117.前夜
作戦が間近に迫った夜。
貸し与えられた訓練場で、レイスは一人で汗水を垂らしながら鍛錬を続けていた。
そこへもう一人、別の影が現れる。
「精がでるねぇ」
「あぁ、レヴィ殿」
現れたのはレヴィであった。
「もうすぐ本番の決戦だろう?身体を休ませて置かなくて良いのかい?」
傭兵の癖なのか、闇夜に溶け込むように足音を立てずに訓練場へ足を踏み入れると、ゆっくりとレイスのもとへ歩み寄っていく。
「お気遣い感謝します。ですが我が国の戦士達は既に休んでいますから」
「じゃあアンタ自身はどうなんだい?」
レイスの穏やかな笑みに靡くことなく、レヴィは淡々と続ける。
「問題ありません。いつもこの時間まで修練をしていますから」
「アタシは育ちが良いわけじゃ無いからね。汗臭い男は嫌いじゃないよ。でも次は普段とは違う大戦だ。無理してるんだったら止めてやらないとね」
小さく穏やかな笑みを浮かべながらも鋭い指摘を受けて、レイスは観念したような表情を崩して答えた。
「修練をこの時間までしているのは本当です。ただそれをしているのは、平常心であるための日課……というべきでしょうか。こうして身体を動かして、不安を和らげようとしているんですよ」
武器を下ろし、微かに震える自身の掌を見つめながら、レイスは自嘲気味に小さく笑う。
「……アンタ程の戦士でも、緊張するんだね」
「買い被りですよ。私も死ぬことに怯える、一介の人間です」
そう口にするレイスの横顔には、不安と恐怖、そしてそれ以上に不退転の覚悟が滲んでいた。
「思いがけず自分語りをしてしまいましたね」
「いや、聞けて良かったよ。傭兵という立場上、背中を預けられるかどうかの見極めはしないといけないからさ」
少し揶揄うような、しかし真面目な口調でレヴィは話す。
「おや。では背中は任せていただけるので?」
「背中を任されてやる、かな?言っとくがアタシらは高くつくよ?」
「ハハハ!お手柔らかに願います」
そこまで話したところで、今度はレイスがレヴィに話を振る。
「そういうレヴィさんも、こんな遅くまでどうされたんですか」
「大したことじゃない。帝国から借りてる装備の整備をしていただけさ」
クイッと後ろを指さすと、今まで手入れをしていたのであろう真新しい魔道具が置かれていた。
「アタシが求めた物とはいえ、まだまだ未知の武器だ。出来る手入れは自分達でしておかないと安心できなくてね」
そこまで言って、レヴィは揶揄うようにレイスを見る。
「アンタ達の背中も預かったしね」
レイスは困ったような苦笑いを浮かべ、僅かな沈黙の後、静かに尋ねた。
「レヴィさんは……何故傭兵に?」
そう尋ねた瞬間、レヴィのこれまで浮かべていた表情がなりを潜め、神妙な面持ちでジッとレイスを見つめた。
ピリッとした緊張感が暫く続いた後、レヴィは深いため息を溢す。
「はぁ〜。アンタにだけ弱音を吐かせておいて、自分は何も話さないってのも不義理な話か」
「……申し訳ありません。ただ、私が見てきた傭兵の方々とは余りにも雰囲気が違っていたので気になってしまい……無理にお答えいただかなくとも」
「いんや、構わないよ。会って間もないが、だからこそアンタが身分でどうこう言うタイプじゃないことは分かってるからね」
顔を合わせてからの時間は短いが、すでに旧知の戦友に向けるような柔らかい笑みを浮かべ、レヴィはぽつりぽつりと過去を語り始めた。
「アタシが母親に捨てられたのが、多分一〇歳くらいの頃だったかな」
「えっ……」
突然の重く暗い内容にレイスが驚きの声をあげるも、レヴィは小さく笑みを浮かべながら淡々と続けた。
「それまでアタシは『レギスタン』王国に居たんだけど、生活は決して楽じゃなくてさ。その日を暮らすのだってギリギリだった。『レギスタン』の税金は重いからね」
「……砂漠の国、『レギスタン』。特異な環境と開けた視界による天然の要塞と呼ばれる国。ですが資源に乏しく、輸入のために税を重く課している、でしたか」
レイスの知識による説明に、レヴィはゆっくりと頷いた。
「逃げ出そうにも一歩出れば死と隣り合わせの地獄だ。飛び出す勇気は母には無かった」
「……だから、自分の子どもを捨てて口減らしをし、税を軽くしたと?」
ギリッ!!と強く拳を握りしめる音が聞こえ、レヴィは困ったように苦笑いを浮かべる。
「こらこら、せっかくの良い男が台無しな恐い顔してるよ優男」
