119.決戦当日
決戦当日。
八〇〇〇人強の帝国兵、レイス・ローマン率いるパウリア王国の戦士達一〇〇名、レヴィ・ベンダーを筆頭とする傭兵『砂漠の教義』二〇数名、そしてマキナとディジー。
これらの大多数がドロミット岩峰周辺を包囲し、厳重な攻撃体勢を整えていた。
あとはウィガードの命を受けて現場に赴いた最高執政官ガディールが、突撃の号令を飛ばすのを待つのみとなっている。
この場に集まった者達は、みな一様に緊張の面持ちを浮かべていた。
それも無理のない話で、全員の視線の先にあるドロミット岩峰からは、肌がヒリつくような異様で禍々しい気配が色濃く漂っていたからだ。
先日のマキナとディジーが侵入した時よりも更に濃密な気配に加え、肉眼で捉えられるだけでも相当の数が確認できる魔族の群れ。
幾多の死線を潜り抜けてきたマキナでさえ、これ程の規模の総力戦は経験したことがない。
この一戦がどれほどの意味を持つのか。
その重みを受け止めるマキナもまた、この時ばかりは日頃から兜を被っていて良かったと思うほど、兜内部の表情を硬く強張らせていた。
まだ何も始まってはいないし、終わってもいない。
しかしこの総力戦で『空の器』を破壊し、『クイントスクーロ』全員を倒すことが出来れば……。
そんな希望に満ちた未来を考えることを、止めることは出来ず、『英雄』にとっての悲願であるため、致し方のないことではある。
「大丈夫だマキナ。一人で戦うわけじゃないからね」
そんな強張るマキナを見かねてか、後ろに立っていたディジーがマキナの小さな肩にポンと手を乗せ、声をかけた。
その言葉に安堵して小さく笑みを返そうとしたところで、ドロミット岩峰から空間が歪むほどに強大な魔力が発せられ、マキナ、否、全軍の視線が一斉にそちらに向けられた。
岩峰の中心地の高所に、圧倒的で凶悪な魔力を放つ『空の器』、そしてそれを囲うようにして、四人の『クイントスクーロ』が睥睨するように立っていたのだ。
これまでは名前だけで人類を震えさせていた恐怖の象徴の四人が堂々と姿を見せたことで、兵士達の間に一気に萎縮する空気が広がる。
「怯むな」
が、そんな空気を引き締めるような、腹の底に響く低く野太い声が一帯に響き渡る。
「かつて人類を震撼させた魔族といえど、それは何十年も前の話。我ら人類は血と汗で進歩を重ね、奴ら魔族と戦えるところまでやってきた。『クイントスクーロ』など、所詮は過去の旧遺物に過ぎん!」
ガディールの声は芯があり、戦場によく響く。
その力強い声色は聞くものの恐怖を落ち着かせ、そしてその言葉は確かな闘志で心を奮い立たせるものがあった。
「魔族など恐るるに足らず。『クイントスクーロ』怯えるに値ず」
そこまで口にしたところで、ガディールは腰にかけていた特注の剣を鋭い金属音と共に引き抜いた。
「我ら人類の歩みを信じ、我ら人類の未来を信じ、その命を捧げよ!!」
「「「おぉぉおぉぉおぉぉぉぉ!!!!」」」
その言葉は確かな熱を伴って兵士たちの心に火を点け、八〇〇〇人強による決死の雄叫びが、一帯の大地を震わせるように轟き渡った。
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「ハッハッハッ!!良いね良いねぇ!!痺れるねぇ!!」
大地を揺るがす雄叫びを離れた岩峰の上で感じ取りながら、フェッランテは好戦的でとても愉快そうに笑みを浮かべていた。
「めんどくさい……全員直ぐに自害してくれないかな」
「あら?それならば苦しんで死んでくださる方が嬉しいですねぇ。それはそれはもう、大いに苦しんでいただきたいですわ」
心底めんどくさそうな表情を浮かべるヴィンセリスとは対照的に、マリアルザは残虐で恍惚とした笑みを浮かべていた。
「なんでも構わない。我らの目的が達成できるのであればな」
そう言ってフォルゴールはゆっくりと一歩前へ出る。
「だがこのまま奴らの意のままというのも面白くないのは事実だ。どれ、一つ先手を打ってやるとするか」
そしてフォルゴールはそのまま右手を前に翳すと、一瞬にして上空に漆黒の雲が渦を巻いて架かっていく。
「なんだよフォルゴール、お前が先鋒かよ。ちゃんと数残しておけよ」
「フッ……それは人間共に言ってくれ」
暗雲はドンドンと濃くなり、やがて激しい稲光を纏った雷雲へと変貌していった。
「『フルミナンス』」
