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リヴァイス・リヴァイバル〜果てなき世界の調律録〜  作者: 琥珀
第1章 『The Maiden's Requiem』
12/19

11.治療を終えて

※調整に調整を重ねていたら、本話の字数が5000字くらいになっちゃいました

いつもよ気持ち長めです

「おっと……危ねぇな」



 椅子から滑り落ちそうになるソラの身体を、イグニヴァがすぐさま支え、自身の胸元へと静かに引き寄せた。



「ソラちゃん!?」



 驚愕したマキナが声を上げるが、イグニヴァは唇に細い人差し指を添えてそれを制する。



「大丈夫だ。張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れたんだろうな。眠ってるだけだよ」



 赤髪のメイドの胸元で、ソラは安らかな寝息を立て始めた。


 ベッドに横たわるカイもまた、薬効による深い眠りの中で、嘘のように穏やかな表情を浮かべていた。


 先ほどまで広場で激痛に顔を歪め、死を覚悟していた惨状が幻であったかのように。


 イグニヴァはソラを起こさぬよう静かに立ち上がると、空いている隣のベッドへと彼女を丁寧に横たえる。


 布団をかけたあと、イグニヴァは再び硬質な椅子に腰を下ろし、机の上で鋭いペン先を走らせ始めた。



「……それは、何を書いてるんですか?」



 彼女の動きに続いてベッドから降りたマキナは、背後からその肩越しに紙面を覗き込み、綴られる情報の意味を尋ねた。



「カルテだよ。この子らの治療はまだ完治したわけじゃない。不死でもねぇ限り、生命には常に『万が一』が付きまとう。その瞬間に状態を明確にできてないのはリスクでしかねぇからな」



 激情を露わにする荒々しい口調。


 しかし、その背中に宿る「生」への向き合い方は、マキナがこれまでに見てきたどの高名な治癒師よりどこまでも真摯で丁寧であった。


 その本質に触れ、マキナは彼女が理屈抜きに信頼に足る、善良な人物であることを確信する。


 それでも、英雄としての重責が避けては通れない問いを彼女に投げさせた。



「あの……教えてほしいことがあるんです」



 マキナの重い問いかけに、イグニヴァは背を向けたまま、思考を止めることなく筆を走らせ続けた。



「なんだよ。アタシの手が止まらねぇ程度の内容なら聞いてやるよ」

「広場に現れる前に街を飲み込んだ、あの青い炎……あれは、イグニヴァさんの魔法、ですよね?」



 その言葉を聞いた瞬間、イグニヴァの肩が僅かに、しかし明確に揺れた。


 ようやくカルテを綴る手を止めると、彼女は肺の奥にある熱を吐き出すように大きく息をつき、椅子ごとゆっくりとマキナの方へ振り返った。



「……仮にそうだとしたら、お前はどうする?」



 これまでとは異質な、上位存在特有の重圧を孕んだ声。


 マキナは本能的な戦慄に襲われ、僅かに身を引く。



「私はあの炎から、魔力の残滓をほとんど感じませんでした。あれほどの規模を瞬時に展開しながら……一体、あれの正体は何だったんですか?」



 無言のまま射抜くような視線を向けてくるイグニヴァに、マキナは焦燥に駆られるまま言葉を畳みかけた。



「入り口の認識阻害も、この屋敷の理外の空間魔法も……知識として存在は知っていても、これほどの規模を涼しい顔で維持できる人間なんて、私の知る限り世界に一人も存在しない。あなた達は一体、何者なんですか……!?」



