106.帰路
※100話到達記念として16日まで連日更新します!!
岩峰を離れて数分が経過したものの、背後から『クイントスクーロ』の面々が追撃してくる気配は一切ない。
その場凌ぎの口約束に過ぎないと警戒していたものの、どうやら約束は果たされた様子であった。
それを理解し、ディジーは張り巡らせていた魔力感知をフッと解いて安堵の息を吐き出す。
前には今も無言で歩き続けるマキナの姿があり、その表情は兜に覆われているため確認することが出来ない。
マキナに『英雄』としてのプライドを曲げてまで撤退を選ばせたことに責任を感じ、ディジーはひどい居た堪れなさを抱えたまま恐る恐る声をかける。
「あの、マキナ……」
「ふんが〜〜〜〜〜〜!!!!」
ディジーの声かけと同時、マキナは兜を乱暴に引っぺがすように外すと、そのまま行き場のない怒りを爆発させるように、その場で数回激しく地団駄を踏んだ。
軽く踏み込んでいるだけの様子なのに、踏み込むたびにズドォン!と岩盤が砕ける音が響き、ディジーは唖然としてしまう。
その後、マキナはフンッと鼻から荒い息を吐き出して顔を上げた。
「よしっ!切り替え完了!!次こそアイツら絶対ぶっ飛ばす!!」
「大丈夫かいそれ。使命変わってないかい?」
思わず鋭く突っ込んでしまうも、ディジーは改めて彼女の顔色を窺うようにして慎重に尋ねた。
「その、マキナ。ボクに対して怒ってないのかい?」
そうディジーが尋ねると、マキナはキョトンとした様子で首を傾げた。
「怒る?ディジーに?なんで??」
嘘や気休めの誤魔化しを言っているわけでもなく、本心から理由が分からないといった純粋な様子を見せる。
「だ、だって、ボクが君に無理やり撤退を指示しただろう。君にとって、魔族からの逃亡なんてプライドを傷付けることに他ならないのに……」
そこまで説明されてようやく合点がいったのか、マキナはポンッと手を打って「あ〜」と声を出しながら大きく頷く。
「全然怒ってないよ。だってディジーの判断は的確だったし、撤退を受け入れたのは自分の判断。敵前逃亡はそりゃ腹立ったけど、それは私の問題だし、いまその怒りは踏み潰したし」
晴れ晴れとした笑顔を浮かべ、マキナはたった今自分が地団駄を踏んだ箇所をビシッと指差す。
その蜘蛛の巣状に深くヒビ割れた地面を目の当たりにして、ディジーは引き攣るように眉をヒクつかせた。
「ディジーの言う通り、私の『使命』は平穏をもたらすこと。でもそれはあの場じゃなくても良い。逆にあそこで無理に戦ってたら、私は命を落としてたかも知れない。ディジーはそれを止めてくれただけ」
マキナはクルリと振り返り、ディジーに向けて底抜けに明るい笑みを浮かべ、「だから」と続ける。
「……ありがとう、ディジー」
非難を向けられるどころか真っ直ぐな感謝の言葉を投げられてしまい、ディジーは堪えきれないようにクシャッと顔を歪めた。
しかし、それこそがマキナの優しさであり、強さであることを知っていたディジーは、照れ隠しのように頬を擦って素早く表情を取り繕う。
「それで……これからどうする、マキナ」
ディジーの真面目な問いにマキナは顎に手を当てて僅かに考え込んだ後、視線を真っ直ぐに見据えてゆっくりと顔をあげた。
「一度、スカラビア帝国に戻ろうと思う。あの岩峰はスカラビア帝国の領土に近いから、『クイントスクーロ』が集結している事を一刻も早く伝えないといけないし」
毅然とした態度でそこまで話して、マキナは無念を思い出したように僅かに表情を曇らせて静かに俯く。
「何より、二つの拠点のことも報告しないと」
そもそも今回の旅は、スカラビア帝国皇帝ウィガードから拠点調査の依頼を受けたことが発端だ。
報酬であった『ディジーに関する情報提供』は、本人と再会したことで不要となったが、正式な依頼を途中で投げ出すような真似は、マキナの性格上あり得ない。
それらを踏まえて、マキナは真っ先に帝国に戻る決断を下していた。
