107.帰国
調査から日にちが経過していたこともあり、マキナも一応は背信を疑われていないか警戒していた。
しかしスカラビア帝国に到着して謁見を申し出ると、二人は思いのほか簡単に内部へ入る事を許された。
マキナは安堵していたが、その横に立つディジーは逆に警戒心を強めていた。
「(流石にいきなり拘束とはならないか。だが万が一には備えておくべきかな)」
不測の事態に備えて魔力を練るディジーを尻目に、マキナは案内されるままに真っ直ぐ進んでいく。
「こちらでお待ちを。間も無く陛下がいらっしゃいます」
案内されたのは、マキナが最初にウィガードに拝謁した広大で冷たい謁見の間であった。
「(やれやれ……ボクはこういう畏まった場所は息が詰まって苦手でね……)」
「(そんなの私もだよ……)」
周囲の帝国兵に聞こえないよう小声で囁き合いながら、ディジーは気づかれない程度に周囲を見渡した。
「(……なんだか以前よりひどく殺気立っている気がする。兵もそうだが、国民達もどこか殺伐しているような気配だ)」
「(あ、それは私も前に来た時に思った。すごい警戒しているというか、関わることを拒否されてるみたいだった)」
マキナが感じていた違和感をディジーも感じており、やはりいま帝国内で何かが動いていることを察する。
「(何かきな臭いなぁ。魔族といい帝国といい、裏でこそこそやってて鬱陶しい。面倒臭いったらありゃしない)」
ディジーがポリポリと頬を掻きながら再度警戒心を高めていると、不意にゴゴォン!!という重い音が響き、入り口の巨大な扉がゆっくりと開き始めた。
マキナは即座にその場に跪き、ディジーはめんどくさそうにしながらもゆっくりとその場に跪くと、コンコンコン……と質の良い靴の音を響かせながら、ウィガードが姿を現した。
すぐ後ろに腹心のガディールを従えながら真っ直ぐ自分のための玉座へと向かい、そしてドッシリと腰掛ける。
「よく帰ったマキナ。それで?」
前置きはなく、直ぐに話せという意図がハッキリと伝わる、短くも重い口調で告げる。
「陛下とガディール様より承りました命について、ご報告にあがりました」
ウィガードが無言で顎をしゃくって促すと、マキナは事の顛末に、ヘーニオの死やディジーのフォローを交えて話した。
ウィガードとガディールは終始無言であったが、途中途中で表情を歪める様子が見られた。
「……魔族との関わりがあるとは踏んでいたが、よもや『クイントスクーロ』とはな。ここ100年弱、姿はおろか噂も聞かないから、全滅していたと思っていたが……」
「第二次大戦が始まって以降も、『クイントスクーロ』は現れていませんでしたからな。よもや二体も帝国領に忍び込んでいようとは……」
流石の二人も『クイントスクーロ』の暗躍は想定外だったのか、大きくは崩れずともその表情に動揺を隠せずにいるようであった。
しかしこの時、マキナは全く違うことを感じていた。
報告にあたって、『クイントスクーロ』の存在は確かに彼らにも衝撃的だっただろう。
しかしウィガードもガディールも、その拠点にいた無辜の人々の悲惨な情報については眉一つ動かすことが無く、それがマキナの心に黒いモヤをかけていた。
予想外だったのは、二人ともヘーニオの死について何の突っ込みもしてこなかった点だが、それはマキナ達としても好都合であったため、そこは踏み込まなかった。
「しかしその内の一体を仕留めるとは、流石マキナ様ですな。『英雄』の名は伊達ではないというところを見せていただきました」
「うむ。もし放置していれば、帝国に被害が出るところであった。大義であったぞ」
二人から手放しの褒めの言葉を貰うも、マキナは兜の奥で苦渋の表情を浮かべる。
「(それじゃ……拠点にいた人達の犠牲が、被害じゃないみたい……)」
マキナのこれまでの経験の中でも同様のことは何度もあり、その度に胸を締め付けられる思いをしてきた。
それはここスカラビア帝国でも同様であり、マキナは無意識に膝の上で強い握り拳を作っていた。
隣で跪いているディジーが心配そうに覗き込むが、マキナは兜越しに真っ直ぐな視線を向けて大丈夫だと訴えた。
「しかし、ドロミット岩峰か……まさかそこが魔族どもの寝ぐらとされているとはな」
