105.撤退
※100話到達記念として16日まで連日更新します!!
全身の産毛がブワッ!と逆立ち震える程の、圧倒的で凶悪な気配。
ディジーが一瞬立ち竦む間に、経験と場数で勝るマキナは振り返りざまに渾身の拳を叩きつけた。
「お?」
マキナの拳は直撃した。
強化魔法による底上げこそ間に合わなかったが、それでも並の魔物程度なら軽々と粉砕できるマキナの必殺の拳が。
「おぉっ?」
その拳をモロに顔面で受けて、『剛傑の断罪官』フェッランテは、僅かに顔を仰け反らせる程度のダメージしか受けなかった。
「ハハッ!!なんだお前!!良い拳持ってんな!!」
フェッランテが浮かべた歓喜の笑みに氷のような悪寒が全身に走り、堪らずマキナはディジーを掴んで大きく距離を取る。
十分な間合いは取った。にも関わらず、マキナの動悸はこれまでに無いほどに激しく暴れ回っていた。
全身から嫌な脂汗が吹き出し、自分の身体が自分の意志とは無関係にけたたましい警鐘を鳴らし続けていた。
「(あんなに近付かれるまで気付けなかった……私の五感も、ディジーの魔力感知にも……なにより)」
震える手を必死に抑え、マキナは今も悠々と笑みを浮かべているフェッランテの方に絶望の眼差しを向ける。
「(私の、拳が通じなかった)」
マキナにとって最大で唯一の武器、それが通じなかったという事実が名付けようのない激しい衝動となって、彼女の内側を乱暴に掻き乱していた。
「いいなお前!!気に入ったぞ!!私と闘ろうぜ!!」
フェッランテから放たれる魔力と圧が更に高まり、二人の身体に限界まで力が入る。
「よせ、フェッランテ。ここはお前の欲を満たすための場じゃない」
静かだが重みのあるその声が聞こえた瞬間、マキナとディジーは同時に動き出し、警戒するように背を重ねた。
頭上を見上げれば、先程まで手前の空間にいたはずの『クイントスクーロ』の面々がいつの間にか集結し、二人を見下ろしていた。
「なんだよフォルゴール!!せっかくここまで足を運んでくれたんだぜ!!ちょっとくらい楽しんだって良いだろ!!」
気分が高揚しているのか、フェッランテは歓喜の笑みを浮かべたまま声高々にフォルゴールに返す。
「ダメだ。お前は一度見境が無くなる。今回は場所も悪い。慎め」
フォルゴールの言葉に「チッ!」と舌打ちしながらも、フェッランテは腕を組んでそれ以上行動に移すことはしなかった。
「まさか、本当にここまで追ってくるとは思いませんでしたわ」
「マリアルザ……」
次いで声を上げたのは、他の面々よりも色濃い殺気を放つマリアルザであった。
「こんなにも早く仕返しをするチャンスが訪れるとは思いませんでしたわ。覚悟は宜しくて?」
どこからともなく取り出した鉄扇を開き、口元を隠しながら優雅に、しかし冷酷に話す。
「よく言うよ。上っ面だけ取り繕って、中身はまだボロボロなんだろう?」
売り言葉に買い言葉でディジーが煽り返すと、マリアルザのこめかみに怒りの青筋がたつ。
「マリアルザ、お前も私情はあとにしろ。今の優先事項はそれでは無いだろう」
フォルゴールがマリアルザに声を掛けると、彼女はギリィと歯を軋ませながらも、不満げに殺気を収めた。
「さて、『英雄』マキナ、そして素性不明の人間。よく来た」
それまで他の面々を嗜めていたフォルゴールが、初めてマキナ達に意識を向けて声をかけた。
「ここに人間が立ち入るのは史上初だ。念のため聞くが、ここへ何をしにきた」
低く、地響きのような重圧のある声。その雰囲気は他の『クイントスクーロ』よりもどこか王者のような貫禄があると感じさせられる。
「ッ……!!そんなの決まってます!!貴方達を倒し、『種』のことを聞き出して、平穏を取り戻す!!」
兜ごしに必死に声をあげるマキナに対し、フォルゴールは最後まで聞き届けた後、小さく「フフフッ」と笑い声をあげた。
「何がおかしいの!!」
「マキナ、落ち着け」
『クイントスクーロ』に囲まれ、自身の武器である拳が通用しなかった絶望的な状況下で普段よりも冷静さを欠くマキナを、ディジーが宥めるように嗜める。
「いや、すまない。この状況下でそんな言葉が出せる姿が、話に聞く『英雄』と相違ないことがおかしくてな」
僅かに肩を震わせた後、フォルゴールはもとの落ち着いた表情に戻って続ける。