そして翳していた手が力強く振り下ろされた次の瞬間、視界を奪うほどの激しい閃光とともに、暗雲から極太の雷が人類の陣形へと一直線に落とされた。
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上空から迫る強大な魔力に即座に反応したのは、マキナ、ディジー、そしてガディールの三名。
この内、マキナとディジーの二人は、雷に向かって跳躍するガディールを見て、反撃の手をピタリと止めた。
ガディールが空中で握っていた剣を思い切り横に薙ぐと、刃先が雷に直撃し、そのまま轟音と共に雷を切り裂いた。
「『ブルヴェール』を構えろ!!」
直後に上空から発せられたガディールの号令に、帝国兵たちがいち早く反応し一斉に盾を構える。
遅れて『砂漠の教義』の面々が、パウリア王国の戦士達は近くの帝国兵の盾によるフォローを受けた。
「マキナ、ボクの後ろにいて」
そう言ってディジーは素早くマキナの前に立ち、眩い魔法陣を浮かび上がらせた手を翳した。
その直後、ガディールが真っ二つに切り裂いた雷が、細かな無数の落雷となって戦場へと降り注ぐ。
辺り一面が稲光に包まれる中、ディジーはマキナの目前で手の動きに合わせて魔法陣による防御膜を展開させていた。
落雷が膜に直撃すると、その膜を伝うようにして電撃が枝分かれし、バチバチと音を立てながら後方の地面へと流れていった。
合間合間で光が止み周囲の確認をすると、他の帝国兵士達も各人で新型の『ブルヴェール』を用いて、電撃を吸収・分散する対処を見事に行えていた。
「細かな雷でもかなりの威力だ。最初の落雷が分散されてなかったら、この攻撃で相当の数が減らされていたね」
未だ降り続く落雷の処理を続けながら語られるディジーの分析に、マキナはゾッとした。
これは『クイントスクーロ』からすればなんて事のない一撃にしか過ぎないであろうにも関わらず、その一撃があわや大多数の兵士が一瞬で命を失うほどの威力を誇っていたのだ。
改めて、『クイントスクーロ』という存在がどれ程規格外の化け物であるかを身を以て理解させられていた。
「だがこれはチャンスだマキナ。この激しい攻撃の閃光で、『クイントスクーロ』も少なからず視界を奪われているはずだ」
ディジーは僅かに顔だけ振り返り、不敵にニヤリと笑みを浮かべた。
「準備は良いかい、マキナ」
対するマキナは、大きく深呼吸することで僅かに動揺していた動悸を落ち着かせ、そして深く力強く頷いた。
「うん。やろう、ディジー」
その確かな答えを聞き届けたディジーが、片手の魔法陣の上にさらに複雑な幾何学模様を展開させる。
その直後、激しい稲光の瞬きに紛れるようにして、マキナの姿はその場から忽然と掻き消えた。
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「ハッハッハッ!!完璧に防がれたなフォルゴール!!」
目の前に落ちる雷の数々とその閃光に目を眩ましながらも、落雷を綺麗に防ぎ切る人類の姿を見て、フェッランテは愉快な笑い声をあげた。
「力を測るのが目的だ。現に奴らの新たな力の一部は見れた。どうやら魔法を無効化する術を身につけたようだな」
「嫌ですわ。その程度で我々をどうにかできると思っている人間の浅はかさ。心底吐き気がしますわね」
フォルゴールに続くように、マリアルザは嫌悪感剥き出しの冷たい表情で吐き捨てる。
「……私が行ってかき乱してこようか?」
「いや、その必要はない。既に火蓋は切って落とされた。前哨戦の始まりだ」
フォルゴールの視線の先では、先程の落雷を凌ぎ切った人類の兵士達が一斉に大地を蹴って突撃を始めており、ここに、人類と魔族の命運を懸けた大規模な戦闘が始まりを告げた。
だがその時、ヴィンセリスが異変に気付く。
「……あの『英雄』、どこいった?」
先程まで一際強く感じていたマキナの気配を、『クイントスクーロ』の面々は雷撃の合間に一時的に見失っていたのだ。
次の瞬間、直ぐそば上空から、強大な気配が突如姿を現した。
※後書きです
ディジ「ちなみに、君はどうやってあの落雷に対処しようと思ったんだい?」
マキナ「え?取り敢えずぶん殴ってみれば何とかなるかな、って……」
ディジー「もう少し知識を身につけようか……」
本日もお読みいただきありがとうございました。
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