「有数の岩峰とはいえ帝国領の端ですから。殆ど管理もしておりませんし」
「とはいえ好き勝手されて面白いものではあるまい」
「おっしゃる通りです」
二人は暫く会話を続けていたが、やがてその鋭い視線をディジーに向けた。
「其方、プロディジー・マエストロとか言ったか」
「ん?あぁそうだ……です」
普段の口調で完全にフランクな言い回しをしかけたところでマキナからの強い圧を感じ取り、ギリギリで踏みとどまる。
「今回の経緯、マキナが其方の情報を得たいと我らを頼り、その代価として我らが帝国領拠点の調査を依頼した成り行きがある。結果として行く先で出会えたのは僥倖だが……」
そこまで話したところで、ウィガードは肘掛けにドカッと肘をついて続ける。
「探していた人物が、調査を命じた拠点で再会……些か出来すぎた話だとは思わないか?」
予想通り、ウィガード達はディジーの素性を疑ってかかった。
「問おう。其方は帝国の領土で一体何をしていたのだ?」
エルゼルク王国のロス国王との違いは、ウィガードには紛れもない王としての器があるという点にある。
マキナが久方ぶりに帝国を訪れるまで彼が即位したことを知らなかったのは、ウィガードが国を順調に回していたからに他ならない。
現にいま、ディジーに問いかける声色からは、ハッキリと有無を言わせぬ王としての圧と貫禄が備わっていた。
答えを間違えれば一気に立場は悪くなるという張り詰めた状況下で、しかしディジーは飄々と答える。
「たまたまですね」
臆する様子など微塵もなく、ハッキリとそう告げた。
「ほぅ……」
その一言に、周囲の空気がビリビリと重くなる。
「其方とマキナの再会が、完全に偶然だと、そう言うのか」
「そうですね」
しかしディジーは、そんな絶対的な空気など微塵も感じていないと言わんばかりに軽く受け返す。
「帝国の情報収集力なら把握されていると思いますが、ボ……私は少し前にここを訪れています」
ウィガードが隣に立つガディールに情報の確認を取るべく目配せすると、ガディールは黙ったまま頷いて肯定する。
「私はその後、単身で帝国を出て、そのまま領内を移動していました。ただ浮浪の民のため馬車などは持ち合わせていませんので、当然徒歩で」
勢いで突入するというマキナの脳筋的な作戦であったにも関わらず、ディジーはこの突発的な状況において、冷静に『脳筋的な作り話』を口にしていった。
「帝国の領土の広さは最高峰です。加えて魔物への警戒もしないといけないため、移動そのものに時間を要したのです」
ウィガードはそんなディジーの作り話を黙って聞いている。
「そしていよいよ領土を出ようかという時に、マキナと再会したのです。帝国領の最果ての地で」
話し終えたディジーをウィガードはジッと凝視し、その真偽を測っていた。
「……貴様は何者だ?『英雄』マキナが探すなど、只者ではあるまい」
ディジーの話を受けて、ウィガードはディジー本人に興味を持ったのか探るように尋ねた。
「しがないただの天才ですよ」
だがこれにもディジーは、気後れすることなくいつものように不敵に答えた。
ウィガードの重い沈黙が続き、マキナは兜の奥で額から汗を一筋垂らし、生きた心地のしない緊張の時間を過ごす。
「ふふふ……そうか、天才か。ならばマキナが求めるのも無理はないな」
その言葉を発したあと、緊迫した空気が和らいだのを感じ取り、マキナの全身からドッと力が抜ける。
「再会できた理由は理解した。我が帝国の領土が広い故にいらん嫌疑をかけたな」
周囲の張り詰めた空気は完全に緩和され、穏やかなものへと戻っていく。
「マキナ。其方の報告をもとに、我らもすぐさま対策を打たねばならない。其方の力を借りるかも知れん。暫く滞在して貰えるか」
「ハッ!承知いたしました」
マキナの返答を聞くとウィガードは二人に「下がれ」と命じ、そのまま二人は部屋を後にした。
※後書きです
マ「いきなり話を創らないといけなかったのに、良く咄嗟に話せたね」
ディ「ま、ボク天才だから」
マ「ペテン師みたいだった」
ディ「いや言い方」
本日もお読みいただきありがとうございました。
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