と思い、今日から始めました
今日から10日連続、宜しくお願いします!
え?ストック……?
……ハハッ!!
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は明日の朝7字頃を予定しておりますので宜しくお願いします。
評価やブックマーク登録、リアクションも大変励みになります。
もし面白い!面白そう!と思っていただけたら是非宜しくお願いします