ポンポンと肩を叩き、怒りを露わにするレイスにリラックスを促すと、レイスは大きく深呼吸を一つし、まだぎこちないながらも元の表情へと戻っていった。
「失礼致しました。お見苦しいところを」
「ハッハッハッ!!アンタホント、中身も優男だねぇ!!」
今度はバシンバシンと遠慮なく背中を叩かれ、レイスの口から呻き声が漏れる。
「……アタシのために怒ってくれて、あんがとよ」
そう小さく囁かれた感謝の言葉を、レイスは聞き逃さなかった。
「まぁそんな訳で、アタシは自分の身一つで壁の外で生きていかないといけなくなってね。特異な環境ってこともあって奇跡的に魔族や魔物に襲われることは無かったが、水も食料もないから半日やそこらで力尽きたんだ」
ここまでの話を聞き、レイスは胸を痛めたように辛く眉根を寄せていたが、決して口は挟まずに静かに続きを待った。
「砂漠のどっかで倒れてるアタシを偶然助けてくれたのは、当時の『砂漠の教義』だったんだよ」
そう語るレヴィの表情は当時を懐かしむような、穏やかな表情を浮かべていた。
「当時から『砂漠の教義』は傭兵をやっていてね。魔物とかから守るのを対価に商人達から報酬としてお金を受け取って生計を立ててた」
ただのならず者の集まりではない。その確かな誇りが、真っ直ぐな瞳から伝わってきた。
「酷い奴らでさ!『働かざるもの食うべからず』とか言ってまだガキだったアタシも働かせてさぁ!!蝶よ花よと育てられてきたのに、こんな性格になっちまってさぁ!!」
表情こそ怒って見せていたが、その口調に本物の怒りの感情は一切含まれていなかった。
「……でも、差別的なことは何一つされなかった。『砂漠に過去や身分はない。あるのは生と死のみ。故に我々は等しく足掻く機会を与え、流した汗と血だけが己の居場所を決める』。そう何度も叩き込まれてきた」
「……もしかして、それが」
「そ、アタシ達が名乗ってる『教義』の部分だ。だからアタシ達は、どこの誰とも知れないガキだろうと、腕一つで生き抜く覚悟があるなら絶対に見捨てないし、同情じゃなく正当な対価と生きる執念だけを信じて動くのさ」
自らの教義を語るレヴィの表情には、普段の気さくさとは違う誇り高い熱がこもっており、言葉の端々から強い思い入れが滲み出ていた。
「なるほど……私は国に仕える立場ですので、重税の話をされると耳の痛い話ですね」
「なぁんだよシュンとして!別にアンタが直接課してる訳じゃないだろ!」
再び背中をバンバンと叩かれ、レイスは「ウッ!ウッ!」と情けない呻き声を漏らした。
「アタシは別に国を恨んでるわけじゃないよ。国民を守るために税を取るのは、まぁ納得できる理由だしね。放り出されたから一人で生きる術も身に付けられた。最高って訳じゃないけど、この世界で生きることを考えたら幸運だと思うよ」
夜空に浮かぶ星を見上げながら、レヴィは曇りのない笑顔を浮かべていた。
「……お強いですね」
「ハッハッハッ!!お陰様で!!」
豪快に笑うレヴィの表情は、既にこれまで通りのものに戻っていた。
「……私は砂漠には疎いですが、それでもとても素敵な教義だと思います。貴女の強さの根源を教えて貰えて、嬉しいです」
そう言ってレイスは、レヴィに向けてスッと右手を差し出した。
「……なんのつもりだい?」
「まだ、我々同士で正式な挨拶をしてなかったかと思いまして」
レイスは得意の屈託のない爽やかな笑顔を浮かべる。
「マキナ様と握手された際、握り返されたことに驚かれてましたよね。それでしたら、たまには自ら握る側になるのはいかがでしょう」
自分に向けられた真っ直ぐな言葉にレヴィは呆然とした表情を浮かべるも、レイスは構うことなく自己紹介を始めた。
「パワリア王国戦士長、レイス・ローマン。我々は貴女と共に、全力を尽くして戦うことを誓いましょう」
有無を言わさず、しかしハッキリと自分に向けられた信頼の挨拶と差し出された手に、どこか照れた様子をみせながらも、レヴィもゆっくりと手を伸ばして挨拶を返した。
「『砂漠の教義』の頭領、レヴィ・ベンダーだ。アンタらの背中はアタシ達に任せな」
頭領、という言葉に僅かに驚きつつも、両者は互いに固い絆で結ばれるように、力強く握手を交わした。
※後書きです
レヴィ「ほい、握手一回一万G」
レイス「え゛っ!?」
レヴィ「……嘘だよ。間に受けないでおくれよ……」
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