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リヴァイス・リヴァイバル〜果てなき世界の調律録〜  作者: 琥珀
第1章 『The Maiden's Requiem』
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10.イグニヴァ

「ラ、ラヴィスさん!?」

「あら、マキナさんじゃないですか。こんにちは〜」



 予期せぬ場所での再会に、マキナは裏返った驚きの声を上げた。


 対するラヴィスは、場違いなほどどこか呑気な声で応える。


 ーーー予感は、確かにあった。


 先程までの荒々しい一喝の中にも、どこかラヴィスの洗練された挙動を彷彿とさせる『格』のようなものを、赤髪のメイドからも感じ取っていたからだ。


 けれども、まさか別れた翌日に再び彼女と再会することになるとは思ってもいなかった。


 激しくなる胸の高鳴り。


 その制御しきれない鼓動の速さに、マキナ自身が激しい当惑を覚えていた。



「あん?なんだラヴィス、こいつ知り合いなのか?」

「ええ。貴方が聞き流していた昨日の話した方ですよ。貴方にもお話ししたはずですが」

「あぁ〜……悪い、覚えてねぇわ」



 赤髪のメイドは当時の会話を完全に忘れていたようで、決まり悪そうに後頭部を掻きながら、不遜に視線を逸らした。



「というより貴方、『コイツ』だなんて不躾ですよ。ご主人様の品位を汚すような真似は慎みなさい」

「あ〜……そういや名前を聞いてなかったな。てか、名乗る間もねぇくらい殺気立ってたしよ」

「まぁ、言い訳ですか?だめですよ、まずは自身の身分を正しく示し、相手を認識することから始めなさいといつも言っているでしょう」

「い、いや……ラヴィスさんとも、お別れの直前にようやく自己紹介を交わした程度だったのですが……」



 マキナが冷や汗を流しながら突っ込むと、ラヴィスは「あら、そう言えばそうでしたね」と、穏やかに微笑んだ。


 赤髪のメイドも呆れたように鼻を鳴らし、ようやくマキナたちへと真っ向から向き直った。



「悪かったな。状況が状況だったとはいえ、何の説明もなしに連れ回してよ。アタシはイグニヴァ。この屋敷でメイド……まぁ、主に医術的な役割を担ってる」

「あ、マキナ・アンジェリカです。その……普段は、各地で魔族との戦闘を任されています」



 すでに『英雄』としての名は知られている以上、今更隠蔽する意味もない。


 けれど、血生臭い戦場に身を置く己の素性を明かす際、マキナはどうしても後ろめたさを感じ、どこか曖昧な響きの紹介になってしまう。



「ほ〜ん、まあ確かにあの広場にいた有象無象の連中に崇拝されてる空気は隠せてなかったもんな。立派立派」



 やはり、というべきか。


 イグニヴァもまた、ラヴィスと同様にマキナの名前に特別な敬意や畏怖を示すことはなかった。


 あの狂気が渦巻く暴力の場にあって、大衆の『正義』よりも目の前の小さな命を優先した彼女の冷徹なまでの合理性が、すべてを物語っていた。


 名乗り直したところで、彼女たちが持つ独自の絶対的な基準が揺らぐとは到底思えない。


 それでもマキナは、自身の肩書きが通用しないこの空間に、奇妙な安堵を覚えていた。



「んで、嬢ちゃんの名前はなんてんだ?」

「え!? あ、ソ……ソラ。ソラリス、です」



 突然、赤い視線が自分に向いたことで、少女ーーソラは肩を跳ねさせつつも、掠れた声でしっかりと名乗った。



「おぉ〜、キレイな名前じゃねぇか。こっちの坊主は?」

「か、カイ。カイリーです」

「かっけぇじゃねぇの。二人とも、立派な名前(モン)を貰ったな」



 イグニヴァの不敵な笑みに、ソラも思わず毒気を抜かれたように、僅かに頬を緩めた。



「それでイグニヴァ。何故、彼らをここまで?ご主人様からは何も聞いていませんが」



 和やかな空気が一転し、ラヴィスが静かに、しかし刃のような鋭さを孕んだ声で問いかける。


 その瞳は、感情を排して淡々と『事実』としてのリスクを査定していた。



「ちゃんと理由を話すよ。アタシが行った先で、この二人が瀕死の怪我を負っててな。特に、今私が抱えてるカイの方は、骨までボロボロに痛めつけられてる。このまま野垂れ死なせるのも寝覚めが悪いだろ」