「そっちの女は理由は違うようだな。お前の目的は……この器だろう?」
クイッと『空の器』へと指が向けられると、ディジーの表情が僅かに強張るも、直ぐに取り繕い問い返す。
「ご名答だ。ボクの目的はその器の発見と破壊だ。見つけた以上、その器は破壊させてもらう」
「この器は我らが悲願を果たしてくれる『王の器』だ。悪いがその願いは叶えさせてやることは出来ない」
ディジーの表情が再び険しくなるが、周囲から放たれる『クイントスクーロ』の異常な圧が彼女を強引に冷静にさせる。
「さて、『英雄』。お前は我らを倒し、平穏を取り戻すと言ったな」
「……それが私の『使命』ですから」
ディジーに諭され僅かに間が空いたことで、マキナも幾分か冷静さを取り戻していた。
「フッ……使命か。ならば世界を掌握するのは、我らの『大義』だ。そう言えば咎められることは無いのか?」
クックック……とおちょくるように笑うフォルゴールに対し、マキナがギリッと音が聞こえるほどに拳を握りしめる。
「下らん与太話はここまでにしよう。貴様らはこの『王の器』の破壊を目論み、我らはそれを止める立場になるわけだが……」
フォルゴールの言葉が重なるにつれ、周囲の『クイントスクーロ』の魔力と殺気が極限まで高まっていく。
「……我らとしても、この場で『王の器』を破壊ないしは影響を与えるのは避けたくてな」
岩場にミシミシとヒビが入るほどの圧の高まりが最高潮に達した時、フォルゴールが突如として提案をもちかけた。
「そこでだ。この場での戦闘を収めてくれるのならば、我々もこの場では一度貴様ら二人を見逃そう」
「……は?」
その余りにも突拍子もない提案に、マキナは思わず呆気に取られた声を出してしまう。
「なに、簡単な取引だろう?両者ともにこの場では矛を収めよう、という話だ。お前達にとっても悪くない話だと思うが?」
それは暗にマキナ達では到底敵わないという趣旨の完全な見下した発言であり、それがマキナのプライドに火をつけた。
しかし、その場から怒りに任せて動こうとしたマキナを、ディジーがマキナの前に手を翳して片手で静かに制止した。
「ここは引こう、マキナ」
「ディジー!?」
予想だにしない味方からの回答にマキナは驚きの声を上げるが、ディジーは冷徹なまでに冷静であった。
「ここに入る前に話しただろう。ボクがいても、集結した『クイントスクーロ』には勝てないと。勝ちの目が無いところに、ボク達を逃すと言ってくれているんだ。この機会を逃すわけにはいかない」
「だって……!!でも……!!」
マキナはそれでも納得いかないといった様子を見せるが、ディジーがやや語気を強めて厳しく続ける。
「マキナ、君の『使命』は必ずここで果たさなくてはならないものでは無いはずだ。将来、人類に平和をもたらす事が本来の『使命』だろう?ここで戦う決断をすれば、それも果たせなくなる。『使命』よりも、己のプライドが優先かい?」
マキナは兜の奥で屈辱と怒りの形相を浮かべていたものの、ディジーに冷静に諭され続けたことで少しずつ落ち着きを取り戻す。
最終的には不服ながらも小さく頷き、「分かった」と絞り出すように返した。
これでマキナの敵前逃亡はマリアルザに続き二回目であり、『英雄』としての自負をズタボロにされながらも、悔しさに震えながらゆっくりとその場を後にした。
ディジーもそれに続きつつ、背後を振り返り、
「またね」
と不敵に言い残し、姿を消した。
マキナ達の姿が完全に見えなくなったのを確認すると、これまで一言も言葉を発しなかったヴィンセリスが口を開く。
「本当に良かったの。あの二人を逃して」
その問いはフォルゴールに向けてのもので、フォルゴールもそれを理解して直ぐに答える。
「この場で暴れられて困るのは事実だ。奴らは勿論、我々も本気で戦えん。ならば穏便に離れて貰うのがベストだ」
そこまで話し、フォルゴールは「それに……」と続ける。
「奴らにここの危険性を伝える当初の目的は達した。あとは奴ら人間共が魔力を持ってくるのを待つだけだ」
そう発言するフォルゴールの口元には、魔族に相応しいひどく悪どい笑みが浮かんでいた。
※後書きです
ディ「(やべぇ……マキナの敗走、2回ともボクが指示したものだぁ……)」
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