 彼女たちが善良であることは、その行動を見れば明白だ。


 だが、英雄として人類を守る立場にあるマキナにとって、理解の範疇を超えた力は、潜在的な「脅威」として警戒せざるを得ない対象でもあった。


 もしこの絶対的な力が敵へと転じた場合、現状の自分では太刀打ちできる術すら見当たらない。


 慈悲深い姿を目にしながら、それでもなお疑念を捨てきれない己の矮小さに嫌気が差しつつも、マキナは揺るぎない眼差しで返答を待った。


 イグニヴァはジッとマキナの瞳の深淵を見据え、やがて頬杖を突いて、どこか呆れたように、けれど同情を込めてぽつりと呟いた。



「……お前も、苦労してんのな」

「え……?」



 それは、切実な問いに対する解答ではなかった。


 だがその一言だけで、己の内心に渦巻く矛盾した警戒心を完全に見透かされたことに、マキナは気づかされる。


 敵意で返されるのではと身構えていたマキナであったが、イグニヴァの紅蓮の瞳にそんな昏い色は宿っていなかった。



「悪いがそれについてはアタシの口からは話せねぇ。お前を信用してねぇわけじゃなくてな。そういう重大な判断は、うちのご主人が下すことになってる」

「イグニヴァさんの……主……」



 ラヴィスも口にしていた、二人が絶対的な忠誠を誓う「主」の存在。


 これほど規格外の者たちを従え、物理法則を容易く歪める屋敷を維持する存在。


 今、最も注視し、警戒すべきはその人物なのかもしれない――マキナの思考は、未知の支配者へと向けられた。



「……まぁ、そう身構えんな。ここまでアタシの手伝いをしてくれたんだ。何も答えねぇってのも不義理だし、少しだけ教えてやるよ」



 そう言ってイグニヴァは、細い右手の人差し指をマキナの目前に立てた。


 すると、その指先がじわじわと赤く燃え上がり、瞬く間に指全体が揺らめく炎そのものへと変貌を遂げていった。



「ゆ、指が直接燃えて……!?でも、魔法陣も詠唱も……それに、魔力の励起すら感知できないなんて……!!」

「その通り。これは魔力を編み上げた魔法じゃねぇ。これは、アタシ自身の内側から生み出している、純粋な炎だ」



 イグニヴァの断定的な説明を、マキナの常識は即座に処理することができなかった。


 魔力を使わずに火を起こす現象自体は、道具を使えば人間の手でも可能だ。


 だが、今目の前で行われているのは、『自らの肉体を燃料として』超常的な発火を引き起こすという、生物の理を無視した現象。


 つまり、彼女の言葉通りの異常な真実が、変えられない現実としてマキナの鼻先で猛っているのだ。



「……ま、自分の理解が及ばねぇことが目の前で起きたらそんなリアクションを取るのが普通だ。安心しな、お前の反応は正しいよ」

「普通って……じゃ、じゃああなた達の正体は……」



 震える声でその禁忌に触れようとするマキナに対し、イグニヴァは指先の炎をふっと吹き消し、穏やかな所作でそれを制した。



「これ以上踏み込むのはやめとけ。少なくとも、今はまだな」



 それは冷徹な警告であり、同時に不用意な接触がマキナの身を滅ぼしかねないことを報せる、彼女なりの優しさでもあった。


 納得できない焦燥感を抱えつつも、イグニヴァが伝えようとした『実存する危険性』を察知し、マキナはやむなく口を閉ざした。


 そのやるせない心境が表情に滲んでいたのだろう。


 イグニヴァはやれやれといった調子で小さく息をつき、卓上にあった無機質なガラス容器を一つ手元に引き寄せた。


 容器からはみ出した細い紐の先端に、彼女が指先を触れさせると、じわりと灯ったオレンジ色の光が、静寂の中で穏やかに揺れ始めた。



「……それは、何かの魔道具ですか?」

「魔道具じゃねぇ。これはアルコールランプ。特殊な薬品を混ぜることで液体の揮発性を高めてる。その液体をこの紐が絶えず吸い上げさせることで、紐自体が燃え尽きることなく光を灯し続ける仕組みだ」



 目の前のランプの仕組みについては理解できた。


 だがなぜこの状況で、唐突に実験器具の話を始めたのか、その意図が掴めずマキナは困惑を隠しきれなかった。


 そんな彼女の困惑を置き去りにしたまま、イグニヴァは落ち着いた口調で語り続ける。



「『1/fゆらぎ』……お前、この言葉を聞いたことはあるか?」

「……いえ、初めて聞く言葉です」

「炎にはな、一定のリズムの中に不規則な揺らぎが混ざっているんだ。それを、アタシらの知る世界ではそう呼ぶ。お前自身の心臓の鼓動、打ち寄せる波の音、風が木々を揺らす囁き……生命の根源に流れるリズムは、皆同じなのさ」