「痛めつけられて……?」



 イグニヴァの報告に、ラヴィスの表情に僅かなしかし明確な冷気が混じる。


 視線をイグニヴァの剛腕に抱えられた少年の惨状へ移すと、その瞳が大きく見開かれた。



「貴方……もしかして、昨日の、市場で出会った少年くんではありませんか?」



 カイもまた、遠のく意識の淵でラヴィスの姿を認識したのか、熱い涙を滲ませた。


 その絶望的な姿を見つめながら、ラヴィスは沈痛というよりは冷徹な事実確認を行うような静かな視線で眉を寄せた。


 次いで、マキナに背負われたソラへと視線を向け、最後にマキナと真っ直ぐに目を合わせる。


 無言のまま、マキナが惨状の肯定を込めてうなずく。


 ラヴィスもそれを受け、静かに顎を引いた。



「……事情は概ね把握しました。昨日の接触がこの結果を招いたのであれば、私にも不始末の責任の一端があります。ご主人様には私が説明してきます。イグニヴァ、貴方はそのまま自室へ向かいなさい」

「おぅ、頼んだ」



 短く応じ、イグニヴァはカイを羽毛のように抱えたまま、迷いのない足取りで歩き出す。


 ラヴィスは、一歩だけ踏み出してマキナへと改めて視線を向けた。



「マキナさん、巻き込んでしまったようで申し訳ありません。重ねてのお願いとなってしまいますが、このままイグニヴァと共に、子どもたちの容体を見守っていただけますか?」