「まぁ妥当だね。しかしそうなると、ボクはどうすべきかな……」
「え、ディジーまたどこか行っちゃうの?」
「……やめたまえその愛らしい子犬のような瞳は。行かない、行かないよどこにも」
必死に引き止めようとするマキナに、ディジーは誤魔化すように「コホン」と一つわざとらしい咳払いをして続ける。
「そうじゃなくてだね、ボクは『認識阻害』の魔法をかけることで、一時的にヘーニオという人物を帝国兵だと仕立てて君と行動をともにしただろう?」
順序立てたディジーの説明を受けて、マキナはそう言えばそうだったと思い出す。
「だがそれは、ちょっとした違和感をきっかけに、本格的に調べられれば直ぐにバレてしまうような簡易なものだ。帝国は決してバカじゃないし、特に最高執政官のガディールという男は極めて優秀だ。ヘーニオという名の帝国兵が存在しないなんてこと、とっくに気付いているはずだよ」
ディジーの指摘する通り、マキナの記憶の中でもガディールは非常に頭の回転が早く、冷徹なまでに優秀な人物であった。
有事の際の指示は素早く的確で、マキナがただ可能性の話をするだけで瞬時に怪しい箇所をあぶり出し、最終的に今回の調査へとマキナに適切な指示を出したのは他でもないガディールなのだ。
「分かったかい?つまり今更ヘーニオの姿をして潜り込んでも意味がないんだ。それにボクが帝国兵に対して『認識阻害』の魔法をかけていたとバレれば、最悪の場合、国家に対する反逆でお尋ね者になりかねない。だからどうやって帝国に入ろうかな、って言ったのさ」
ディジーが真剣に頭を悩ませている問題点を完全に理解し、マキナも一緒になって腕を組み、うんうんと首を捻って唸る。
「普通に野良のディジーを保護しました、じゃダメなの?」
「脱走したペットかボクは。ダメだよダメダメ。ヘーニオという未解決の問題の種がある以上、その疑いの目が突然現れたボクに向く可能性は十分ある。無用な警戒は避けたいな」
ディジーの至極真っ当で的確な返答に、マキナは「そっか〜」と唸って再び思考の沼に沈む。
「じゃあ、もう一回『認識阻害』の魔法をかけて、全く別の人物だと認識させてやり過ごすのは?」
「出来なくはないが、一度同じような魔法をかけた手前、向こうが疑い深くなって対策を講じていると、効きが甘くなって途中でバレる恐れがある。二度通用するか試すのはリスクが少し高いな」
「いっそ私が戻るまで、大人しく門の外で座って待ってる?」
「ペット入店不可の待機ペットかボクは。それにボクが外に残ったとしても、不可解に消えたヘーニオとずっと関わっていた君自身が疑われるだろう?」
あれこれと色々な手立てを考えるも全てに決定的な問題点とリスクが存在しており、二人は顔を見合わせて盛大に頭を悩ませた。
「でもさディジー。結局のところ、ディジーとヘーニオさんは一切関係ないって言い切っちゃえば、向こうに物的証拠は無いんだからそれ以上詰めようが無いんじゃない?ディジーも証拠を残すようなドジな真似はしてないでしょう?」
「完全犯罪を成し遂げた怪盗かボクは。無論、ボクとの繋がりを残すような三流のミスはしてないよ」
ディジーは流されるようにして、マキナの天然発言に上手く乗せられてしまう。
「じゃあもう、小細工なしでゴリ押そう。任務の道すがら偶然ディジーと再会したって堂々と言えば、なんとでもなるよ。それに重大な『クイントスクーロ』の襲来の話もあるし、その報告を混ぜて有耶無耶にすれば、信憑性は高まるんじゃないかな」
あまりに脳筋じみた力技の発言にディジーは僅かに頭を抱えて悩むも、どれだけ頭を回転させても他に具体的な解決案が思い浮かばため、諦めてその強行案を渋々了承した。
※後書きです
ディ「マキナ……あの、あんまり人前や街中で地団駄踏んじゃダメだよ?」
マ「うん……一回修繕費請求されちゃった……」
ディ「手遅れだったか……」
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