 耳慣れない異世界の概念の連続に、マキナの眉が僅かに動く。


 まだ彼女には、この話が広場での一件とどう結びつくのか、その核心が見えていないようだった。


 その反応を見て取ったイグニヴァは、少しだけ考え込むような仕草を見せた後、質問の角度を変えた。



「……お前さ、魔族との戦いの合間に野営をしたことがあんだろ?」

「え……は、はい、数えきれないほど」

「その夜、静かに燃える焚き火の炎をじっと見つめていて、気持ちが少しだけ落ち着いた経験、ないか?」



 思い返せば、確かに心当たりがあった。


 凄惨な戦闘を終えた後の夜。


 漆黒の闇の中でマキナはただ一点、オレンジ色の炎を見つめることで安らぎを得ていた事があった。


 あれは単なる暖を取るための行為ではなく、無意識のうちに、炎の揺らぎに己の傷ついた精神を癒やさせていた証なのだと、イグニヴァの話を聞いて強く実感する。



「炎を見つめて心が静まるのは、その揺らぎが人の心に最も心地よい共鳴を与えるからなんだよ。どうだ、少しは理屈で伝わったか?」



 イグニヴァの語り口からは、彼女なりに誠意を尽くし、マキナの不安を解こうとする自負がうかがえた。



「あ……」



 言葉にならない納得の声が漏れる。


 マキナの脳裏で、断片的な情報がパズルのように繋がり、一つの結論を形作る。



「あの広場にいた人々を一瞬で鎮めた、あの青い炎……!あれも、もしかして……!」



 予想は的中したのだろう。


 イグニヴァは得意げに口角を上げ、満足げな笑みを浮かべた。



「そう。あの炎には『1/fゆらぎ』の性質を極限まで増幅させた仕掛けを施してあった。だから理性を失って暴走しかけた連中も直ぐに落ち着きを取り戻したんだよ」



 ようやく最初の疑問への糸口が見えてきた。


 マキナは自身の無知を恥じるように、静かに頷いた。



「ちなみに、あの炎の色が青かったのにも、明確な意味があってな」



 そう言うとイグニヴァは机の引き出しを開け、そこから取り出した微細な粉末を、親指と人差し指でひとつまみ摘み上げた。


 それをアルコールランプの炎にふりかけると、パチパチと乾いた音を立てて、オレンジ色の炎は一瞬にして冷徹な青色へと染まった。



「これはセシウムって物質だ。特定の成分が火に反応すると、こんな風に色を変える……面白いだろ?」



 その紅い瞳には無邪気な好奇心と、科学への絶対的な信頼が宿っていている様子であった。


 彼女は楽しげな表情のままそっとランプの蓋を閉じ、光を消す。



「青色には見る者の興奮を抑え、冷静さを取り戻させる心理的効果がある。それを生命のリズムである『揺らぎ』と組み合わせれば、集団を沈静化させる強力な手段になんだよ」



 ただし、マキナは直感的に理解していた。


 あの時の炎は、今ここで再現された化学反応とは比べものにならないほど不可思議で、圧倒的なまでの神秘を帯びていたことを。


 青い光とゆらぎだけで数千人の殺意を一瞬で収めるなど、既存の学問だけでは到底説明がつかない。


 イグニヴァが語ったのは、あくまでマキナが理解できる範囲にまで噛み砕かれた現象の「表層」に過ぎないのだ。


 それでも、彼女はマキナの不遜な問いに対し、自らの持つ知識と最大限の誠意を以て応えようとした。


 これはこれまで幾度となく救済の手を貸してくれたマキナへの、イグニヴァなりの礼節であり、最大級の感謝の示し方だったのだ。


 依然として、正体の知れぬ危うさを秘めた相手であることに変わりはない。


 だがそれ以上に、生命を尊ぶ彼女の真摯な姿勢が、マキナの胸に温かな名残を落としていた。



「あの……丁寧に教えていただき、ありがとうございます。それと……すみません、私の勝手な警戒心で、詮索するようなことばかり言ってしまって……」

「はっはっはっ!! お前、本当にお人好しにもほどがあるな!! 肝心な中身は全部ぼかしたままなのに、律儀にお礼を言われるとはな」



 イグニヴァは肩を震わせて笑い転げ、笑い過ぎたのか、瞳の端ににじんだ涙を豪快に拭っている。


 マキナは、熱くなった頬を隠すようにそっと押さえながら、安堵と気恥ずかしさが入り混じった、なんとも言えない感情を抱いていた。


 と、そのとき――。



 重厚な部屋の扉が静かにノックされた。



「失礼します」



 現れたのはラヴィス。彼女は丁寧に一礼し、二人に静かに視線を向ける。



「マキナさん。ご主人様がお会いしたいとのことです」



 その宣告を受けた瞬間、マキナの背筋を冷たい緊張が駆け抜けた。


 ついに、この異質な屋敷の頂点と相まみえる時が来たのだ。

※後書きです






ども、琥珀です。


前回の後書きで時事ネタ云々言ってたと思うんですけど、記憶に残る出来事ってそう多くはないので、自分でハードル上げすぎたと後悔しています


そもそもニュースとかもまともに見ないので……

いっそ後書き書かない方がお目汚しにならない……?


本日もお読みいただきありがとうございました。

次回の更新は24日の金曜日朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。

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