「巻き込んだなんて、とんでもないです!むしろ……私の不甲斐ない沈黙のせいで、こんな酷いことになっちゃって……」



 思わずこぼれたマキナの自責の本音に、ラヴィスは感情を読み取らせない瞳を細めた。


 しかし、今は私情を追求する刻ではないと判断したのか、それ以上の追及はしなかった。



「おし、アタシの部屋はすぐそこだ。とっとと治してやるからな」



 イグニヴァが先導し廊下を進むと、マキナも重い鎧の音を響かせてその後を追う。


 ラヴィスは一歩下がり、美しい所作で頭を下げ、二人を静かに見送った。


 彼女の予告通り、イグニヴァの部屋はすぐそばに位置していた。


 無骨なドアを開けると、そこには居住地とは思えぬほどの広大な空間が広がっており、マキナはあらためて、この『館』の理外の規模に圧倒される。



「とりあえずカイはこのベッドに寝かせて、ソラはあっちの椅子に座らせてやってくれ」



 指差されたのは入り口から最も遠い壁際の、整理された医療器具が並ぶ机の傍ら。


 その指示に従い、マキナはソラを椅子に座らせた。


 そこからのイグニヴァの動きは、まさに戦場での緊急処置を彷彿とさせる迅速さだった。


 痛めた足首を刺激しないよう、細いふくらはぎを下方からそっと掬い上げ、自身の膝の上に乗せる。


 そして醜く腫れ上がった足首を視認するなり、卓上から塗布薬を取り、指先で丁寧に、かつ迷いなく塗り込んでいった。


 仕上げに机の引き出しから純白の包帯を取り出し、魔法のような手際で巻き付けて、瞬く間に処置を完了させた。



「よし、これで大丈夫だ。無理な跳躍さえしなけりゃもう立っても痛みは走らねぇ。明日にはその腫れも引くだろ」



 あまりの鮮やかな手際の良さに、これまで数多の施術を見てきたマキナも、思わず息を呑んで感心してしまう。



「さて、真の問題はカイの方だな。外傷はどうにでもなるが、ひしゃげた骨と内部の損傷は命に関わる。慎重にやんねぇとな」



 ソラの処置を終えるなり、イグニヴァはカイが横たわるベッドの傍らへと詰め寄った。



「カイの服を脱がせる。お前は背後から体を支えてろ。傷を刺激しないよう、可能な限り優しくな」

「わ、わかりました」



 マキナは言われるがままにベッドに上がり、自身の両手でカイの小さな体を支えながら、ゆっくりと抱き起こした。


 上半身を起こしたところで、イグニヴァが手慣れた手つきで衣服を脱がし始め、少年の腹部が露わになる。


 その途端、イグニヴァの表情が険しくなる。


 一変した理由は、マキナが視線を落としたことで即座に理解できた。


 カイの腹部は、人間の肌の色とは思えぬほどに真っ青に腫れ上がり、惨泄な内出血が広範囲に広がっていたのだ。



「チッ……クソ共が。本気で蹴りやがったな……」



 低く怒りを滲ませたまま上着をすべて剥ぎ取ると、イグニヴァは机へと戻り、備え付けの棚から別の塗布薬と銀色の医療道具が収められたケースを取り出した。


 清潔な手袋をはめ、ケースから柔らかな生地を取り出して透明な液体をたっぷりと垂らすと、それを躊躇なくカイの腹部の腫れに当てた。



「悪いな坊主。ちょっとばかり染みるぞ」



 強烈な液体に反応してか、意識のないはずのカイの体が痙攣するように跳ねた。



「しっかり押さえてろ。薬効が浸透するまではのたうち回る痛みだ」

「は、はい!」



 突然の激しい反応に動揺しかけたマキナに、イグニヴァの冷徹な声が飛ぶ。


 彼女は気を引き締め直し、逃げようとするカイの体をしっかりとした力で抑え直した。


 消毒と清浄を終えると、次にイグニヴァは鮮やかな緑色の軟膏を指に取った。



「そ、それは……?」

「私が採取した薬草を特別に調合した特製の軟膏だ。表面の傷を癒すだけじゃなく、薬効が皮膚を透過して内部組織にまで浸透し、壊れた自然治癒力を飛躍的に強制起動させる。身体にはそれなりの負荷がかかるが、この若さなら耐えられるだろ」



 淡々と述べられる説明の内容に反して、その塗布薬が放つ魔力の密度は、マキナがこれまでに見てきたどの聖属性魔法とも一線を画す異質なものであった。


 しかし今は疑念を深めるよりも、彼女の言う通りにカイをしっかりと固定することに全神経を注ぐ。



「よし、とりあえずの修繕はこれで完了だ。あとはガーゼと包帯で、中身が動かねぇように固定して……っと」



 一切の迷いなく処置を進め、すべてを終えるまでに要した時間はわずか数分足らずであった。



「これで良し。あとは安静にさせておく。もし容体が悪化するようなら、そのときは『根治』を施せば良い」



 使用した手袋を無造作に外してゴミ箱へ捨てると、イグニヴァは椅子に座っていたソラの元へ歩み寄り、声をかけた。



「ひとまずこれで全て大丈夫だ。安心していいぞ、嬢ちゃん」



 その瞬間に見せた彼女の微笑みは、これまでの鋭利な爽快さとは異なり、どこか慈しむような、あるいは生命への純粋な敬意に満ちた柔らかなものであった。


 イグニヴァの手がソラの頭をやさしく撫でた、その直後。


 張り詰めていた緊張の糸が完全に切れたソラは、安堵に崩れ落ちるようにフラッと体を揺らし、そのまま椅子の上から倒れ込んでいった。

※後書きです






ども、琥珀です。


前回の後書きで時事ネタ(春だとか暖かいだとか)は伝わらないかも、と書いたんですが、記憶に残る出来事は逆に有りかも、と思いました


ので、こんな事を書いておこうかと

今の総理大臣は、高市早苗氏です


本日もお読みいただきありがとうございました。

次回の更新は明後日22日の水曜日、朝の7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。


評価やブックマーク登録も大変励みになりますので、面白い!面白そうと思っていただけたら是非宜しくお願いします

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